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五章
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「猫将軍が恐ろしく感じるのは、心配の裏返しなのかな。北斗、どう思う?」
二階堂から穏やかに問いかけられ、北斗は奥歯を噛みしめるのを止め、「ふう」とため息をついた。そして自嘲と、二階堂への賞賛を、リラックスした顔で口にした。
「眠留が感じている恐ろしさは担任の未来を心配する裏返しで、そしてその心配は、眠留の優しさの現れだ。それを自覚した俺は、自分の怒りが何の裏返しなのかも自覚せざるを得ない。それこそが俺の怒りを収める最短の方法なのだと気づく奴へ、俺は頼もう。二階堂、これからもよろしくな」
「任せろ、嫌になるほどそばにいてやる!」
そう誓いを立てた二階堂へ、北斗はすぐさまクーリングオフを宣言。俺は悪質訪問販売員かよと、二階堂は大げさに天を仰いだ。そんな二人のやり取りに沈む気持ちを引き上げて貰った僕は、感謝を込めてバトルに参戦した。
「大丈夫だよ二階堂。北斗はただ、照れてるだけだからさ」
「あっ、それわかる。コイツ実は、めちゃくちゃ照れ屋だよな」
「うん、それにね、何もかも取っ払った北斗は、超純粋な奴なんだ」
「な~るほど。光の速さの契約解除は照れ屋の裏返しで、照れ屋は超純粋の現れか。北斗お前、ピュアな奴だなあ」
「ひ、人のことばかり言うな! お前らだってピュアじゃないか!!」
珍しく墓穴を掘った北斗を、二人で畳みかけた。
「ほらね、自分でピュアと認めたよ」
「ギャハハ、ピュアのお手本をありがとな、北斗」
笑いの渦に巻き込まれたAICAが、進路を緩やかに左へ取る。浦所街道に入ったことを示す3D標識が前方に現れ、僕らの上を通過し後方へ去って行った。魔想討伐中、所沢から東北東へまっすぐ伸びるこの街道を目印に空を翔けることの多い僕は、三人一緒の時間が終わりに近づきつつあることを知り、皆から見えない左手をそっと握る。街道の名を知らずとも、後方へ去った標識に何かを感じたのだろう。笑いが収まるなり、二階堂は話し始めた。
「教室で笑うようになると、俺の学校生活は少しずつ変わっていった。笑っている最中、俺は席の近い奴らと目が合うようになったんだよ。初めは内心ビクビクしていたが、そのうち目を合わせても普通に笑っていられる自分になった。するとそいつらが、話しかけてくれるようになった。そしていつの間にか、俺はそいつらと一緒に笑っていた。うん、本当にいつの間にか、俺は笑っていたんだよ」
百面相の練習に励むが如く、二階堂は目と眉と口を盛んに動かしている。それに気づかぬ振りをするのは、僕と北斗にとっていとも容易いことだった。だが百面相を終えた二階堂の声に、か弱い存在を守ろうとする響きが加わっていたことは、多大な苦労を僕らに強いたのだった。
「自分でも、俺は普通になりつつあると思い始めた十一月下旬。一年生と二年生で同じクラスだった、月浜という名前の女の子が下校中、俺を呼び止めた。その子は五年のクラス替えでまた同じ組になった物静かな子で、当時の俺はあんな感じだったからただの一度も会話した事なかったが、緊張しながらも『月浜さん、どうしたの』と普通に返事をすることができた。そしたらその子、急に泣き出してさ。対人スキルなんて無いも同然の俺こそ、泣きたかったよ。でも丁度そこは鬼子母神の境内沿いの道路で、目の前にベンチがあったから、その子を促し一緒に腰を下ろした。するとその子、泣きながら何度も謝ってくれたんだ。一年生と二年生の時は、ごめんなさいって」
二階堂には、その子から何かを言われた記憶が無かったらしい。そう伝えても「でも私は喜んで皆と声を揃えていたから、同じだと思う」と、その子は頑なに自分を責め続けたそうだ。そのとき二階堂は、心底理解するという経験を生まれて初めてしたと言う。その子の話を聴きつつ二階堂は悟った。俺に俺なりの想いがあるように、この子にもこの子なりの想いがあるのだな、と。
「月浜さんのことをもっと知りたいと思った俺は、ベンチで会話を続けた。十一月下旬の夕方だったが話が弾んじまって、俺を探しに来た兄貴達にこっぴどく叱られたよ。女の子をこんな寒空に、暗くなるまで引き留めておくなってさ」
さすがだねえ、と僕と北斗は感嘆した。だが二階堂は指をチッチッと振り、兄貴達の凄さはそんなもんじゃないと、事の顛末を誇らしげに話してくれた。それによると、有名人かつ超イケメンのお兄さん二人に家まで送ってもらった月浜さんは、芯まで冷えていた体がポカポカ温かくなり、病弱だったにもかかわらず風邪をひかなかったと言う。それどころかその子はその後、お兄さん達の優しさに恥じない自分になると一念発起し、今はお兄さん達と同じ研究学校へ通う、健やかで素敵な子になったそうだ。僕は心の中で一馬さんと十馬さんを、レジェンドお兄さんと命名したのだった。
「月浜さんはベンチで、何も誤魔化さず事実だけを話してくれた。小学校に入学したとたん引っ込み思案が治り、積極的になった自分を親が褒めてくれるのが嬉しくて、喜んで俺を追い詰めていた事。だが進級してからも積極的に同じ行動をしたらひんしゅくをくらい、クラスで浮いた事。そうなっても、これはたまたま運が悪かっただけと思っていたが、俺の様子を見て、自分が何をしたかやっと気づいた事。それでも自分の心配をするだけで俺を放っておいたが、立ち直りつつある俺を見て、急に怖くなった事。怖さから逃れたい一心で俺を待ち伏せし声を掛けたが、努力して普通の返事をした俺の姿に、初めて罪悪感を覚えた事。罪悪感が恐怖を何倍にも増やしたため、もしベンチがなかったら、立っていられず道にうずくまっていた事。それらのことを、月浜さんは正直に話してくれた。だから俺も正直に話した。俺は立ち直りかけているから、君とこうして話ができただけで充分だ。でも俺には、君がこれからどう生きれば良いかは分からない。ごめんねってさ」
「そんなの僕も同じだよ。 二階堂がその子にそう言った二年前はもちろん、今でも僕にはさっぱりわからない。ううん、きっと絶対、僕ごときには一生わからないことだよ」
二階堂を励まそうと勇んで口を挟んだものの、己の不甲斐なさを思い知るだけの結果となり、僕は頭を抱えた。ふと気づくと僕の隣で、俺も一生わかりそうもないよと二階堂も頭を抱えていた。そんな僕らへ、北斗が力強く語りかけた。
「分からんのは俺も同じだから二人とも悲嘆するな。というか、それは他者が分かっちゃいけない類の事だ。己の正否を知る者は、この宇宙で己だけ。俺は、そう考えているよ」
それならわかる、と僕は腹から同意した。人は、自分の心を見るように、他者の心を見ることができない。自分が人知れず何を想い、そして人知れず何を行ったかを余すところ無く知っているのは自分しかいないから、自分の正否を判断できるのも自分しかいない。北斗は、それを言っているのだ。
しかし二階堂は僕らに同意しつつも、
「もう一人いるのかもな」
と細く呟いた。驚いて顔を向ける僕と北斗に薄く笑って、二階堂は話を先へ進めた。
二階堂から穏やかに問いかけられ、北斗は奥歯を噛みしめるのを止め、「ふう」とため息をついた。そして自嘲と、二階堂への賞賛を、リラックスした顔で口にした。
「眠留が感じている恐ろしさは担任の未来を心配する裏返しで、そしてその心配は、眠留の優しさの現れだ。それを自覚した俺は、自分の怒りが何の裏返しなのかも自覚せざるを得ない。それこそが俺の怒りを収める最短の方法なのだと気づく奴へ、俺は頼もう。二階堂、これからもよろしくな」
「任せろ、嫌になるほどそばにいてやる!」
そう誓いを立てた二階堂へ、北斗はすぐさまクーリングオフを宣言。俺は悪質訪問販売員かよと、二階堂は大げさに天を仰いだ。そんな二人のやり取りに沈む気持ちを引き上げて貰った僕は、感謝を込めてバトルに参戦した。
「大丈夫だよ二階堂。北斗はただ、照れてるだけだからさ」
「あっ、それわかる。コイツ実は、めちゃくちゃ照れ屋だよな」
「うん、それにね、何もかも取っ払った北斗は、超純粋な奴なんだ」
「な~るほど。光の速さの契約解除は照れ屋の裏返しで、照れ屋は超純粋の現れか。北斗お前、ピュアな奴だなあ」
「ひ、人のことばかり言うな! お前らだってピュアじゃないか!!」
珍しく墓穴を掘った北斗を、二人で畳みかけた。
「ほらね、自分でピュアと認めたよ」
「ギャハハ、ピュアのお手本をありがとな、北斗」
笑いの渦に巻き込まれたAICAが、進路を緩やかに左へ取る。浦所街道に入ったことを示す3D標識が前方に現れ、僕らの上を通過し後方へ去って行った。魔想討伐中、所沢から東北東へまっすぐ伸びるこの街道を目印に空を翔けることの多い僕は、三人一緒の時間が終わりに近づきつつあることを知り、皆から見えない左手をそっと握る。街道の名を知らずとも、後方へ去った標識に何かを感じたのだろう。笑いが収まるなり、二階堂は話し始めた。
「教室で笑うようになると、俺の学校生活は少しずつ変わっていった。笑っている最中、俺は席の近い奴らと目が合うようになったんだよ。初めは内心ビクビクしていたが、そのうち目を合わせても普通に笑っていられる自分になった。するとそいつらが、話しかけてくれるようになった。そしていつの間にか、俺はそいつらと一緒に笑っていた。うん、本当にいつの間にか、俺は笑っていたんだよ」
百面相の練習に励むが如く、二階堂は目と眉と口を盛んに動かしている。それに気づかぬ振りをするのは、僕と北斗にとっていとも容易いことだった。だが百面相を終えた二階堂の声に、か弱い存在を守ろうとする響きが加わっていたことは、多大な苦労を僕らに強いたのだった。
「自分でも、俺は普通になりつつあると思い始めた十一月下旬。一年生と二年生で同じクラスだった、月浜という名前の女の子が下校中、俺を呼び止めた。その子は五年のクラス替えでまた同じ組になった物静かな子で、当時の俺はあんな感じだったからただの一度も会話した事なかったが、緊張しながらも『月浜さん、どうしたの』と普通に返事をすることができた。そしたらその子、急に泣き出してさ。対人スキルなんて無いも同然の俺こそ、泣きたかったよ。でも丁度そこは鬼子母神の境内沿いの道路で、目の前にベンチがあったから、その子を促し一緒に腰を下ろした。するとその子、泣きながら何度も謝ってくれたんだ。一年生と二年生の時は、ごめんなさいって」
二階堂には、その子から何かを言われた記憶が無かったらしい。そう伝えても「でも私は喜んで皆と声を揃えていたから、同じだと思う」と、その子は頑なに自分を責め続けたそうだ。そのとき二階堂は、心底理解するという経験を生まれて初めてしたと言う。その子の話を聴きつつ二階堂は悟った。俺に俺なりの想いがあるように、この子にもこの子なりの想いがあるのだな、と。
「月浜さんのことをもっと知りたいと思った俺は、ベンチで会話を続けた。十一月下旬の夕方だったが話が弾んじまって、俺を探しに来た兄貴達にこっぴどく叱られたよ。女の子をこんな寒空に、暗くなるまで引き留めておくなってさ」
さすがだねえ、と僕と北斗は感嘆した。だが二階堂は指をチッチッと振り、兄貴達の凄さはそんなもんじゃないと、事の顛末を誇らしげに話してくれた。それによると、有名人かつ超イケメンのお兄さん二人に家まで送ってもらった月浜さんは、芯まで冷えていた体がポカポカ温かくなり、病弱だったにもかかわらず風邪をひかなかったと言う。それどころかその子はその後、お兄さん達の優しさに恥じない自分になると一念発起し、今はお兄さん達と同じ研究学校へ通う、健やかで素敵な子になったそうだ。僕は心の中で一馬さんと十馬さんを、レジェンドお兄さんと命名したのだった。
「月浜さんはベンチで、何も誤魔化さず事実だけを話してくれた。小学校に入学したとたん引っ込み思案が治り、積極的になった自分を親が褒めてくれるのが嬉しくて、喜んで俺を追い詰めていた事。だが進級してからも積極的に同じ行動をしたらひんしゅくをくらい、クラスで浮いた事。そうなっても、これはたまたま運が悪かっただけと思っていたが、俺の様子を見て、自分が何をしたかやっと気づいた事。それでも自分の心配をするだけで俺を放っておいたが、立ち直りつつある俺を見て、急に怖くなった事。怖さから逃れたい一心で俺を待ち伏せし声を掛けたが、努力して普通の返事をした俺の姿に、初めて罪悪感を覚えた事。罪悪感が恐怖を何倍にも増やしたため、もしベンチがなかったら、立っていられず道にうずくまっていた事。それらのことを、月浜さんは正直に話してくれた。だから俺も正直に話した。俺は立ち直りかけているから、君とこうして話ができただけで充分だ。でも俺には、君がこれからどう生きれば良いかは分からない。ごめんねってさ」
「そんなの僕も同じだよ。 二階堂がその子にそう言った二年前はもちろん、今でも僕にはさっぱりわからない。ううん、きっと絶対、僕ごときには一生わからないことだよ」
二階堂を励まそうと勇んで口を挟んだものの、己の不甲斐なさを思い知るだけの結果となり、僕は頭を抱えた。ふと気づくと僕の隣で、俺も一生わかりそうもないよと二階堂も頭を抱えていた。そんな僕らへ、北斗が力強く語りかけた。
「分からんのは俺も同じだから二人とも悲嘆するな。というか、それは他者が分かっちゃいけない類の事だ。己の正否を知る者は、この宇宙で己だけ。俺は、そう考えているよ」
それならわかる、と僕は腹から同意した。人は、自分の心を見るように、他者の心を見ることができない。自分が人知れず何を想い、そして人知れず何を行ったかを余すところ無く知っているのは自分しかいないから、自分の正否を判断できるのも自分しかいない。北斗は、それを言っているのだ。
しかし二階堂は僕らに同意しつつも、
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