僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十四章

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 今回僕は自分の意志で翔化し、サタン族の砦を見下ろす場所へ翔けた。不安はまるでなく、行うべきことを行っている充実感が心を満たしていた。
 真田さん達を追い控室を出たところで水晶と双葉が現れ、水晶は右に双葉は左に並んだことも、不安を感じていない理由の一つだった。この日この場所で僕に課せられた使命が何なのか、今はまだ判らない。だが、その使命を助けるために水晶と双葉がやって来てくれたことなら、ゆるぎない確信を抱けた。三千人の観客達の生命力を翔体の背に感じつつ、己が使命と対峙する瞬間を僕は待っていた。
 観客席は静寂の絶対的支配から逃れ、小声の会話をそこかしこに発生させていた。その多くは、
「あの砦はどこから侵入するのだろう」
 を話題とし、そしてその会話に参加している人達は、新忍道の才に恵まれていると言えた。サタン族の砦を一瞥しただけで、異次元のあの壁を人類が秘密裏に越えるのは不可能と、看破したからである。
 異次元へきは側面が固定されているだけで、上部は固定されていない。固定されている側面なら身を寄せ体重を預けられても、固定されていない上部に体が触れるや体は異次元へ沈んでゆき、その部分は消失する。例えば異次元に手首まで沈んだ腕を引き抜いたとき、その人は手首で切断されその先が消失した自分の腕を見ることになるのだ。異次元壁の上部は空気以外の物質を取り込む性質を持つため壁越えの仕掛けはどうしても大掛かりになり、それをサタンに気づかれず設置するのは不可能。また取り込もうとする動きは緩慢なので素早く跳躍すれば逃れることは可能だが、その場合は3メートルの高さから地面に着地せねばならず、隠密性は失われる。ドローンや気球で空を飛び壁をやり過ごそうとしても、対空警戒網に探知され、異次元の杭で下から串刺しにされてしまう。サタン戦の研究が進めば何らかの抜け道があるかもしれないが、僕らはそれを発見できなかった。つまるところ人類があの壁を秘密裏に越えるのは現在不可能であり、よってその知識がなくとも「あの砦はどこから侵入するのだろう」との思考に至れた人は、新忍道の才に恵まれた人だったのである。
 もちろん観客席には、それら一連の知識を有している人達もいた。インハイに駒を進めた各校の戦士がそれで、そしてその戦士達は知識を有するが故に、戦慄から未だ脱することができずにいた。
 彼らは知っていたのだ。
 あの砦には、身をさらして接近する以外の方法が、無いのだと。
 然るに、
「「「クッッ」」」
 砦の正門へ続く道に湖校の三戦士が現れたとき、戦慄に押し黙っていた大勢の戦士達は、感嘆とも悲鳴ともとれる声を一斉に上げた。しかしそれは観客の一部でしかなく、新忍道に詳しくないその他大勢は、
「えっ」「おや?」「あれ?」
 それぞれの方法で疑問を口にした。三戦士が盾とバッグを装備していない事に、その人達は気づいたのである。ほぼ時を同じくして、
「そういえばあの砦には、やぐらがないね」
 との声も聞こえ始めていた。見張りがいないのだから接近は簡単と勘違いしたのだろう、その人達は緊張を解き、安心した表情を浮かべていた。三戦士が正門へ近づくにつれ安心度は増してゆき、正門を無事通過した際は、弛緩し退屈な気配をまとっている人すらいたほどだった。
 だがその一方、それとは真逆の人達もいた。三戦士が正門へ近づくにつれ体の震えが大きくなってゆき、そして正門の通過をもって、その人達は耳を両手できつく塞いだのである。弛緩し退屈な気配を纏い、砦から目を離していた幾人かが、恐怖に顔をゆがませ両耳を塞いでいる人達の存在に気づいた。
 ひょっとするとそれは、勘違いの代償だったのかもしれない。
 生存本能の鈍さが招いた油断を、恐怖に不意打ちされることで償ったのかもしれない。
 砦から目を離していた人達はそのせいで不協和音に突如襲われ、同じく本能的にその音源へ顔を向けたせいで、心の準備をする間もなく絶望的な光景を目の当たりにする事となった。その光景とは、開け放たれていた正門が、異次元の扉によって閉ざされつつある光景だった。そして、
 ズンンン・・・・
 大地を揺るがす重低音を響かせ、正門は完全に閉ざされてしまったのだった。
 
 言及するまでもなく、新忍道ではモンスターに負けることもある。勝率の高い魔族の砦に精鋭部隊を送り込むと設定されていても、重度の過失が敗北を招くのは当然だからだ。実際インハイに臨んだ五百二十五校のうち、五十校がモンスターに勝てなかった。老若男女の観戦する公式戦なので残虐シーンは省かれても、その代わり「過失」の文字を宙に映すことで、観客に敗北を悟らせる措置がインハイでは採られていた。そして現在、この競技場に集まった三千余の人々の半数は、それが適用されたと落胆しつつ砦上空の3D映像を見つめていた。
 それは、サタン族とヒグマ族の戦闘映像だった。正門に突撃したヒグマの隊列を、途中で断ち切り正門が強引に閉じられ、砦内部のヒグマの悲鳴を外部の仲間達にたっぷり聞かせたのち、正門が自動的に開いた。開け放たれた正門越しに、八つ裂きにされた仲間達を見て激高したヒグマ族は、隊列を組み直し二度目の突撃をするも、異次元の扉により再び分断され、断末魔の叫びを周囲に轟かせた。開け放たれた正門越しに、前回を倍する仲間達の亡骸を見せつけられたヒグマ族は、戦意を喪失し撤退していった。
 映像を見終えた観客達は、一様に両手で耳を塞いでいた。正門の開閉時の、恐怖を掻き立てる不協和音をこれ以上聞かないためには、こうするしかないと本能が命じたのである。それを汲んだように上空の3Dが消え、安堵の声が会場に溢れた。しかしヒグマ族の戦闘映像の下部に展開していた蜃気楼壁が消滅し、漆黒の砦が出現するや、
 シン・・・・
 痛いほどの静寂が観客席を再度支配した。いや今回の支配は、前回より間違いなく強力だった。漆黒の砦の恐ろしさを目の当たりにした直後だったことに加え、前回より近い場所に砦が出現したからである。禍々まがまがしい正門に圧倒された観客は一層強く耳を押さえ、不協和音を聞くまいとした。けどその耳に届いたのは、
 シュワ~ン
 正門と壁が消えてゆく効果音だった。その消滅した正門の向こうに、大地を踏みしめて立つ三戦士を認めた観客達は、耳から手を離しあらんかぎりの声を放った。幾つものパーツに切断された幾百ものヒグマの記憶を、大地に雄々しく立つ三戦士の姿で掻き消さんと、観客達は声の限り雄叫びを上げていた。だが、
 ガッチャン
 鍵の開錠する音がこだますや、会場は嘘のように静まった。三戦士は腰を落とし銃を抜き、建物唯一の出入り口に臨戦態勢を取る。観音開きの扉が、打って変わって軽い音と共に開かれてゆく。開け放たれた扉が穿うがつ闇に、闇の濃淡の揺らぎが生じ、その濃淡が頭部と胴体と四肢を形作っていく。2メートル半の人型のシルエットが扉に近づき、そして扉を越え、それはこの世界に出現した。根源的恐怖一色に染まった人々は、ただただ硬直しその姿を目に焼き付けていた。
 外骨格の長く細い四肢を操り悠然と歩む、サタン族の姿を。
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