僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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九章

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 一方僕ら男子組は席を立ち、離れでボードゲームを選んだ。猫将軍本家のこの家には五年に一度、一族及び猫将軍家に連なる翔人が大挙してやって来る。その人達用のボードゲームが、この家には多数用意されていた。二階堂三兄弟と僕と北斗の五人はそれらが収納されている大離れの押入れの前に立ち、吟味を重ね、あるゲームを手に取った。それはチーム戦もできる、戦略シミュレーションゲームだった。僕らは二つの予想を胸に、母屋へ帰って行った。
 母屋へ足を踏み入れるなり、予想の一つが的中したことを知った。台所の隅のバーカウンターで、祖父とおじさんが酒盛りを開始していたのだ。おじさんが美鈴とどんなに話したくても、女性達の高速トークに男性が入って行けるものではない。然るに同じ立場の祖父と場所を移し、お酒を飲み始めるのではないかという予想が、的中していたのである。酒の味は分からずとも、会話に参加できず二人が傷心した事なら容易に想像できたため、計画どおり二人をそのまま放置して、もといそっとしておく事にした。
 ボードゲームは楽しく、僕らは時間を忘れてそれに興じた。いや時間を忘れていたのは、このゲームに慣れているのに負けが目立つ僕と、このゲームを初めてしたから負けだらけの京馬のみで、他の三人は二つ目の予想を成就すべく、女性達へさりげなく意識をむけていた。よって美鈴が「お兄ちゃん楽しそうね」と話しかけてきても僕は生返事をするだけだったが、一馬さんは「美鈴ちゃんもしてみる?」と打ち合わせ通りの言葉を自然にかけてくれた。続いて十馬さんがこれまた自然に「このゲームはチーム戦もできるから、母さん達も女性チームとして参加してみない?」と三人へ顔を向け、そして最後に北斗が両手で口の前にメガホンを作り「飲兵衛は放っておいて、皆で盛り上がりましょう」と提案した。祖母とおばさんは昼酒をかっくらう残念夫とイケメン三人を交互に見比べ、声を揃えて大笑いしたのち、「受けて立とうじゃないの」と胸を反らせたのだった。
 それからはそれこそ、時間を忘れてゲームを楽しんだ。京馬同様おばさんもこのゲームは初めてだったが、そこはさすがオリンピックメダリスト。祖母と美鈴にゲームの大略を聞き、ほんの数分参加しただけで、駆け引きとチーム戦のコツを会得してしまった。美鈴を真ん中に三人でキャーキャー言いながらゲームを楽しむ母親を、一馬さんと十馬さんは念願の恩返しが叶った時の表情で、温かく見つめていた。
 その一馬さんと十馬さんも、このゲームは初めてだったと言うから驚く。防御役の一馬さんは敵との正面対決を避け、斜め後ろに後退しつつ巧みにさばいた。防御力の高い熟練部隊がこれをすると、被害をほぼ受ける事がない。よって業を煮やし敵が深入りすると、機動力に優れた十馬さんの二部隊が素早く駆け付け、敵を包囲殲滅した。その救援に大急ぎでやって来た敵を、一馬さんと十馬さんは有利な地形で迎え撃った。そして地形の優劣にさほど差がないことに油断した敵を長期戦へ誘い、敵に悟らせぬまま、勝ちいくさの状況を造り上げていった。これを軸とし、二人は互いの役を秘密裏に換え、戦術に幅を持たせたものだから強いのなんの。一馬さんと十馬さんの東校チームはゲーム序盤ですでに、最も広い領土を獲得していた。
 一方、僕と北斗と京馬の湖校チームは苦戦した。東校チームは基本的に、いつも同じ戦術と部隊編成で戦っていた。だがそれを動かす人が入れ替わっているため、戦術に毎回微妙な差が出て、それが僕らを翻弄したのである。湖校チームの三人は様々な部隊を経験し、地形と天候をよみ、幾つもの作戦を試みるも、東校チームに三割強の勝率を稼ぐのが精一杯だった。
 女性チームにも湖校チームは苦戦した。一般的に女性は忍耐と度胸と意思疎通で男性を凌ぐと言われている通り、祖母とおばさんと美鈴は防御すべき時は粘り強く耐え、そしてひとたび勝機が訪れるや、勇猛果敢に戦い敵を蹴散らした。しかもそれを、見事な団結力で成すのである。女性チームも序盤で、東校チームに比肩する領土を獲得していた。
 最後の四チーム目は、AIのチーム。このボードゲームにはAI制御のチームも参戦していて、それに連勝することで、僕ら湖校チームは必要最低限の国土を何とか保持していた。
 そして中盤、ゲームは東校チームと女性チームの二大国による決戦へと推移して行った。国力は東校国が上だったので僕と京馬は東校国、略して東国が勝つと考えていたが、実際は違った。蓋を開けてみると女性国、略して女国の方が強かったのだ。理由は、一馬さんと十馬さんの入れ替わりが、母親のおばさんに筒抜けだった事。二人が入れ替わりをひた隠しにしても、おばさんはそれを見破り、息子達を打ち負かした。見破ることで息子達の戦意を砕き、また見破っていない演技をして二人をおびき寄せ、一網打尽にした。よって二人は母親との直接対決を避け、陽動し孤立させておいてから、祖母と美鈴に勝つことで勝率五分を何とか維持していた。それに、おばさんは激怒した。美鈴ちゃんばかりを標的にしてと怒り狂った。祖母と美鈴もそれに同調したため、二大国は国力のすべてを注ぎ戦いに明け暮れていった。
 そのお蔭で放っておかれた湖国は、国力の充実に力を注いだ。産業を育成し税収を上げ、そのお金で優秀な科学者を招き科学技術を伸ばしたのだ。また二大国を研究することで戦闘の癖を学び、それをインストールしたシミュレーション戦を重ねていった。そして東国と女国の最終決戦が開かれると同時に、僕ら湖国はAI国を滅ぼすべく、充実した国力にものを言わせた最新部隊を編成し、送り出したのである。
 東国と女国の戦いは熾烈を極めた。戦力は伯仲していて、戦いは永遠に続くかと思われた。だが勝ちを得たのは東国だった。いかに母親を苦手としていても、母親は女国の三分の一でしかない。よって残りの三分の二に勝った東国が、勝利をつかみ取ったのである。死力を尽くし戦った一馬さんと十馬さんはグッタリ項垂れつつ、勝ち鬨をあげようとした。が、それがなされる事はなかった。なぜなら二大国が死闘を繰り広げた戦場に、湖国の大部隊が突如現われたからだ。
 国力を充実させた湖国は、その豊かな税収で科学を発展させ、画期的な隠密性能を誇る軍隊を造っていた。同時に、張りぼての偽物部隊も大量に保持していた。その偽物部隊をAI国へ送り出し、そして本物の最新最強部隊を、隠密モードで決戦場へと向かわせていたのだ。東国と女国は自分達の戦術的強さに溺れるあまり、北斗の「戦略的強さ」を、完全に見落としていたのである。
 一馬さんと十馬さんの癖を学びシミュレーションを重ねた僕らは、おばさんに近い精度で二人の入れ替わりを見破った。見破るだけでなく、様々な部隊と戦闘環境を経験済みの僕らは二人の癖を逆手に取り、戦いを有利に進める事ができた。優れた格闘家である一馬さんと十馬さんは桁外れの体力を持っていたが、それでも死力を尽くした戦闘の直後ゆえ、疲労からくる判断ミスをちょくちょくした。それ以外にも、湖国には強力な援軍がいた。それは、女性達の応援だった。祖母とおばさんと美鈴は、自分達に敗北を味わわせた東国が不利になるたび歓声をあげ、僕らを応援した。この「一馬さんと十馬さんの疲労」と「女性達の応援」というゲーム外要素も含めて、北斗は長期戦略を立てていたのである。それを、僕と京馬は熟知していた。僕らは序盤、戦闘に幾ら負けても、最終的勝利を決して疑わなかった。しかもそれを、新忍道で培った技術を活かし、相手に悟らせなかったのである。傲慢であっても断言しよう。
 一馬さんと十馬さん、祖母とおばさんと美鈴は、戦う相手が悪かったのだと。
 ゲーム外要素を含む長期戦略を立案した北斗と、それを心底信じた僕と京馬に率いられた湖国は、最強国家である東国との戦闘に勝利し、ゲームの最終勝者となったのだった。
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