僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

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 新忍道は受け身をとても重視しており、受け身の試験に合格しないと戦闘に参加できない決まりになっている。それはインハイ予選も例外ではなく、新忍同本部は大会の一週間前に合同試験を開き、出場の合否を判定していた。ただその試験は通常より厳しいため、正選手が不合格になった場合は、補助選手も三人まで試験を受けることができた。真田さん、荒海さん、黛さんの正選手に不合格の可能性は皆無でも、来年への準備も兼ね、竹中さんと菊本さんが補助選手として試験会場へ向かう手筈になっていた。そしてその試験会場には、予選で使われる自走壁もあるから慣れておきなさいと、公式AIは述べたのである。
「以上で、異なる二つの点の説明を終えます。質問はありますか」
 挙手はなく、講義は終了した。その週の土曜、真田さん達五人は合同試験へ赴き、満点合格を果たした。当然ではあっても僕ら居残り組はその一報に、はしゃぎまくったのだった。
 と、ここまで思い出したところで、僕はあることに気づいた。
 それは、合同試験会場へ部員全員で出かけなかったのは僕のせいなのではないか、という事だった。
 試験を受ける人数に制限はあっても、試験会場の施設に入場制限はなかったから、十五人全員で出向いても良かった。三年生の加藤さんが救命救急の資格を持っているとはいえ、有資格者が六人いる普段の状態からたった一人に減ってしまうというのは、かなりの緊張を居残り組に強いた。三年生以下の十人だけでも安全かつ充実した訓練時間を過ごせることを証明できたのは有意義だったが、それでも部員全員で向かえなかったのは、僕の面が割れないための措置だったのではないかと、今やっと気づけたのだ。
 申し訳なさが込み上げてきて、僕は項垂れそうになった。
 だがフィールドの光景が、それを押しとどめてくれた。
 砦への潜入を見事成功させた武州高校の選手に、同じ役目を担うことの多い自分が、重なって見えたのである。僕は胸の中で、部活中いつも誓っていることを、再度誓った。
 戦友達が僕の誇りであるように、僕も戦友達の誇りとなろう。
 魔族から人類を守る戦友として、砦攻略に臨む武州高校の五人を、僕は応援したのだった。

 その後ほどなく、武州高校の五人は全員、壁の向こうへ消えて行った。
 観客席が一斉に、安堵の息で染まる。だが、
 ギュォォォオオンン! 
 次第に大きくなってゆく効果音に合わせて砦自体が観客席に近づいてきたため、弛緩した空気は瞬く間に消えてしまった。いやそれどころか、観客席のそこかしこから女子生徒達の悲鳴が上がったほどだった。砦が近づいて来たせいで、彼女達は見てしまったのである。壁の向こうを移動する生物の、その異様な頭部を。
「カマキリ属か。雨の日に厄介な敵を、引いちまったな」
 湖校から一番近い場所にいる他校の選手の一人が、うめき声を漏らした。真田さんを始めとする先輩方も、カマキリ属の対策を小声で話し合っている。それに倣い僕も、右隣の北斗へ顔を向けた。同じタイミングで北斗へ顔を向けた京馬と頷き合い、耳を澄ませる。二年生トリオの中心に座る北斗は、小さくとも良く通る声で解説した。
「巨人族より軽い体を四本脚で高速移動させるカマキリ族に銃弾を当てるには、距離をかなり詰めねばならない。しかしカマキリ族の繰り出す鎌は魔族随一の速度と切れ味を誇るため、接近は困難だ。よってカマキリ族は火炎放射で倒すのが一般的だが、今日は雨。武州高校がインハイ出場を狙うなら、火炎以外の作戦を立てねばならないな」
 火炎放射器は雨天でも、一応使える。だが雨に濡れたモンスターは炎を浴びても通常の倍以上突進を止めないし、またカートリッジを差し込んだだけの簡易火炎放射器は雨天時の誤作動率が高いので、たとえ作戦を成功させたとしても高得点は望めなくなる。武州高校がインターハイ出場を狙っているなら、別の作戦を立てねばならないのだ。北斗ならどうするだろう、いや先ずは自分で考えてみねばと腕を組んだところで、砦の壁が消える。僕は腕をほどき、観戦に集中した。
 武州高校の五人は地に伏せ、横倒しの丸太にピッタリ寄り添うことで、巡回中のカマキリをやり過ごしていた。直径30センチの丸太では体を隠すことなど不可能なのに、それが成功したのである。その仕組みを解明すべく、カマキリ族の特徴を僕は一つ一つ思い出していった。
『ええっと確かあの種族の複眼は、優れた動体視力を持つ半面、動かない物は知覚し難いんだったな。臭気の強い魔族を相手にしてきたせいか、鼻は昆虫のカマキリほど利かないはず。耳は昆虫のカマキリより良いが、聴覚器官でもある触覚は天候の作用を受けやすく・・・なるほど!』
 ある推測を閃いた僕は、心の中で膝をポンと叩いた。その推測は正解だったらしく、丸太の陰から身を起こした五人の戦闘服には、泥がたっぷり付着していた。開会式で踏みしめた芝生の感触に惑わされ忘れていたが、砦内部の地面は土なはずで、するとそれは必然的に泥となっており、そしてその泥を衣服に付着させれば、保護色になるだけでなく赤外線も漏れ難くしてくれる。カマキリ族は赤外線視力を、すなわち温度センサーを持つが、泥は熱伝導率が低いので、体温を比較的封じ込めてくれるのである。雨にしては温度の高い梅雨のしとしと雨にも助けられ、五人は見事、カマキリ族の定期巡回をやり過ごしたのだ。同じ魔族と戦う仲間として、それが嬉しくない訳がない。僕は武者震いしつつ、五人へ視線を注いだ。
 それ以降は、電光石火として差し支えない速さで進んだ。五人は一塊ひとかたまりになり相殺音壁を発動させ、火炎放射カートリッジを盾に素早く装着し、正常に点火することを確認してから、建物の北側へ駆けた。そして相殺音壁の効果が切れる寸前、五人は東へ二人、西へ二人、そして中央の一人の三組に分かれ、中央の一人が北側出入口へ火炎を放った。東西に散った二組は足音を盛大に立てつつ建物の東側と西側へ回り、東西に設けられた窓へ炎を放った。窓を燃え上がらせた仲間を置き去りにし、残った一人ずつはそのまま走り続け南側出入口の正面に辿り着き、火炎放射器を入口へ向けた。
 その直後、
 ドバーン!
 出入口のドアが内側から蹴り破られ、身長2メートル強の巨大カマキリが一匹、建物から飛び出てきた。そのカマキリへ、
 ボワ――!!
 東側を回ってきた戦士が火炎を浴びせた。と同時に飛び出してきた二匹目を、今度は西側の戦士が燃え上がらせた。一瞬置き、大きな盾を構えた三匹が一列になって飛び出てきた。それはカマキリ族が火炎対策に用意した、耐炎盾だった。カートリッジの燃料を使い果たしていた両戦士は迷うことなく銃を抜き、引き金を引いた。着弾の衝撃に弾かれた盾で顔面を強打しカマキリは昏倒したが、それは先頭の一匹だけでしかなく、後続の二匹は二手に分かれて両戦士へ突撃した。両戦士は間髪入れず二発目を放つも、銃弾一発の衝撃ではカマキリを立ち止まらせ、のけぞらせる事しか叶わなかった。続けざまに放たれた三発目と四発目もそれは同じだった。いや、カマキリは長大な盾の下部を地に着け、地面と両腕の三点で支えることにより、着弾の衝撃を完璧に抑え込んでいた。これが貫通弾だったら盾を貫きカマキリに命中させることもできただろうに、散弾だったためそれは不可能だった。細い体を高速移動させるカマキリ用の散弾が、裏目に出たのである。両戦士はそれに気づくも連射を止めず、カマキリはそれを完璧に防ぎ続けた。そしてとうとう連射の銃声に両戦士の悲痛な叫びが加わり、弾の尽きることを予期したカマキリが前傾姿勢を強め突撃の準備に入ったまさにその時、
 ズキューン ズキューン
 これまでとは明らかに異なる場所から銃声が響いた。それは、東西の窓を燃え上がらせた二人による銃声だった。二人は地に伏せ、建物の陰に半身を隠しつつ、機が熟するのを待っていたのだ。甲殻に唯一覆われておらず、同じく唯一細くない腹部へ、二人は散弾を命中させた。縦方向の衝撃ばかりに気を取られていたカマキリは横方向からの突然の衝撃に耐えられず、体を大きくよろめかせた。その刹那、
 ズキューン ズキューン ズキューン ズキューン!
 体とともに盾もよろめかせたカマキリへ、正面の両戦士が二度ずつ引き金を引いた。二匹のカマキリが、揃って地に崩れる。そこへ、
 ボワ――!!
 紅蓮の炎が吹き付けられた。北出入り口を燃え上がらせた戦士が追い付き、戦線に加わったのだ。三発の銃弾をその身に受けた二匹のカマキリは成すすべなく炎に焼かれたが、盾で顔面を強打し昏倒していただけの一匹は立ち上がり、炎から逃れようとした。だがその時はすでに、建物の陰から狙撃を成功させた二人も戦線に加わっており、
 ズキューン ズキューン ズキューン ズキューン!
 立ち上がったカマキリへ散弾を四発命中させた。
 紅蓮の炎の中に、最後の一匹が沈む。そして、 
 
  YOU WIN!
 
 差し渡し50メートルはあろうかと言う巨大な文字が、競技場の上空いっぱいに映し出された。そのとたん、
「「「ウオオオ―――ッッッ!!!」」」
 空気中に投影された立体映像にノイズが走るほどの大歓声が、観客席から放たれたのだった。
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