僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 遠ざかってゆく三つの背中を食い入るように見つめていた僕の心に、双葉の声が届いた。
 
  眠留、ここへいらっしゃい
 
 その声がやって来た次元へ、僕は心の半分を飛翔させた。音が色としても存在する次元に架けられた翠玉エメラルドの橋を渡り、双葉の傍らへ移動する。そこは観客席前方の、砦を見下ろす空中だった。
 然るに慌てて問いかけた。
「双葉のことだから抜かりはないと思うけど、埼玉予選のように選手と観客の意識を僕が繋いでしまうことは、ないよね!」
 僕は埼玉予選で選手と観客の意識を繋いでしまい、水晶と美鈴に多大な迷惑をかけた。ここへは双葉に呼ばれて来たのだし、しかも隣にいてくれるみたいだから心配無用と思いつつも、ヘタレ者としては確認せずにはいられなかったのである。
「安心なさい。美鈴より強固な障壁を展開したから、同じ事態にはならないわ。眠留が意図的に、壁を壊さない限りね」
 水晶と美鈴が助けてくれなかったら心肺停止者が出てもおかしくなかったと聞いていた僕は「絶対壊しませんっ」と腰を直角に折る。そして気持ちを切り替え、再びこの場所へやって来たことを幸運とすべく、第四会場の現状把握に全力を注いだ。 
 真田さん達は本部が用意した蜃気楼トンネルを使い、戦闘開始場所へ移動していた。仮にこのトンネルだけがフィールドに出現していたら、湖校チームはかえって悪目立ちしていただろう。しかし本部の機転により、観客の目を逸らすという本来の役目を蜃気楼トンネルはしっかり果たしていた。その機転とは、
「やっ、櫓の上にいるのは!」
「俺初めて、黒猿こくえん族を見たよ!」
「チンパンジーって、Sランクモンスターなの?」
 観客席から立ち上る驚愕の声が物語るように、櫓に詰める黒猿の姿を拡大し、説明文を添えて上空に映すことだったのである。

 新忍道における黒猿とは、チンパンジー型モンスターを指す。主要な猿の中で漆黒の体毛を持つのはチンパンジーだけなので、この名が付いたと言われている。
 狒々より若干小さく、平均的モンスターより明らかに小ぶりな黒猿族がSランクモンスターに分類されている理由は、二つあった。一つは、枝から枝へ飛び移るスピードが最速な事。そしてもう一つが、猛毒の吹矢と毒袋を使いこなすことだ。枝から枝へ高速移動しつつ放たれる猛毒針に脅威を覚えない種族は殆どなく、事実モンスター同士の戦争においても、平地での不意打ち以外に黒猿族を敗走させた例はほぼ無いとされていた。またその不意打ちにしても、魔族第二の頭脳を有する黒猿族は敵の接近に気づかぬ振りをして敵を陽動し、投石機による毒袋の奇襲攻撃をしかけてくるため、成功例は極めて少なかった。繁殖力さえ高ければ魔族の覇者になっていたかもしれないと囁かれるほど、黒猿は強力なモンスターだったのだ。
 という感じの説明文を添えられた見張りの黒猿は、観客全員の注目を一身に浴びていると言っても過言ではない状態になっていた。なぜなら、
「えっ、双眼鏡を持ってるの!?」
 黒猿は正対する観客席へ、なんと双眼鏡を向けていたのである。
 黒猿族は、魔族一の科学力を持つことでも知られていた。見張りが首から下げている双眼鏡もプリズムを複数用いた本格派で、魔族に共通する火への忌避がなかったら、内燃機関を発明していたに違いないと主張する人さえいた。とはいえその場合は魔族の次元と人類の次元を繋ぐ「次元門」も創造されず、ひいては魔界に浸食されるという歴史自体が無くなるから、設定上不可能だったのだろう。私事わたくしごとだが、次元門について考えると、僕はなぜか居ても立ってもいられなくなる。翔化中にそれは避けるべきとの理由もあり、次元門へのアレコレを脇に押しやって、所定の場所に到着した湖校チームへ意識を集中することにした。時を移さず、
「ただ今より、狭山湖畔研究学校の戦闘を開始します」
 の場内アナウンスが流れる。櫓の詰所つめしょの黒猿を注視するあまり蜃気楼トンネルの存在に気付かなかった人は大勢いたらしく、観客席は一時驚きの声で満たされたが、五秒と経たずそれは沈黙へ変わった。櫓は観客席のすぐ近くにあったので、櫓の死角となる場所から砦に接近しようとする湖校チームの意図を人々は察したのだ。それを待ってましたとばかりに、
「右後方を監視するための鏡」
「左後方を監視するための鏡」
 の表示が空中に映し出される。そして一拍置き、黒猿のいる詰所に矢印を浮かび上がらせ、二つの監視鏡の存在を公式AIは示した。と同時に黒猿がそれらへ顔を向け、右後方と左後方を確認する。観客席に、息をするのも憚られるほどの沈黙が降りた。右後方確認、左後方確認、首から下がった双眼鏡を持ち上げ前方確認、の三つの動作を繰り返す黒猿を、誰もが口を真一文字に結び見つめていた。そして左後方確認を終えた黒猿が双眼鏡を目に当てた時、
 サササッ
 湖校チームが砦への接近を開始した。斥候を用いない三人による一斉接近に、この作戦はこのタイミングでないと成功しないことを悟った観客達は、ある者は拳を握り締め、またある者はその手を祈りの形に変え、三人が壁に辿りつく瞬間を待った。そして三人の若者が背中を壁に張りつけると同時に、前方監視を終えた見張りが双眼鏡を下ろす。
 ウオオォォ―――ッッ!!
 沈黙を強いられたうっぷん返しの如き歓声が、会場を震わせたのだった。

 今回の追加アイテムの一つである特殊眼鏡を装備し終えていた湖校チームは、壁に身を隠しつつ南へ歩を進めた。そして櫓の風上になる場所で一塊ひとかたまりになり、盾を空に向けて催眠ガスを噴射する。壁にほど近いその場所からは櫓の屋根しか見えなかったが、屋根の下の椅子に座る黒猿の頭部を催眠ガスが通過するよう、三人は噴射角度を調整した。追加アイテムの特殊眼鏡が、無色透明のガスを目視可能にしていたのである。噴出口を正三角形に配置することで勢いを増したガスは風に乗り、15メートル離れた櫓に充分な量の催眠剤を届けた。カクンと項垂れ寝息を立て始めた黒猿に、観客は再度歓声を上げた。
 人類の技術を結集したハイテク双眼鏡で見張りの黒猿が寝た振りをしているのではないと確認した湖校チームは櫓の下へ移動し、壁越え及び櫓の無力化へ移った。と言っても荒海さんが実際に行うのは壁の上に立つまでで、壁から櫓に足をかけ見張りのいる詰所へ登ってゆくのは3Dの荒海さんだった。本物の櫓が登場するのは、十九歳以上のみに参加資格のある全日本選手権だけだったのである。虚像の荒海さんが櫓を登り切り、麻酔針を黒猿に打ち無力化に成功した瞬間、盛大な拍手が会場を包んだのだった。
 そこから湖校チームは二手に分かれた。櫓を降りる荒海さんを待たず、真田さんと黛さんが壁を越え、二本の巨木へそれぞれ向かったのである。この砦は内部に五本の巨木を有し、内二本は正門のある側に、残り三本は建物のある側に立っていた。その正門側の二本へそれぞれ向かった真田さんと黛さんは、盾に装着したカートリッジを木へむけ、接着剤を散布する。この接着剤には3D映像を映し出すナノマシンが混ぜられており、木の表面に多量の激痛針を出現させた。それはもちろん3Dだが間近で凝視しない限りバレることは無く、また手や足を掛ける部分に多数出現していたため、戦闘時にこの木へ登ろうとする黒猿はいないはずだ。接着剤を散布しきった真田さんと黛さんは次の任務に移るべく、忍び足で慎重に、建物側の木へ向かった。
 砦から地面に降りた荒海さんは、二人より十秒ほど早く建物側の木へ向かっていた。観客席から見て右端の木に辿り着いた荒海さんは片膝立ちになり、腰のバッグから石鹸大のアイテムを取り出す。それは今回の作戦に必須の、追加アイテムの一つだった。このアイテムは中央部分で二つに分けることができ、そして分けられた二つは太さ0.1ミリの糸ノコギリで繋がっていた。荒海さんは極細ノコギリを木の根元に一周させ、分離した二つのアイテムをくっ付けて一つにする。その数瞬後、
「「「「えっ!」」」」
 観客席から驚きの声が上った。おそらく皆、初めて目にしたのだ。新忍道の象徴ともされる盾が、作戦中に左腕から外される光景を。
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