僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十一章

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 それからしばらく種明かしの時間が続いた。藤堂さんは机の上に出していた2D画面へ一礼し、恭しく両手で持ち上げ、それを僕の方へ向けた。そのとたん、
 カッッ
 僕は踵を打ち鳴らし直立不動になった。画面に騎士長と、円卓騎士十二人が映し出されていたからである。画面は上中下に三分割され、幅の若干広い画面上段は騎士長の、中段と下段は円卓騎士六名ずつの場所になっていた。中段左端の円卓騎士が出した「休め」の指示に従い、足を肩幅に開き手を腰で組んだ僕は、頭の片隅で昴の講義を思い出した。
『円卓騎士十二人は黄道十二宮に対応していて、副騎士長の役職を星座に準じて務めるの。でもそれだと獅子座はまるまる夏休みになるから、獅子宮の騎士は、騎士長の副官になるみたいね』
 今日四月七日は、牡羊座。よって休めの指示を出した女性騎士が、白羊宮の副騎士長なのだろう。不意に、黄道十二宮と脳神経十二対についての翔刀術の基礎知識が脳裏をよぎる。なら松果体は・・・という頭の片隅の思考は、松果体たる騎士の語り掛けによって幕を下ろした。
「猫将軍眠留、ようこそ我らが騎士会へ。騎士見習いに将来有望な生徒が一人増えたことを、俺は嬉しく思う」
「はい、ありがとうございます」
 休めの姿勢を解き騎士長へ敬礼してから、再び休めに戻る。剣道部主将でもある騎士長は、
「さすがは真田と荒海の後輩だな」
 と目元を緩めたのち、ある秘密を明かしてくれた。
「心が浮き立って当然の入学式当日の面接では、待ち時間の過ごし方は合否の要素に含まれない。よってそれは、それに気づいた者のみが知る秘密として代々受け継がれてきた。幹部騎士は、その者達の中から育つ。猫将軍、期待しているぞ」
 ああなるほど、という顔を思わず浮かべてしまってから慌てて謝意を述べた僕に、笑いを堪える声が画面から複数届けられた。顔を真っ赤にする僕へ「話してごらん」と微笑んでくれた白羊宮の騎士の優しさに報いるべく、僕は脳を総動員し推測を述べた。
「騎士の男女比六対四に対し幹部騎士のそれが五対五であるのは、二年時の女子入会者から幹部騎士が多く育つからではないかと僕は推測しました。先ほどまで一緒にいた同級生男子は、女子に大きく水を開けられているというのが、僕の率直な感想です」
「私も二年時の入会者なの、ありがとう猫将軍君。昴と輝夜にも、後でお礼を言っておきます。とても賢い子たちだから子細を知らずとも、きっと喜んでくれるでしょう」
 現薙刀部部長が円卓騎士の一人でもあることは二人から聞いていた。優しい言葉を掛けてくれたことと二人の先輩であることの二重の感謝を込め、僕は上体を前方へ投げ出したのだった。
 2D画面越しの会話はその後も続き、幹部騎士達は六年生校舎からリアルタイムで希望用紙を読み、待ち時間の様子を観察していたこと等々が説明された。そして最後に、
「「「ようこそ、我らが騎士会へ」」」
 幹部の方々はそう声を揃え、画面の向こうへ消えて行った。感極まり腰を折ったままでいる僕の肩を、藤堂さんがポンポンと叩く。僕は顔を上げ、待ち時間中に閃いたことを提案した。
「藤堂さん、廊下の椅子の片付けを手伝います」 
「実はそれを見越して、お前が最後になるよう天川に頼んだんだ。幹部の方々には、ナイショだからな」
 ハッハッハッと豪快に笑いながら、藤堂さんは僕の背中をバシバシ叩いた。だがすぐ真顔になり、
「なんだこの背中の筋肉は。先輩を差し置きこれほどの筋肉を身に付けるとは不届き千万、こうしてくれる!」
 などとほざき、もとい言って、背後から僕をくすぐりまくった。くすぐられる方の僕もくすぐる方の藤堂さんも同じくらいゲラゲラ笑ったのち、一緒に椅子をサクサク片付けてゆく。女子もほぼ同時に片付けを始めており、あちらは椅子が多かったので藤堂さんの許可を貰い手伝おうとしたら、「これは騎士見習いとしての私達の初仕事だから、気持ちだけ受け取って置くね」と三人の女の子に笑顔で返された。そうつまり、彼女達も騎士見習いに合格していたのである。「わあ、おめでとう!」「うん、ありがとう!」とのやり取りを経て、必然であっても驚愕すべき情報を僕は仕入れた。
 女子生徒が騎士長を務めた翌年は、二年生騎士見習いの女子合格者の比率が増すと言う。気高く美しい年上女性に女子は強い憧れを抱くものだからこれは必然なのだけど、今年はその増加率が、湖校創設以来最も高かった。二年時合格者の二十六名のうち、なんと二十四名が女子生徒だったのである。僕は大興奮し「さすがは朝露の白薔薇!」とガッツポーズしたら、「天川さんも関係しているのよ」と女の子たちはクスクス笑った。その子たちによると、一年時の見習い合格者に有力な女子がいればいるほど、二年時の女子合格者も増える傾向が湖校にはあるそうなのだ。合点のいった僕は手を打ち鳴らそうとするも、それを中断し首を傾げた。確かに昴は有力な女子だけど、同性の同級生見習いが八人しかいなくて寂しいって、愚痴を零していたような??
 すると、
「あのねえ猫将軍君」「天川さんは、有力どころの人ではないでしょ」「まったくもう、幼馴染なのになにしているのよ」「ホントよね」「「ね~~!!」」
 彼女達は当然のごとく僕をイジリ始めた。その仕草の端々に、親しみと優しさを感じた僕は、この素晴らしい女の子たちと同期になれた幸運を噛みしめたのだった。
 
 廊下にあった椅子を会議室にすべて戻し終え、衝撃吸収マットの敷かれた場所へ足を向ける。この地下会議室の床は三等分されていて、入り口ドア側に机が置かれ、その隣に何もないスペースがあり、そして出口ドア側に衝撃吸収マットが設けられていた。面接と片付けを終え僕はようやく、会議室の扉を開けるなり目に入ったこのマットスペースへ、赴くことができたのである。
「そこは受け身の練習と、試験を受けるためのスペースだ。試験は厳しく、柔道を長年やってきた見習い騎士も合格率は低いが、猫将軍なら問題ないだろう」
 床に片膝着きマットの性能を手で計測していた僕の隣に立ち、藤堂さんはそう教えてくれた。そして靴を脱ぎ、一礼してマットスペースに足を踏み入れ、基本の受け身を次々披露してゆく。技能も身体能力も並外れて素晴らしかったが何より僕の目を引いたのは、その空間認知能力だった。おそらく藤堂さんは心を二つに分け、一方を上空に待機させ、その心で自分を客観的に見つめて体を操作しているのだろう。そう結論付けるまさに寸前、
「猫将軍、感想をくれ」
 藤堂さんが鋭く問いかけてきた。結論付ける寸前という、こちらの虚をつく絶妙なタイミングに、この人は戦闘センスも頭抜けているんだなあと舌を巻き応える。
「僕の家に伝わる刀術は、敵の攻撃予測に基づく受け身を重視しています。その体得のため、まずは全身全霊で受け身を練習し、続いて周囲に気を配りつつ受け身を練習し、最後は上空から戦闘環境を俯瞰して受け身を行うことを要求されました。それと同種の訓練を、藤堂さんもしてきたように感じます。もしくは、視界を著しく遮る面の着用が義務付けられている剣道は、肉眼だけに頼らない戦闘中視力を、得やすいのかもしれませんね」
「ったくお前は、今の動作だけでそこまで見抜くのか。猫将軍の潜在能力は天川さえ凌ぐという部長の見立ては、正しかったようだな」
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