僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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七章

新会員

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 新忍道サークルの練習場まで一気に走って来た僕は、
「お早うございます!」
 準備運動に励む先輩方へ挨拶した。
「「お早う眠留」」
 声を揃えて真っ先に応えてくれたのは、九月から新メンバーになった緑川さんと森口さんだった。男気を持つこの二年の先輩方に接するたび、僕はいつも思っていた。「真田さんと荒海さんは、やっぱ流石だなあ」と。
 
 三ヵ月前の九月四日、夏休み明けの最初の土曜日、新忍道サークルの新メンバーを決める合同テストが行われた。テスト参加者は十六人にのぼり、半分の半分にあたる四人に入会してもらうだけでも、部へ昇格する十二人を満たすことができる。昇格すれば予算が五割増しになる以外にも様々な特典が付くので、皆の願いの一つがこれで達成されると僕は頬をほころばせていた。しかし入会を許可されたのは二人しかおらず、部への昇格は見送られた。僕は先輩方の意図を計りかね、北斗に意見を求めた。それについて北斗は、
「明日わかる」
 とだけ答えた。京馬からも肯定のヘッドロックをされたので、この二人がそう言うのだからそうなるに違いないと思った。そしてそれは、まさしくそのとおりになった。翌日、緑川さんと森口さんの二人と一緒に汗を流した僕は、先輩方の悲願を思い出したのである。それは新忍道サークルを、
 ――青春をかけるに値する場にする
 という悲願だった。
 研究学校の寮生には、不活発な部やサークルから距離を置くという非常に強い傾向がある。十二歳で親元を離れる決断をした寮生にとって、その様な場所でお茶を濁す六年間は、決して受け入れられない事なのだ。よって忍術部に寮生は一人もおらず、忍術部を母体とする新忍道サークルにもそれは当てはまった。そして入会を許可された二人の先輩は、入会希望者十六人中、たった二人の寮生だったのである。やる気のある人や、新忍道が好きな人は大勢いた。だが、緑川さんと森口さん以上に覚悟のある人は誰もいなかった。いや、それは覚悟ではなく、悲願。二年生の緑川さんと森口さんは去年、失意のうちに某部活を辞めていた。然るに今度こそは青春をかけるに値する場所に所属したいと、二人の先輩は切に願っていた。それを、真田さんと荒海さんは腹で理解した。それはサークル長と副長が抱いている真の悲願と、寸分たがわぬものだったからだ。こうして新忍道サークルは緑川さんと森口さんの二人だけを、新会員として迎え入れたのだった。
 合同テストの日は、仮入会していた四人のマネージャー希望者へ合否を伝える日でもあった。マネージャーも正式メンバーとして数えられるので、合格者が二人出れば部になれたのだけど、僕はそれに望みをかけていなかった。四人の女子の先輩には申し訳ないが、全員不合格になると僕は確信していたのだ。実際そうなり、三人は不平をこぼし去って行ったが、悔いの残る表情をしている二年の先輩が一人だけいた。その先輩は文化祭で僕らの喫茶店に来てくれて、教室を出るなりギャルソンをしていた北斗を訪ね、苦しげにこう言ったそうだ。「あなた達のクラスの女子なら、マネージャーに合格したのでしょうね」と。
 マネージャーの仕事は、もてなしの心に似ている。サッカー部に参加させてもらった初めのころ、慣れない球技に僕は毎回ヘロヘロになっていた。そんな僕を、二人のマネージャーは何かと気に掛けてくれた。そのつど僕は、心に元気が湧いてくるのを感じた。二人の優しさと気遣いに触れるたび、負けてたまるか頑張るぞと、前向きな気持ちがふつふつと湧き上がって来るのを僕はいつも感じていたのだ。それが、マネージャー候補の四人には無かった。四人は嵐丸を可愛がり、意中の先輩と親交を結ぶという、自分の欲求を満たすことを主眼に仕事をしていた。悪いがそれでは合格どころか、先輩方の視界に入ることすら無いだろう。ただ、文化祭を経て僕ら一年生トリオとメールのやり取りをするようになった二年の先輩だけは、もしかしたらマネージャーになるのではないかと僕らは考えている。先輩は研究テーマを接客に替え、教育AIの許可を得て、飲食店でアルバイトをしているそうだ。「今はまだ恥ずかしいけど、接客に自信を持てるようになったらサービスするからお店に来てね」というメールをもらった僕らは、その日が来るのを心待ちにしているのだった。
 緑川さんと森口さんが正式メンバーに加わると知ったさい、この先輩方は当分一年生トリオとチームを組むのだろうと僕は予想した。お二人は3DGに関する豊富な知識と高い身体能力を持っていたが、それと実戦は区別しなければならない。少なくとも3DGに慣れるまでは、難度の最も低いゲームをしている一年生と共に五人で戦うのだろうと僕は予想したのだ。だが、そうはならなかった。緑川さんと森口さんに誰か一人を加えて三人チームで戦うという方法を、真田さん達は採用したのである。
 お二人に加わるメンバーには、僕も含まれていた。それは僕にとって、人生初の経験だった。身体的にも精神的にも残念スペックで生まれてきた僕は、集団の中で最も不出来なことがこれまで圧倒的に多かった。最近ようやく、翔人における末吉や新忍道における北斗や京馬という、同格の仲間と助け合いつつ戦うという経験をし始めた僕にとって、僕以外は新人という状況は初めての経験だったのだ。しかもその新人は、先輩という格上の存在だったからたまらない。リーダー経験皆無なのに先輩方へリーダーシップを取らねばならぬ立場に、僕は追い込まれたのである。 
 そのチーム分けが発表された時は眩暈がして、立っているのがやっとだった。そのせいで緑川さんと森口さんが近づいて来たことに気づかず、お二人から「大丈夫か」と不安げな声を掛けられてしまった。まだ声変わりを迎えていない僕とは異なるその男らしい声に、緑川さんと森口さんはやはり先輩なのだと本能的に感じた僕は、これまでの人生を打ち明け助けを求めた。すると二人は軽やかに笑い、僕を脅した。
「学年は先輩でもサークルメンバーとしては後輩になる覚悟をしてきた俺達を、お前は疑うのか」と。
 僕は恥じた。
 そして、吹っ切れた。
 お二人と僕の間には、社会秩序に伴う煩雑な上下関係が確かに存在する。だがそれでも、同じ男としてお二人が尊敬に値することは何も変わらない。ならば、ここで肝を据えねば男がすたるというもの。僕は顔をゴシゴシこすり表情を改め、「砦内部のモンスターを予想するのは僕がしますから、それに沿う作戦立案は先輩方にお願いしていいですか」と頼んだ。「任せておけ」と、二人は胸をドンと叩いてくれた。
 結果的に、これは最良の役割分担だった。砦の外観からモンスターの種類とその内部構造を直感できるのは、多くの経験を積んできた僕しかいなかった。緑川さんと森口さんは経験こそ少なかったが、モンスターと砦の内部構造が定まれば、僕より遥かに優れた作戦を立案することができた。陽動作戦を一つ一つ積み上げてゆくのは先輩方が主導し、勝機を見定めモンスターに挑むのは僕が主導した。先輩方が得意な分野は先輩方が担当し、僕が得意な分野は僕が担当する。そうそれは、僕がこのサークルで今までしてきた事と、まったく同じだったのである。よって戦闘に勝利し、
 YOU WIN!
 の文字が浮かび上がった時、僕ら三人はまるで古くからの戦友のように、肩を組み喜び合うことができたのだった。 

 午後十二時五十五分、サークルを終え神社に帰って来た。
 北斗と京馬は帰宅後、今日も仮装会の準備をするそうだが、僕にそれ関係の予定はない。殺陣の責任者という分不相応な役目も、副責任者の猛と京馬が超優秀で、昨日の内に3Dの敵をバッサバッサとなぎ倒すようになったから、明日以降も苦労する事はないだろう。その際は大変な目に遭っているクラスメイトを助けるつもりだが、準備開始から三日しか経っていない今日、救援を求める声はまだ上がっていない。という訳で僕の午後は、完全なオフになっていたのである。
 そしてそれは、輝夜さんも同じだった。僕と猛と京馬の余興用衣装の鋳型作りという困難な作業を、BランクAIの助けを借り初日で終わらせた輝夜さんは、モンスターエフェクトを担当する昴のサポートを昨日はしていた。だが、冷凍食品の天才開発者である昴の家のHAIも同じBランクなため、輝夜さんが手伝うと昴の今日の作業が無くなってしまう。今日は家の中で過ごす昴にとってそれは格好の暇つぶし、もとい仕事だから、サポートをしない方がかえって良いのである。よって僕と輝夜さんはどちらも、今日の午後は完全なオフ。エイミィの件を相談した水曜の段階でそれを予想したとは考え難いが、北斗によると輝夜さんは時代を超越した人らしいから、僕には窺い知れない超感覚でそれを知覚した可能性が高い。輝夜さんは水曜の夕方、僕を除く関係者全員に「日曜の午後、眠留くんと話をします」と告げていて、仮装会の役割分担という不確定要素があったにもかかわらずそれは的中したのだから、やはり時代を越えた人の線で考えるのが妥当なのだろう。
 そんな破格過ぎる人との午後一時からの会合に、不首尾があってはならない。
 四日間を費やし磨き上げた自室の最終チェックを、僕は目を皿にして行ったのだった。
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