僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

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 研究学校は三年に一度の頻度で、一年時と六年時のクラス分けが同じになる。湖校だけはそれが二年に一度の頻度だからか、「同じにできなかった」と後悔する六年生が多いと言われていた。それもあり、あまり口にすべきでない事とされているのだけど、千家さんがそれを話題に乗せたため、場の空気が若干硬質化した。僕はそれに、強い違和感を覚えた。円卓騎士に紹介され最初にお会いした時の第一印象とは、かけ離れている気がしたのだ。いやそれを言うなら、新忍道部十五人の注目を一身に浴びるこの場所へこうも堂々と登場する人だと、あの時は欠片も思わなかった。黛さんが気を利かせ脇へ移動した事もあり、真田さんと荒海さんを上席とし、その両側に計十三人がずらりと並ぶ形になって、僕らは来訪客を待っていた。その中央へ、いかに元クラスメイトであろうと恐れも恥じらいもなく足を踏み入れる人という印象を、初対面の時は少しも抱かなかったのである。それは真田さんも同じだったのか、呆れた様子こそ無かったものの、二の句が継げない状況にいるようだった。
 だからこそ、
「千家、お前変わったな」
 荒海さんが沈黙を破り口を開いた。
 その野太い声に上書きされ、場を覆う硬質化した空気が、荒海さんの人柄を慕う空気へと替わってゆく。
 ドスの効いた声をあえて出すことで皆の注目を自分に集めようとする、その自己犠牲の精神を解らぬ者など、新忍道部には一人としていないからね。
 それはもちろん美鈴にも当てはまり、そして嬉しいことに、千家さんもそれを重々承知しているようだった。
「荒海君は昔と変わらないね。それに、荒海君を深く理解している人が、ここには沢山いるのね。勇気を出して、来てよかったわ」
 荒海さんは「けっ」と言い放ちそっぽを向いた。そのあまりのお約束っぷりに、僕らは口を手で押さえ笑いを堪える。荒海さんは顔を戻し眼光鋭く皆をにらみつけるも、そんな「ギャップ萌え荒海さん」をまともに見たら笑いを堪えられなくなること必定だったので、全員一斉に顔をそむけた。その全員一致ぶりが益々おかしく、僕らは爆笑寸前まで追い詰められたのだけど、すんでのところで千家さんが打ち明け話を始めてくれた。
「荒海君の人間性を、私は入学式の日から知っていた。でも表に出ないことを願っていた私は、それを皆に知らせなかった。荒海君がどれほど誤解されようと、私は目立たないことを第一に日々を過ごしていたの。荒海君、ごめんなさい」
 またもや僕は違和感を覚えた。精霊猫の微笑みを成す六年生の千家さんと、目立たないことを第一としていた一年生の千家さんに、心の成長差があり過ぎる気がしたのだ。しかし今回の違和感は前回より少なく、またある程度推測可能なことでもあった。「千家さんは、級友達の誤解を正すより目立たないことを優先した自分を罰し続け、そして数年に及ぶその日々が、長足の成長を千家さんへもたらしたのかな」と、推測できたのである。
 ただそれでも、引っかかる事があった。またもしその引っかかりが事実なら、千家さんは心労がかさんでいるという事になるので、それが事実か否かを僕は一刻も早く知りたかった。しかしお二人の会話に割って入るわけにもいかず歯噛みしていると、荒海さんがサラリとそれを問うてくれた。
「ったく、千家は相変わらず自己評価が厳しいな。そういうヤツは、心労を代償に心の成長を加速させているようなもんだ。千家には、心の疲れを癒す場所が、あるか?」
 五月の連休明けの「一生ついて行きます!」コントを、僕はこの場で再現したくて堪らなくなってしまった。なぜなら荒海さんは今の問いかけにより、歯がゆく思う僕の気持ちを、あますところなく代弁してくれたからである。
 千家さんは自己評価の厳しい人なのではないかという引っ掛かりを、荒海さんは「相変わらず自己評価が厳しいな」という言葉で解明してくれた。
 そしてもしそうなら心労を癒す場があるのだろうかという危惧も、荒海さんは千家さんに尋ねてくれた。
 この二つをこうも易々と解決した荒海さんへ、加藤さんと京馬がしたように「一生ついてきます!」と、僕は抱き着きたくて仕方なかったのである。
 そして嬉しいことに誰よりもそう思っているのは、他ならぬ千家さんであるようだった。千家さんは艶やかな瞳で荒海さんを見つめたのち、目立たないことを第一としていた自分をすべて脱ぎ捨て、言った。
「心の疲れを癒す場所を得るため、あなたに会いに来たの」と。

 それから暫く、少々疲れる時間が続いた。千家さんにそれ以上何も言わせまいとする荒海さんを、男子十三人で羽交い絞めにし続けたのである。三枝木さんと美鈴は千家さんの元へ駆けつけ「感動しました!」「憧れてどうにかなりそうです!」「胸がキュンキュンして死にそうです!」等々を連発し、三人で大いに盛り上がっていた。千家さんは三枝木さんと美鈴へ語りかける形で、話を再開した。
「狒々の建物へ単独で向かう荒海君の背中に、勇者の姿が重なって見えてね。ああ、あの背で安らぎたい。本来の自分に戻って自由に生きたいって、思ったの」
「「キャ――ッ!!」」
「でもその時点では、どうすれば良いか分からなくてね。戦闘後の質疑応答で、やっとわかったのよ」
「それ最後の、自分の弱さと正面から向き合うところじゃないですか?」
「そう、さすがは美鈴さんね。わたし分かったの。荒海君は湖校の五年と二か月を、そうやって過ごした。なら私も、同じようにしなければって」
「千家さん、私も頑張ります!」
「三枝木さんは充分頑張っているわ。だって私のスケッチブックには、自分の至らなさと戦い続けるあなたが、いっぱい描かれているから」
「私、千家さんに一生ついていきます!」
「私もついていきます!」
「まあ嬉しい。こちらこそよろしくね」
「「はい!」」
 みたいなやり取りを中断させようとする荒海さんは、断固阻止せねばならない。僕らは胸を張り、荒海さんを締め上げ続けた。
 とまあそんなこんなをしているうち、控室を退出する時間がやって来た。お弁当を食べ終わるや松竹梅がきびきび働き部屋を片付けていたお陰で、竹中さんと菊本さんが点検する以外にすることは何もなかった。その点検も、
「うむ、よく片付いている」「一年生、お手柄だな」
 とのお褒めの言葉とともに終了し、松竹梅は顔をくしゃくしゃにして喜んでいた。当初は想像もしなかった、素晴らしい出来事を幾つも体験させてくれた場所へ、
「控室へ、礼!」
「「「ありがとうございました!!」」」
 千家さんと美鈴を加えた十七人で礼を述べ、僕らは休憩を終えたのだった。

 午後の部最初の越谷研究学校は、ミノタウロスへ火炎放射なしで挑み、Bプラスを獲得した。続く五校はどれもC評価以下だったので、一位湖校、二位越校、三位武州高校の順位が確定した。湖校は念願叶い、全国大会の切符を手に入れたのである。
 だが誤解を恐れず本心をさらすと、爆発的な喜びを僕らは感じなかった。嬉しい気持ちは確かにあっても、湖校チームが狒々族に勝利した時や千家さんが荒海さんに告白した時や三巨頭に食欲が戻った時はもちろん、他校のチームがモンスターに勝利した時の方へ、僕らはより強い喜びを感じたのだ。それは人ならざる者と戦う、新忍道の特徴なのかもしれないと真田さんは語った。すると、
「俺もそう思うぜ」「俺もだ」「やっぱ湖校はいいこと言うよな」「ああ、さすがは俺達の代表だ」「「「だな!」」」
 他校の部長達が口々に賛同の言葉を放った。休憩を終え観客席に戻ってきた湖校は他校チームの来訪を次々受け、言葉を交わしているうちに、ふと気づくと全出場チームに囲まれていたのである。正確には戦闘中のチームと控室にいるチームは含まれないが、その二校も可能な限り一緒にいて戦闘終了後は必ず戻って来たから、十四校すべてが一か所に固まっていたとして差し支えないだろう。僕らは一丸となって出場チームを応援し、雄叫びを上げ、そして新忍道の素晴らしさについて語り合った。だから閉会式を終わるころには自然と、学校の枠を超えた戦友としての絆を僕らは芽生えさせていた。そして、
「じゃあな~」
「また会おうな~」
「全国大会、応援してるからな~」
「「「任せとけ――!!」」」
 十四校の戦友達は言葉をかけあい手を振り合って、予選会場を後にしたのだった。
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