僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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 二章を始める前にトルクのおさらいをさせてと頼み、僕は関連動画を出した。
「発泡スチロールのボールと鉛のボールを、同じ高さから柔らかい土に落とす。すると鉛のボールは発泡スチロールのボールより、土に深くめり込むこととなる。鉛のボールは土の反発力を受けても、地中深く突き進んで行くんだね。その突き進む力が、トルク。そして真山の脚には、このトルクがある。真山が蹴ったボールは、他の部員が蹴ったボールより大きくひしゃげている。真山の脚はボールに当たっても動きを止めず突き進み、ボールを大きくひしゃげさせ、巨大な反発力を生み出す。だから真山はああも速いボールを、蹴ることができるんだね」
 僕と智樹はそれから暫く、二章冒頭の真山のシュートシーンを惚れ惚れしながら見つめた。イケメンの真山が、基本に沿う美しい動作で、凄まじい速度のボールをゴールに叩き込むのだから、それは正直言って、自分が同性であることを忘れさせるほどカッコ良かった。
「な、名残惜しいけど先に進もうか」「そ、そうだな」「忘れてた。智樹、これを使って」「おお、人体の筋肉図か。サンキュー」
 必要以上にアタフタしながら出した筋肉図を、智樹も必要以上にアタフタしつつ使った。
「ボールを蹴る三つの筋肉は、腹直筋、大腿四頭筋、そして腸腰筋だ。腹筋に力を入れて胴体を固定し、太ももの筋肉とインナーマッスルの腸腰筋で、脚を前に蹴り出すんだな」
 智樹はシュートを打つ真山の映像に人体筋肉図を重ねて、三つの筋肉がどう作用するかを表示した。それを見つつ、僕は問いかけた。
「なあ智樹、真山のトルクを生み出す主要な筋肉は、三つのうちどれかな?」
「そりゃもちろん腸腰筋だ。ボールの反発力にあらがって脚を前に出すのは、腸腰筋だからな」
 即答する智樹に首肯し、再び問いかける。
「なら、三つの筋肉のうち最も鍛えにくいのは?」
「眠留の論文を読んでるから知ってるぞ、それも腸腰筋・・・」
 智樹は再度即答するも途中で疑問を覚えたのか、返答を中断して真山のシュート映像を見つめた。僕はその映像を、脚を後ろに振りかぶった時と、脚がボールに当たった瞬間と、蹴り終わり膝がヘソの高さまで持ち上げられた時の三つに分けて説明した。
「脚を後ろに振りかぶった時、真山の胴体は腹を外側にして反っている。だから骨盤も、このように下を向いているよね」
 静止画に骨格映像を重ねると、智樹は無言で頷いた。
「次は、脚がボールに当たった瞬間。このとき真山の骨盤は、正面を向いている。下向きから正面まで、骨盤は持ち上げられたんだ」
 ちなみにこの時、真山の膝は曲がっていなかった。真っすぐ伸ばされた脚で、真山はボールを蹴っていたのだ。
「最後は蹴った後。膝をヘソの高さまで持ち上げた真山の胴体は、腹を内側にして曲がっているから、骨盤は上を向いている。つまり蹴る動作は、骨盤を下向きから上向きに変えるんだね。けど、脚にボールが当たっている時間だけに言及するなら、真山は正面に固定された骨盤で、ボールを蹴っているんだよ」
 無言で頷く智樹へ、僕は新たな映像を見せた。それは小学三年生の僕が「もも上げ」をしている、CG映像だった。
 もも上げとは、膝を高く持ち上げる足踏みの事。足腰が弱かった僕は小学五年生になるまで、これが大の苦手だった。十回もせぬうちに、脚を持ち上げられなくなるのだ。そのとき僕は決まって胴体を内側に曲げ、骨盤を上に向けた。こうすると腸腰筋がヘロヘロになっていても、腹筋を使ってもも上げを続けられたのである。
「あまり知られていないけど、これは腸腰筋の強弱が簡単に判る運動でね。腸腰筋の弱い人がこれをすると、脚をすぐ持ち上げられなくなるんだよ。だから無意識に腰を内側に曲げて、腹筋の力で脚を持ち上げようとするんだね」
 俺もそうだった、と短く応じただけで智樹は沈黙した。思い出話より、骨盤の向きとシュートの関係を知りたいと意思表示する智樹へ、真山の腸腰筋の太さについて僕は話した。
「先日、猛に頼んで真山の腸腰筋の太さを測定してもらった。予想どおり、真山は十万人に一人レベルの極太の腸腰筋を持っていた。だから真山は、腸腰筋の力だけでボールを蹴り出せるんだね。でも腸腰筋の弱い人は・・・」
 沈黙を破り、智樹はまくし立てた。
「腹筋と大腿四頭筋も加えないと、速いボールを蹴れない。だから速いシュートを打とうとすると、腹筋と大腿四頭筋をいつも以上に使って、ゴールの上を通過する高いボールになってしまうんだな!」
 身を躍らせる智樹に頷き、僕は新たなCG映像を出した。CGのサッカー部員は、膝が曲がった状態で脚にボールを当て、膝を伸ばす力をボールに加えていた。加えたことによりボールの速度は増したが、膝を伸ばす動作のせいですくい上げられたボールは、ゴールの上をむなしく飛んで行った。その映像を見た智樹は、ガックリ項垂れた。
「これCGになってるけど、俺の映像だよな」
「違うから安心して。これは真山以外の二年生部員のシュートを平均化して、膝と骨盤の角度を誇張した映像なんだ」
 そうか安心したよ、と息を吐いたのち、智樹は目を剥いた。
「ってことは、誇張してない映像もあるんだよな!」
「もちろんある。でもそれは個人情報に該当するから見せられないし、僕も見たことがない。ただ教育AIは、智樹個人のシュート平均をデータとして保有しているから、智樹が自分のCGを見るだけなら許してくれると思うよ」
「ウオ――!!」
 雄叫びを上げた智樹は教育AIとメールのやり取りを始めた。二通目の返信で顔を輝かせた智樹がキーボードに十指を走らせるや、僕の2D画面に管理権限譲渡のアイコンと、智樹のシュートCGが浮かび上がった。智樹に礼を述べ、この研究でのみ権限を行使する誓約書を差し出したのち、急いで解析に移る。解析結果に僕は頷き、それを映し出した。
「まずは、シュート時の骨盤の角度から。脚がボールに当たった時点で、智樹の骨盤は上を向いていた。智樹は腹筋のトルクを、ボールに伝えていたんだ」
「腹筋のトルクをボールに伝える、なんて聞こえの良い表現をしなくていい。腸腰筋の弱い俺は、骨盤を上に向けた方がシュートを楽に打てた。もも上げと、原理は同じだな」
 僕はそれに直接答えず、真山との比較映像を出した。真山は固定された骨盤でボールを押し出していたが、智樹は骨盤を上に向けながらボールを押し出していたのだ。もも上げを例に挙げたことから、智樹と僕の見解が等しいのは明白だったので、僕は「押し出す」について智樹に問いかけた。
「初心者向けのサッカー教本に、『ボールを蹴るコツは押すのではなく叩く』と書かれているのを、智樹は目にしたことある?」
「もちろんあるし、白状すると俺はいつも、そのコツを守っているつもりでいた。だが現実は違った。ひしゃげたボールが脚で運ばれる様子は、叩くよりも、押し出すが適切だったんだ。なあ眠留、これはどういう事なんだ?」
 苦々しい気持ちを隠さず僕は答えた。
「プロサッカー選手とは異なり、腸腰筋の弱い子供は『はずみ』を付けないと、脚を素早く動かせないんだよ」と。
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