僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

文字の大きさ
230 / 934
六章

許容量スレスレ

しおりを挟む
 僕は昇降口で、大勢の同級生から意味深な視線を投げかけられた。同級生たちは級友との再会を喜ぶ合間に、僕の様子をチラチラ窺っていた。けど僕は、それを気にしない演技ができた。それは覚悟していた事だったし、また何より、北斗を始めとする友人達が胸の中で僕を支えてくれたからである。僕は下駄箱で靴を履き替えつつ、これなら想像より楽に過ごせるかもな、と考えていた。
 だが下駄箱を離れるなり、それは楽観だったと思い知らされた。同級生たちは視線だけでなく、ひそひそ話も加えるようになっていた。僕は心の中で自分の軽率さを叱った。再会を喜び合ったあとは情報交換に励むのが世の常なのに、そんな当然なことを見落とすなんて油断しすぎだぞと、叱ったのである。
 そう、その時はまだ余裕があった。自分を叱るなんて余裕を、僕はまだ持てていた。けどそんな余裕は、歩を進めるごとに消し飛んで行った。いつも利用している西階段に近づくにつれヒソヒソ話をする生徒は増えていき、階段に着くころには誰もそれを隠そうとしなくなっていた。あからさまに交わされるヒソヒソ話は次第に音量を上げ、二階に着くころにはざわめきと化し、廊下にいた生徒達を階段へ次々呼び寄せていた。ヒソヒソ話からざわめきへの移行を知らないその生徒達は、初めから通常音量で僕について噂しあっていた。その騒ぎに負けまいと「あの人が来たよ!」と大声を出す生徒がとうとう現れたところで、僕はやっと十組の敷居をまたいだ。下駄箱から一分もかからない自分のクラスを、なんて遠い場所にあるのだろうと僕は初めて思った。
 教室に入ってからも、廊下に集まり噂話をする人達の視線を背中に感じていた。でも僕は、それを気にしない振りをすることができた。クラスの皆はそんなこと一切しなかったし、最も親しい友人達が僕を取り囲んでいたからである。僕は胸の中で、クラスメイトと仲間達に手を合わせていた。
 しかし程なく、それは間違いだと知った。それを教えてくれたのは、猛と真山だった。「昨夜話したことを覚えているか」と問う二人に、「クラスメイトと他のクラスの生徒に同じことを求めてはならない」と二人が何度も話してくれたのを、僕は思い出したのだ。僕は自分が、それを理解しているつもりという、最も駄目な状態に陥っていたことを知った。僕はクラスメイトを素晴らしい人達として、そして背中に感じる人達をそうでない人達として、無意識に選別していたのである。「同じことを求めちゃいけないって、今やっとわかったよ」 そう言って頭を掻く僕の背中を、二人は優しく叩いてくれた。
 それでも、やはりそんな素晴らしい人達のお蔭で、項垂れないという誓いを僕は守れていた。だがお昼休みに入ってすぐ、それは崩壊寸前に追い込まれた。今朝仲良くなった大和さんから、那須さんがずっと一人でいるとのメールを受け取ったのである。
 大和さんによると那須さんは、食堂ではなく教室でお弁当を食べる決意を、当初からしていたらしい。早急すぎるのではないかと大和さんは反対したが、那須さんの前向きな気持ちに水を差してはならないと考え、最後はそれに同意したと言う。でもその結果、那須さんはお昼休みになっても、朝からずっとそうだったように、お弁当を一人で食べていると大和さんは知らせてくれた。そのメール以降、僕は頬杖をつき、前へ傾きそうになる体を支えていた。途中までは上手く誤魔化せていたが、お弁当を一口も食べられなかったせいで、それは隠せなくなってしまった。だがそれでも、僕は幸せ者だった。輝夜さんが、那須さんを守ってくれたのである。輝夜さんは那須さんの様子を知るや、
「眠留くん、わたし見くびられるのが大嫌いなの」
 怒った顔を作り僕の頬を両手でつねった。そして昴と芹沢さんを促し、お弁当を手に三人の先頭に立って、後ろ出入り口から教室を去って行った。前の出入り口ではなく後ろの出入り口を使うことにより、東階段経由で三階へ行き那須さんのいる十四組に向かうことを、輝夜さんは教室の皆に示したのだ。その後ろ姿に、先陣を切るタイプでは決してない輝夜さんがここまで大胆になったのは、小学校卒業間近の自分に那須さんが重なったからではないかと僕はふと思った。僕はそれを無我夢中で心の底に押し込めた。そうでもしないと平静を保つことは絶対無理だと、僕はそれこそ全身全霊で知っていたのである。
 数分後、ハイ子を操作していた真山が「四人で楽しそうに食事しているそうだ」と、そっぽを向き淡々と言った。その十五分後、味のまったくしないお弁当を僕は食べ終えた。
 食後、トイレに行くため席を立つと、クラスにいた男子全員が立ち上がり一緒に着いてきてくれた。そいつらが僕を取り囲み大騒ぎしながらトイレと教室を往復してくれたお蔭で、僕は視線を感じることも噂話を耳にすることも無かった。なんというかもう、何も言うことができなかった。
 それから掃除時間まで、北斗と京馬が漫才を披露してくれた。京馬によると、昨夜北斗の家に泊まった際、二人でネタを考え練習したのだそうだ。文句なしに面白かったし、昨夜京馬が北斗のそばにいてくれた事を嬉しく思ったが、それでも僕は終始、笑う振りができているか心配でならなかった。
 掃除時間が始まり、輝夜さんと並んで二階の渡り廊下を箒掛けした。自分を周囲から切り離そうといつも以上に気合いをいれたからか、担当場所を掃き終わった最後の一瞬、僕は隣の輝夜さんに演技でない笑顔を向けることができた。輝夜さんもその日初めて、演技でない笑顔を僕に返してくれた。
 五限目が終了し、帰りのHRが終わった。北斗と京馬はサークルへ、猛と真山と芹沢さんは部活へそれぞれ去って行った。そしてそれは、昴も同じだった。昴は今日で休部を解き、薙刀部へ復帰することになっていたのである。
「この前話したのが本音だけど、お師匠様に命じられたら諦めるしかないわ」
 昴は苦笑して、舌先をちょこんと出した。言葉とは裏腹の嬉しさをそこに感じた僕は、昴を笑顔で送り出した。輝夜さんと昴は、最前列中央右側の僕の席から教室の出入り口までのたった数メートルの距離を、何度も何度も振り返り一分以上の時間をかけて歩いた。そして最後に大きく手を振り、二人は教室から去って行った。
 昴は先日、「翔薙刀術が面白すぎるから部活はきっぱり辞めるつもり」と僕に話した。僕はそれに反対したが、昴は聞く耳持たずの状態だった。とはいうものの、それを心配する気持ちなど全然なかった。九月から薙刀部に復帰するよう水晶が命じるはずだと、僕は確信していたのである。
 まあでもそんなことは、星辰の巫女たる昴こそ承知していたのだろう。水晶が部への復帰を命じるなり、仰せに従いますと昴はすんなり腰を折った。そのしおらしさに、僕と輝夜さんは揃って相好を崩したのだった。
 その時のことを思い出した僕は、教室で今日初めて自然に笑うことができた。それを弾みに立ち上がり、お泊りセットで膨れたバッグを肩にかけた。すると、
「「猫将軍、たまには一緒に帰ろうぜ!」」
 二人の男子から声がかかった。そいつらに僕を加えた三人は、部やサークルに正式加入しておらず寮生でも無い、たった三人の十組男子だった。えへへと、またもや演技でなく頭を掻いていると、二人がヘッドロックとくすぐり攻撃をしかけてきた。僕は校舎に入ってから初めて声を出して笑った。すると、
「「私達も一緒にいいかな」」
 二人の女の子が声を掛けてくれた。男子三人で「どうぞどうぞ」と大喜びし、僕ら五人は一緒に校門を目指した。
 二人の女の子とは今日初めてまともに言葉を交わしたが、夏休み明け初日だったこともあり話題は尽きなかった。嬉しいことにみんな電車通学だったので、校門を出てから神社の大石段まで全員でにぎやかに歩いた。「ここが僕の神社なんだ、いつでも気軽に立ち寄ってね」 別れ際にそう呼びかけると、みんなバツ悪げな顔をして「何となく畏れ多くて来られなかった」などと返してきた。想定外すぎる事態に目を丸くした僕の耳に、
「「にゃ~~」」
 小吉と末吉の鳴き声が届く。僕の脚にじゃれつく二匹の猫に皆パッと顔を輝かせ、女の子たちは身を屈めて小吉たちを撫で始めた。小吉と末吉は気持ちよさそうに喉を鳴らし、彼女達にじゃれついていた。機を見計らい、
「こんな感じの可愛い猫達がいる普通の神社だから、いつでも気軽に立ち寄ってね」
 僕はさっきのセリフに猫の要素を付け加えてもう一度言ってみた。そのとたん、
「「来る来る!」」「「絶対来るよ!」」
 みんなこぞって来訪を約束してくれた。「せっかくだから四人一緒にこない?」「いいねそれ!」なんてワイワイやりながら、四人は何度も振り返り、駅の方角へ去って行った。 
 
 小吉と末吉をたっぷり撫で、石段を登る。
 社務所の祖父母にただいまと声を掛け、母屋の玄関をくぐる。
 そして、上り框で僕を迎えてくれた美鈴の顔を見た瞬間、僕はその場に崩れ落ちた。
 すべて僕のせいだった。
 普通に出会っていれば仲良くなれたはずの人達に、意味深な視線や噂話をさせてしまったのは僕のせいだった。
 那須さんを巻き込んだのも僕のせいだった。
 クラスメイトに気を使わせたのも僕のせいだった。今日起こったことは全部、僕が原因だったのだ。
 この世で一番好きな輝夜さんの前では完全無欠な自分を演じ、そしてそんな自分を、この世で一番愛している昴に許してもらおうとする。そんな僕のせいで、本当は素晴らしい人達を嫌な人達にし、もともと素晴らしい人達にいらぬ負担をかけてしまった。そうすべては、卑怯過ぎる僕に原因があったのだ。
 それなのに、美鈴は何も言わず僕を抱きしめ、優しく背中を叩いてくれた。そんな資格のない卑怯な僕を、美鈴は労わってくれた。だから僕は美鈴に、墓場まで持っていこうと思っていた話を打ち明けようとした。一昨日この玄関で約束した話をしようとした。
 でも僕はどうしても、嗚咽以外の音を喉から出すことができなかった。
 だから美鈴はいつまでも、僕の背中をトントンと、優しく叩いてくれたのだった。

          六章、了
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

『続・聖パラダイス病院』

菊池昭仁
現代文学
『聖パラダイス病院』の続編です。こんな病院なら入院生活も悪くはありません。

私の守護霊さん

Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。 彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。 これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。

少しの間、家から追い出されたら芸能界デビューしてハーレム作ってました。コスプレのせいで。

昼寝部
キャラ文芸
 俺、日向真白は義妹と幼馴染の策略により、10月31日のハロウィンの日にコスプレをすることとなった。  その日、コスプレの格好をしたまま少しの間、家を追い出された俺は、仕方なく街を歩いていると読者モデルの出版社で働く人に声をかけられる。  とても困っているようだったので、俺の写真を一枚だけ『読者モデル』に掲載することを了承する。  まさか、その写真がキッカケで芸能界デビューすることになるとは思いもせず……。  これは真白が芸能活動をしながら、義妹や幼馴染、アイドル、女優etcからモテモテとなり、全国の女性たちを魅了するだけのお話し。

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

処理中です...