僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十五章

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 僕が普段の何倍もニコニコしているのを不審がった末、上唇のココアにようやく気づいた輝夜さんは、僕を冗談抜きで萌え死に寸前に追い込んだ。そんな僕を落ち着かせるべく今度は輝夜さんがアイスココアを作ってくれて、そのココアの風味の良さを僕が称え、輝夜さんも負けじと美鈴のお汁粉の素晴らしさを称えたのち、話題は先ほどの「成功したよ昴」の種明かしに移って行った。
「これから話すのは、確証は一つもないけど確信は溢れるほどある事なの。それでもいい?」
「もちろんいいよ」
 正座に座り直し、僕はくっきり頷いた。
「まずは、今日ここで北斗君の話題が出るのを、昴は確信していたという事。眠留くん、どう思う?」
「予知能力者の昴が、この瞬間この場にいない理由。僕はそれを、完全に見落としていたよ」
 それは、僕を落ち込ませるに足る失態だった。だがここで項垂れたら輝夜さんの配慮を台無しにしてしまうので、僕は背筋を伸ばして輝夜さんの次の言葉を待った。その御褒美なのだろう、「眠留くんのさっきの表現を使わせてもらうね」と微笑み、輝夜さんは先を続けた。
「人は自分の人生を生きるべきだが、それは自ら選んだ人生と同義ではない。あのね眠留くん、眠留くんはやっぱり、昴の唯一無二の幼馴染なんだよ。星辰の巫女としての昴と最も深く係わってきた幼馴染でないと、昴の心情をこれほど的確に表現できないと思うの。眠留くんの言うとおり、北斗君の足元から二つの道が伸びているのを、昴ははっきり観ているはず。新忍道部を辞めて翔人になる道と、新忍道部を続けて翔人になる道を、昴は北斗君に目を向けるたび心の目で観ているんだって、私は確信しているの。そして昴がそれに関与せず、眠留くんが最大の関与者だった場合、北斗君は自分独自の道を自分自身で切り開くと昴は感じていた。だから昴はそれに関する話を一切しなかったし、今日ここに来ようともしなかったの。ただ、最大の関与者が眠留くんである必要性は、最後に説明したいんだけどいいかな?」
 哀れな豆柴が、御褒美を眼前に置かれた直後にお預けを命じられるのは宇宙法則なので、それに抗っても仕方ない。という諦念のもと、僕は首を縦に振った。そんな豆柴を不憫に思ったのか、かぐや姫は豆柴の頭を撫でようとするも、その手を押し留め、「話が前後するけどごめんね」と舌先をちょこんと出すに留めた。
「仮に私が、昴の気持ちを強烈に意識しながら今日を過ごしたら、私を介して眠留くんも昴の気持ちに影響される確率が高い。最大の関与者ではなく、単なる昴の代理人になってしまうのね。だから私は昴と北斗君に関する事柄を、一時的に忘れる目標を立てた。すると眠留くんたら、私を大泣きさせることで、私を助けてくれるんだもん。あの大泣きのお陰で、昴にも頂眼址ちょうがんしがあるって思い出すまで、一時的に忘れると言う目標を私は成し遂げることができたの。ありがとう、眠留くん」
 頭を撫でられずとも舌先をちょこんと出してもらえただけで大満足だったのに、あの号泣を北斗と昴に絡めて感謝された僕は、豆柴と化し畳の上を転げまくるほど嬉しかった。それは通常なら太腿をつねる事でやっと回避できる嬉しさだったが、北斗と昴に関する話が佳境を迎えている今、そんな小細工は必要ない。豆柴と化すほどの嬉しさを、そっくりそのまま誇りと覚悟に換えた僕へ、輝夜さんは「最大の関与者が僕である必要性」を明かした。
「北斗君と翔人を結ぶ道には、新忍道を経由する道と経由しない道の、二種類が存在するの。だから『北斗君』と『新忍道』と『翔人』の三つ全てを理解している人が、北斗君は新忍道を経由して翔人になると確信したら、それは北斗君の選択に影響を及ぼすの。二つしか知らない昴より、三つ全てを知る人が、北斗君には必要だったの。しかもその人が、松果体の共鳴によって北斗君の頭蓋骨に頂眼址を穿つほどの親友で、かつ銃翔人という未来を幻視する翔人である場合、選択への影響力は計り知れぬほど強大になるのよ。私はその人同様、北斗君は新忍道を続けるべきだと感じるし、昴は私以上にそう感じている。でも新忍道を知らない昴はそれを口にできず、同じ理由で私も口にできず、けど私には、その人の確信を手助けする務めがあった。そして私はその務めを果たせたから、つまり眠留くんの確信を手助けできたから、『成功したよ昴』って呟いたのね」
 まず僕は、北斗と昴を含めた三人分の謝意を輝夜さんに述べた。
 続いて、今の話を一片たりとも疑っていないと告げたのち、理解を深めるべく、質問を二つさせてもらった。
「北斗に頂眼址ができたのは、僕の影響なのかな?」
「松果体の活性度を計る基準の一つに、メラトニン生成量がある。メラトニンが最も多く生成されるのは五歳から十歳前半で、そして眠留くんと北斗君が出会ったのは、北斗君が八歳と半年の頃だった。そんな時期に活性度十倍の親友ができ、心を通わせていたら、共鳴が起きても不思議じゃないって思うよ」
「そういえば北斗はテストを受けるとき、松果体が痛みを覚えるほど活性化するそうなんだ。その痛みが強いほど問題を解く時間は短くなり、次の問題を読む前に回答を得ることもあるらしい。けどそうなったのは所沢に来てからで、特に僕と遊んでいる時は律動的な心地よい痛みを頻繁に感じるって、北斗は小学生のころよく言ってた。そうそう、北斗の誕生日が昴の前日だって分かった時は、クラスが大騒ぎになってさ。誕生日がたった一日しか変わらない二人は・・・」
 北斗と過ごしたあの頃を思い出していたら心の湿度が急上昇してしまい、僕は北斗と昴の誕生日の話をいきなり始めた。そんな僕に喜んで付き合ってくれた輝夜さんの優しさに助けられ、湿度調整を完了させた僕は、二つ目の質問をした。
「ねえ輝夜さん。北斗が銃翔人になる可能性を、輝夜さんも感じていた?」
「銃翔人は感じていなかった。魔想討伐が世界中で行われているのは知ってたのに、銃を武器にする人がいるなんて思いもよらなかったの。私はまだ、白銀家の硬直した翔人教育の、影響下にあるのね」
 輝夜さんによると、白銀家に連なる全男子は十文字槍を、同じく全女子は薙刀を、三歳の誕生日から始めるらしい。原則としてそれ以外のあらゆる武道及びスポーツは禁じられ、翔人の可能性が完全に潰えれば好きな運動をできるが、それに手を出したとたん身内として扱われなくなると言う。白銀家と対を成す御剣家は家風が更に硬直していた事もあり、銃を手に魔想と戦うという発想が、輝夜さんには生じなかったそうなのだ。父方の祖父が特別に軽身巧けいしんこうを習わせてくれたのにそれを活かせなかったと、輝夜さんは肩をすぼめて泣いた。
 その姿を目にしても、僕は取り乱さなかった。
 心のまま涙を流せるのは良いことだし、こうして目の前で泣いてくれるのも、信頼の証に思えたからだ。
 また今回は御剣家の名を聞いても、心が騒がなかった。
 たぶんそれは僕が前回より、輝夜さんを守れる自分になれたからなのだろう。
 僕は静かに微笑み、ハンカチを目元に当てる輝夜さんを見守っていた。
 その気配に気づいたのか涙はすぐ止まり、輝夜さんは僕をまじまじと見つめ、どうして今日はそうも頼もしいのと訊いた。その頬に残る透明な涙に答えた。
「輝夜さんに相応しい男になるため、僕は二千年間修業してきたんだよ」
 三秒の沈黙ののち僕らはどちらも、歴代最大級の顔面噴火に見舞われたのだった。
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