僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十三章

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「海の幸や山の幸を、神様に捧げる神事の映像を見たことがあります。あの食べ物のその後が気になっていましたが、皆さんで頂くんですね」
 素敵なことだと思いますと感心する三枝木さんに、千家さんは笑みを零した。そのままおしゃべりタイムに突入した二人を加藤さんが眩しそうに見つめるのは、新忍道部の日常だったのでスルー可能と言えた。だが、そこに荒海さんも加わっていたのはスルー不可能だった。休憩の丁度良い頃合いだったことも手伝い、僕ら男子十三人は昨日に引き続き今日も、荒海さんを羽交い絞めにしたのだった。
 休憩を経て、皆でキャベツの千切りに取り掛かった。それが半ばを過ぎたころ、全中予選を終えた仲間達が神社に次々集まってきた。予選を終えたといっても二年生でレギュラーに選ばれているのは輝夜さんと昴だけで、この二人以外は先輩方の試合を応援していたか、もしくは通常の部活に勤しんでいただけだったが、そこは育ちざかりの食べ盛り。母屋からもれるカレーの香りに食欲を爆発させた仲間達と美鈴は、新忍道部の先輩方と千家さんへ挨拶を済ますなり、
 スパパパッ
 と食事の準備に加わっていった。輝夜さんや昴はもちろん猛と真山と芹沢さんにとってもこの母屋は勝手知ったる何とやらになって久しかったし、智樹と那須さんと香取さんも五月の連休以降は食事会に毎週参加していたから、各自速やかに適材適所で働くことができたのである。よって夕食の準備は瞬く間に整い、そこに祖父母も加わり、
「「「いただきます!!」」」
 二十七人全員で手を合わせた。
 その二十七人で山のようなカレーとサラダを全て平らげたのち、新忍道部の先輩方と松竹梅はようやく、自分達が夕食を八十人分用意した意味に気づいたのだった。
 
 食後、簡単な後片付けをして大離れへ移動し、昨日の新忍道埼玉予選を皆で観戦した。自慢のオーディオシステムが作り出す臨場感と、エイミィが編集してくれた大会映像の相乗効果により、それはまこと手に汗握る時間となった。わけても湖校チームの戦闘は凄まじく、予選会場にいた新忍道部員ですらハラハラドキドキしどおしだったくらいだから、今日が初めての仲間達は「心臓が止まるかと思った」と真顔で幾度も繰り返していた。上級翔人として無数の魔想と戦ってきた祖父母へも多大な示唆を与えたのか、僕にも判らない翔刀術の専門用語を使い、二人は小声で熱心に話し込んでいた。初めて見る祖父母の様子に、ある閃きが脳裏を駆け抜けてゆく。「ひょっとすると新忍道のモンスター戦は、巨大な結界で翔人を幻惑する魔邸との戦闘に、似ているのではないか」と。
 湖校チームの戦闘以外は全て短縮版だった事もあり、観戦は一時間かからず終了した。もう少し皆と一緒にいたかったが、こういう集まりは「まだ早いよ!」というタイミングでお開きにするのが一番良い。午後七時半、新忍道部の皆と仲間達は名残惜しい気持ちを再会への約束に換え、それぞれの場所へ帰って行ったのだった。

 翌月曜は、少々大変だった。高校生以下の公式戦で世界初のS評価を出した新忍道部の快挙が学校中に知れ渡り、質問攻めにされたのである。事態を収拾すべく教育AIはお昼休みに、多目的ホールと六つの学年体育館で湖校チームの戦闘を公開した。それはのちに、教育AIの巨大な苦悩となった。戦闘に興奮するあまり、罰則レベルで掃除を疎かにする生徒が続出したのだ。それが数人だったら、公開を少し悔いる程度で済んだだろう。だが、数千人規模の生徒がそれに該当したら話は違ってくる。この事態を引き起こした原因は自分にあると、教育AIは判断した。それを知った生徒達は泡を食い、掃除をさぼった際の罰を自発的に行い、そのお陰で教育AIは立ち直ったように見えたが、それは表面上のことでしかなかった。美夜さんがどことなく憂えた表情をしていたので問い詰めたところ、咲耶さんは毎晩のように美夜さんの元を尋ね、うずくまり泣いているのだと言う。僕にはそれが、痛いほど分かった。生徒達の成長と未来予測を己の二大存在理由としてきた教育AIが、その両方で判断を誤ったのだから、後悔と自責に押しつぶされて当然と思えたのだ。美鈴とエイミィとミーサに協力を求め、咲耶さんをもてなす会合を幾度も開いたが、以前の笑顔がそのおもてに戻ることはなかった。思いあぐねた僕は、水晶に相談した。「儂の手に負えなかったらどうするつもりかの」「敷庭で創造主に直接問います」「ふむ、なら本腰を入れねばならぬの」とのやり取りをした翌日の夜、僕の部屋に現れた咲夜さんは、以前の笑みを取り戻していた。水晶に礼を述べ、どのような事をしたか尋ねるも、「過去へ旅行したのじゃ」と独り言のごとく呟いただけで、それ以上は教えてくれなかった。ただ一度だけ、咲耶さんが輝夜さんと昴へ姉弟子と呼び掛け、三人で仲良く笑っている様子を、水晶は夢の中で僕に見せてくれた。

 全中予選が終わり、全国大会に出場する仲間と、同大会に随行する仲間が決定した。真山と智樹の所属するサッカー部は準決勝で惜しくも敗れたが、陸上部は長距離部門の三年生二名が全国大会への出場を果たし、同じく長距離を走る猛と那須さんに同大会への随行権が与えられた。
 インハイとは異なるが、関東ブロックで優勝した撫子部も全国大会の切符を手にした。二年長の芹沢さんと一年長の美鈴も、同大会への随行が決まった。
 そして輝夜さんと昴は、当たり前と言えばそれまでなのだけど、随行ではなく出場する権利を得た。薙刀は四十七都道府県から六十四人の代表を選出する事となっており、そして二人は二年生ながら、埼玉県予選で優勝と準優勝に輝いていたのである。
 といっても、埼玉県に全国大会出場枠が二つあるのではない。薙刀協会の公式AIが各都道府県の決勝の様子を精査し、四十七人の準優勝選手の中から十七人の追加代表を選出するのが現代のインハイなのだ。然るに僕は、薙刀部の三年生の先輩方には心苦しいが、輝夜さんと昴が埼玉代表になることを信じて疑わなかった。たとえ二年生であろうとあの二人に勝てる中学生が埼玉県に、いや地球にいるとは思えない。あの二人が決勝で相まみえるなら県大会であろうと全国大会であろうと、それは中学生部門における事実上の、世界一決定戦に他ならないのである。
 ちなみに三度の延長戦のすえ県大会を制したのは、昴だった。大会慣れしていない瞬発力タイプの輝夜さんではなく、大会慣れしている持久力タイプの昴に、勝利の女神は微笑んだのである。とは言うものの、次の直接対決でどちらが勝つか僕には予想できなかった。それは僕と一緒に会場へ足を運び二人の試合をつぶさに観た祖父母も同じで、上級翔人の目をもってすら予測不可能なのだと言う。ただ何というか、これも当たり前と言えば当たり前なのだけど、
「私達の目標は皇后杯を二人で独占することだから」
「県大会決勝を二人で戦えたのはその最初の一歩な気がして」
「とにかく嬉しかったのよね輝夜!」
「だよね昴!」
 なんて感じに、当の二人は勝敗の行方などまったく気にしていなかったけどね。

 それから、約一か月後。
 七月十九日の、午後二時四十一分。
「きり~つ、礼!」
「「「夏休みだ――!!」」」
 湖校に入学して二度目の、夏休みが始まったのだった。
                                  
                           十三章、了
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