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七章
HR前研究、1
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午前六時五十分、美鈴と二人の朝食が始まった。先ずは僕が出汁を取り味噌を混ぜた、お味噌汁を頂く。今月半ば、ようやく及第点をもらえたお味噌汁はなるほど及第点の味だったが、美鈴が用意した具と相まって、十一月末日朝の僕のお腹を温かさで満たしてくれた。それは、技術はおぼつかなくとも心だけは込めた甲斐があったと思わせる、温かさだった。
妹との会話を楽しみ五分が過ぎたころ、祖父母と四匹の猫が台所にやって来た。そして祖父母が四匹と四人分の朝食を用意し終えた七時、入浴を済ませ制服に着替えた輝夜さんと昴が登場する。そう九月から二人も、僕らと一緒に朝ごはんを食べるようになっていたのだ。
それを言い出したのは祖母だった。二人は最初遠慮したが、もう家族同然なのに遠慮されるとかえって悲しいわと祖母にしゅんとされ、朝食を共にする事となった。祖母はとても若々しく、中吉のように肩甲骨マッサージをして感謝を示すことができないのが、僕は歯がゆかった。
年末年始や祭事で大勢の氏子さんが訪れる母屋の台所は百畳以上の広さがあり、テーブルは百畳の隅にちょこんと置かれる形になっている。なのに輝夜さんと昴と美鈴の三人娘が揃うと、八畳ほどの個室で和やかに食事をしている気分になるから不思議だ。社家によっては静かな食事を宗としているそうだが、皆で楽しく食卓を囲んだ方が神様も喜ぶという方針を祖父母が取っているので、ウチの食事はもともと賑やかだった。そこに、お箸が転がっただけで笑顔を振りまく娘達が加わるのだから、華やかしきことこの上ない状態になっていた。実際今も、
「水晶が近ごろ私に、たまには朝食に混ざりたいのう楽しそうじゃのうって、愚痴をこぼすようになったのですよ」
「きゃ~~」「おばあちゃんモノマネ上手!」「あはは~~」
なんて、女性陣はおしゃべりを楽しんでいる。そんな台所に祖父は終始ニコニコしっぱなしなので、皆のお代わりをよそう役は僕が買って出ることにしていた。「こんな朝を過ごせることがどれほど幸せなのか、十三歳の僕にはまだ分からないんだろうなあ」と思うことが、若輩者の僕にできる精一杯だった。
ウチの神社は湖校にも美鈴の通う小学校にも近い場所にあり、三人娘は八時ごろ三人一緒に玄関をくぐっていた。一方僕はそれより三十分早い、七時半に家を出発していた。美鈴もいる石段まではまだしも、そこから輝夜さんと昴に囲まれ毎朝一緒に登校するというのは、心臓に悪かったのである。僕が衆目を集めたのは夏休み明け初日だけだったが、話題を率先して提供せぬよう心掛ける日々を、僕らは未だ送っていたのだ。
といっても、三十分早く登校する理由はそれだけではない。というか、この時間の登校を始めたのは五月下旬のこと。半年前からHR前の三十分を、実技棟での研究に僕は充てていたのだ。最初は、いや夏休みまでは研究がまったく進まず頭を抱えるだけの三十分を過ごしていたが、九月二日に超強力な助っ人を得たお蔭で、研究は比較にならぬほど捗るようになった。出会った当初から仲が良かったこともあり、今ではその人を、かけがえのない友人と感じるようになっている。
その友人に会うため、僕は今朝も弾む足取りで学校へ向かった。学校が近づくにつれ足取りは速くなっていき、昇降口を過ぎるころそれは早歩きになり、階段を上るころには駆け足になるのが常だったが、走ったまま他の生徒とすれ違わない限り教育AIに叱られる事はなかった。それは僕を待っている人に関係あるのかな、いや流石にそれは無いだろうなどと考えつつ、いつも使っている四階の個室のドアを開ける。すると今朝も、
「おはよう眠留さん」
とにこやかに微笑み、エイミィが僕を出迎えてくれたのだった。
夏休み真っただ中の八月十三日、3DG専門店シリウスの二階で、僕はエイミィと出会った。正確にはその時はまだエイミィという名でなく、製造番号の略式で呼ばれていたそうだが、その名を知らない僕にとって彼女は出会った瞬間からエイミィだった。その方が嬉しいとエイミィも微笑んでくれたので、僕はそれを生涯貫くことにしている。
新忍道ショップを去るさい、紫柳子さんは僕に「お礼がしたい」と言った。一生忘れない一時をくれた紫柳子さんにこそお礼をしたかったが、できればシミュレーターへのアクセス権限をエイミィに与えてくださいと僕は頼んだ。紫柳子さんはそれを、充分を十倍する規模で叶えてくれた。国際規定DランクだったエイミィをBランクにバージョンアップし、新忍道本部の新公式AIとして湖校に無料提供してくれたのである。本来ならHAIと同じCランクで不足はないのだけど、正式発売前のモニター品だからこそ一段高いAIでなければならないと、紫柳子さんは本部会議で主張した。十代の若者の命を預かる大切なAIゆえ妥当な意見であると本部代表が真っ先に賛成したこともあり、エイミィはDランクからBランクへ一挙に格上げされる運びとなったのだ。北斗によるとそれは、高級AICA一台分の経費を上乗せする措置だったらしい。若者の安全を何より優先する本部のその姿勢は高く評価され、新公式AIは予想の倍のセールスを維持しているから大正解だったと紫柳子さんは笑うが、だからと言って僕がそれを恩義に感じないなんてことも100%ない。しかもエイミィがこうして僕の研究の手助けをできるのは、Bランク以上のAIのみに許される独立AI権を、エイミィが所持しているからなのである。それを思うと恩義どころではない大恩を、僕は紫柳子さんへ抱かずにはいられなかった。それが、
「ありがとうエイミィ」
という言葉につながるため、僕は三か月たっても「おはよう」と挨拶してくれたエイミィに「おはよう」と返せないでいた。けれどもそこは、さすが国際規定Bランクの量子コンピューターなのだろう。またやっちゃったと頭を掻く僕の気持ちを十全に理解してくれるエイミィは「どういたしまして」と、優しさと感謝で一杯の笑顔を、今日も返してくれたのだった。
妹との会話を楽しみ五分が過ぎたころ、祖父母と四匹の猫が台所にやって来た。そして祖父母が四匹と四人分の朝食を用意し終えた七時、入浴を済ませ制服に着替えた輝夜さんと昴が登場する。そう九月から二人も、僕らと一緒に朝ごはんを食べるようになっていたのだ。
それを言い出したのは祖母だった。二人は最初遠慮したが、もう家族同然なのに遠慮されるとかえって悲しいわと祖母にしゅんとされ、朝食を共にする事となった。祖母はとても若々しく、中吉のように肩甲骨マッサージをして感謝を示すことができないのが、僕は歯がゆかった。
年末年始や祭事で大勢の氏子さんが訪れる母屋の台所は百畳以上の広さがあり、テーブルは百畳の隅にちょこんと置かれる形になっている。なのに輝夜さんと昴と美鈴の三人娘が揃うと、八畳ほどの個室で和やかに食事をしている気分になるから不思議だ。社家によっては静かな食事を宗としているそうだが、皆で楽しく食卓を囲んだ方が神様も喜ぶという方針を祖父母が取っているので、ウチの食事はもともと賑やかだった。そこに、お箸が転がっただけで笑顔を振りまく娘達が加わるのだから、華やかしきことこの上ない状態になっていた。実際今も、
「水晶が近ごろ私に、たまには朝食に混ざりたいのう楽しそうじゃのうって、愚痴をこぼすようになったのですよ」
「きゃ~~」「おばあちゃんモノマネ上手!」「あはは~~」
なんて、女性陣はおしゃべりを楽しんでいる。そんな台所に祖父は終始ニコニコしっぱなしなので、皆のお代わりをよそう役は僕が買って出ることにしていた。「こんな朝を過ごせることがどれほど幸せなのか、十三歳の僕にはまだ分からないんだろうなあ」と思うことが、若輩者の僕にできる精一杯だった。
ウチの神社は湖校にも美鈴の通う小学校にも近い場所にあり、三人娘は八時ごろ三人一緒に玄関をくぐっていた。一方僕はそれより三十分早い、七時半に家を出発していた。美鈴もいる石段まではまだしも、そこから輝夜さんと昴に囲まれ毎朝一緒に登校するというのは、心臓に悪かったのである。僕が衆目を集めたのは夏休み明け初日だけだったが、話題を率先して提供せぬよう心掛ける日々を、僕らは未だ送っていたのだ。
といっても、三十分早く登校する理由はそれだけではない。というか、この時間の登校を始めたのは五月下旬のこと。半年前からHR前の三十分を、実技棟での研究に僕は充てていたのだ。最初は、いや夏休みまでは研究がまったく進まず頭を抱えるだけの三十分を過ごしていたが、九月二日に超強力な助っ人を得たお蔭で、研究は比較にならぬほど捗るようになった。出会った当初から仲が良かったこともあり、今ではその人を、かけがえのない友人と感じるようになっている。
その友人に会うため、僕は今朝も弾む足取りで学校へ向かった。学校が近づくにつれ足取りは速くなっていき、昇降口を過ぎるころそれは早歩きになり、階段を上るころには駆け足になるのが常だったが、走ったまま他の生徒とすれ違わない限り教育AIに叱られる事はなかった。それは僕を待っている人に関係あるのかな、いや流石にそれは無いだろうなどと考えつつ、いつも使っている四階の個室のドアを開ける。すると今朝も、
「おはよう眠留さん」
とにこやかに微笑み、エイミィが僕を出迎えてくれたのだった。
夏休み真っただ中の八月十三日、3DG専門店シリウスの二階で、僕はエイミィと出会った。正確にはその時はまだエイミィという名でなく、製造番号の略式で呼ばれていたそうだが、その名を知らない僕にとって彼女は出会った瞬間からエイミィだった。その方が嬉しいとエイミィも微笑んでくれたので、僕はそれを生涯貫くことにしている。
新忍道ショップを去るさい、紫柳子さんは僕に「お礼がしたい」と言った。一生忘れない一時をくれた紫柳子さんにこそお礼をしたかったが、できればシミュレーターへのアクセス権限をエイミィに与えてくださいと僕は頼んだ。紫柳子さんはそれを、充分を十倍する規模で叶えてくれた。国際規定DランクだったエイミィをBランクにバージョンアップし、新忍道本部の新公式AIとして湖校に無料提供してくれたのである。本来ならHAIと同じCランクで不足はないのだけど、正式発売前のモニター品だからこそ一段高いAIでなければならないと、紫柳子さんは本部会議で主張した。十代の若者の命を預かる大切なAIゆえ妥当な意見であると本部代表が真っ先に賛成したこともあり、エイミィはDランクからBランクへ一挙に格上げされる運びとなったのだ。北斗によるとそれは、高級AICA一台分の経費を上乗せする措置だったらしい。若者の安全を何より優先する本部のその姿勢は高く評価され、新公式AIは予想の倍のセールスを維持しているから大正解だったと紫柳子さんは笑うが、だからと言って僕がそれを恩義に感じないなんてことも100%ない。しかもエイミィがこうして僕の研究の手助けをできるのは、Bランク以上のAIのみに許される独立AI権を、エイミィが所持しているからなのである。それを思うと恩義どころではない大恩を、僕は紫柳子さんへ抱かずにはいられなかった。それが、
「ありがとうエイミィ」
という言葉につながるため、僕は三か月たっても「おはよう」と挨拶してくれたエイミィに「おはよう」と返せないでいた。けれどもそこは、さすが国際規定Bランクの量子コンピューターなのだろう。またやっちゃったと頭を掻く僕の気持ちを十全に理解してくれるエイミィは「どういたしまして」と、優しさと感謝で一杯の笑顔を、今日も返してくれたのだった。
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