僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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 子供にサッカーを教える大人達がそのコツをどのような意味で使っているかは、わからない。でも、そう教えられた子供達がどう行動したかなら、推測できる。その子達は脚を大きく振りかぶり、素早く動かした脚でボールを蹴ることにより、「叩く」を習得したと考えたのではないか。そう推測を述べたのち、僕は自分の体験談を話した。
「僕の神社には刀術以外に、体術も伝わっててさ。その体術の蹴りが、小学校時代の僕は苦手で仕方なかった。腸腰筋が弱すぎるから脚を低い位置まで、ノロノロ持ち上げるのが精一杯だったんだよ」
 戦闘の最中に刀を落とした時の対処法として、猫将軍家には体術も伝わっていた。運動音痴の僕は体術の練習中も残念な姿をさらしまくったが、蹴りは特に悲惨だった。模範を示す母が長い脚を素早く豪快に操っているのに対し、僕は短い脚をノロノロちょっぴり動かす事しかできなかったのである。
「でもあるとき、はずみを付けると脚が高く上がることに気づいてさ。左脚で踏み出してから右脚を動かせば、踏み出さなかった時より高い位置まで脚を持ち上げられたんだね。だから僕は移動せず行う蹴りの練習に無断で移動を加えて、弾みを付けた脚でそれを行った。その工夫を思いついた僕は得意満面だったけど、弾みを付けてはならないって、母にすぐ禁止されたよ」
 あの頃は、弾みを禁止する仕組みを説明されても理解できなかった。いやひょっとすると、パスの研究を経て初めて僕は、弾みの弊害を理解できたのかもしれない。深呼吸を一つして、弊害の説明に移った。
「腸腰筋は鍛えるのが困難だから、大抵の子供は腸腰筋が弱い。その腸腰筋でボールを強く蹴る最もお手軽な方法は、脚を後ろに大きく振りかぶり、なるべく速く脚を動かすことだ。つまりトルク不足を、速度で補うんだね」
 僕は数十年前の、小学生サッカーの全国大会決勝の様子を映し出した。ほんのちょっとしたキックさえ、全員が脚を後ろに大きく振りかぶっていた。
「決勝進出を果たしたこの子達は、かなり小さい頃からサッカーをしていたのだろう。小さければ小さいほど腸腰筋は弱いから、この子達は脚を大きく振りかぶる必要があったと思う。そのお陰で強いボールを蹴ることができ、サッカーの上手い子供になれたなら、この子達は振りかぶる事になんの疑問も感じなかったと予想される。脚を素早くボールに打ちつけた方が、『押すのではなく叩く』を守っている気にもなれたから、この子達は神経が最も発達する時期に、このキック方法を無数に繰り返してきたのだろう。では智樹、考えて欲しい。腸腰筋が弱くても強いボールを打てる運動は、腸腰筋を鍛えてくれるかな?」
 智樹は重い口調で、鍛えるとは思えないと答えた。そして決勝の映像を指さし、
「この子達にとっての振りかぶりは、体術が苦手だった眠留にとっての、弾みなんだな」
 智樹はそう付け加えた。そのとおりだった。この子達は脚を振りかぶり弾みを付ける事で、弱い腸腰筋をごまかす運動を長年続けてきたのだ。それだけでも、腸腰筋を鍛えられないという弊害があるのに、事態はもっと深刻だった。それを伝えるべく智樹に問うた。
「この子達がボールを蹴る時の骨盤の向き、気づいた?」
「ああ、気づいていた。俺同様、上を向いているな」
 頷くだけにとどめ、僕は新たな映像を出した。それは年代がほぼ同じ時期の、中学サッカー全国大会の決勝の映像で、智樹はそれを見るなり顔をしかめたが、そんなもんじゃないと僕は重い息を吐いた。
「ボールを持たずに走っているこの選手の、骨盤の向きはどうだ?」
「なっ、なんでコイツは、骨盤を上向きにして走ってんだ!」
 信じられないとばかりに声を張り上げた智樹にその説明をすべく、僕は頬を勢いよく叩いた。そうでもしないと、間違った指導のせいで走るフォームまでおかしくなってしまった選手が不憫でならず、口ごもってしまいそうだったからだ。
「人は通常、骨盤を下に向けて短距離ダッシュをする。でもこの選手の体には、骨盤を上に向けた方が脚を素早く動かせた経験が、無数に叩き込まれている。そのせいで速く走る時も、骨盤を上向きにすることを体が無意識に選択する。普通はそんな事をしたらダッシュできないんだけど、太ももと腹に筋肉が沢山ついている運動神経の良いこの選手は、そこそこのスピードを出せてしまう。だから何の疑いもなく、これをずっと続けているんだね」
 その選手が大きく振りかぶり、飛距離の長いパスを出した。そのボールを受け取った選手が、大きく振りかぶってシュートを打った。ボールはシュートと言うより、ロングパスに似た軌道を描いてゴールの上を通過していった。
「湖校入学前の俺なら、この大きく振りかぶるシュートを、豪快でカッコいいと思っただろう。だが、真山のシュートが目に焼き付いている今は、カッコイイと思わない。真山と比べると、この映像の選手達のシュート動作は、とても遅く感じる。一見豪快だが、脚を振りかぶるのも、その脚をボールに振り降ろすのも、ノロノロやっているようにしか見えないな」
「うん、この選手達は真山より、脚の速度が遅い。また真山は、股関節から足の甲までを一本の強固な棒にしてボールを蹴るけど、この選手達は一本の棒にしてない。真山と同様の、低く鋭いボールが試合でほとんど見られない理由は、それだね」
 智樹は何かを閃いたらしく十指を走らせ、ファイルの横に野球の映像を出した。それはバットがボールを打つ瞬間のスローモーション映像で、ボールを捉えてもバットはそのまま進み続け、ボールをグニャっとひしゃげさせていた。それでもバットは進むのを止めず、ひしゃげたボールを少し運んでから、ボールを勢いよく打ち出していた。その様子を指さして、智樹は閃きを説明した。
「打撃が巧くなるとバットでボールを運べるようになる、という表現が野球ではしばしば用いられる。この映像のようにそれは真実で、速度とトルクを両立させたバットでボールを打つと、ひしゃげたボールをバットにくっ付けて運べるようになる。すると大きな反発力を得られるからボールの飛距離は伸びるし、ボールが飛んでゆく方向もコントロールしやすくなるんだよ」
 実は小学生のころ野球を少しかじったんだと智樹は苦笑し、そして嫌な記憶を置き去りにするように説明を再開した。
「真山はこれと同じ方法でボールを蹴っている。バットのように真っすぐな脚でボールを蹴り、ひしゃげさせたボールを真っすぐな脚で運び、飛んでゆく方向をコントロールしている。これが真山にとっての、ボールの押し出し方だ」
 僕は真山のシュート映像をスローモーションで再生した。膝を曲げて後ろに振りかぶった脚を、膝を伸ばしながら振り下ろし、そして伸び切ったところで真山はボールを蹴っていた。真山はボールを押し出す力の種類をなるべく少なくすることで、ボールを正確にコントロールしていたのだ。智樹はこれに大層感心したのち、それに比べて俺は、と嘆息した。
「それに比べて俺は、ボールを押し出す力の種類をなるべく増やしていた。サッカーが陸上のやり投げのように、ボールの飛距離を競う競技だったら、押し出す力の種類を増やす蹴り方が推奨されただろう。だがサッカーは、コントロールを重視する競技だ。ゴールに狙いを定めてシュートを打ち、仲間に正確なパスを届けるのが、サッカーなんだ。それなのに俺は、コントロールを難しくする蹴り方をしていた。俺のボールがいつもむなしくゴールの上を飛んでいく理由は、それなんだな」
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