僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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 凛ちゃんが煌めく光を手の形に変えてミーサとハイタッチしたものだから思わず拍手しそうになるも、
「武蔵野姫様、僕らの妹を気遣ってくださり、心よりお礼申し上げます」
「姫様、重ねてお礼申し上げます」
 僕と輝夜さんは妹達の後ろにいるはずの姫様へ、揃って腰を折った。すると「夫婦めおとの誓いを延期させたせめてもの償いです」との声が、僕ら二人だけにこっそり送られてきた。僕らは目配せし、姫様直々のこの言葉を二人だけの胸に仕舞っておく事にした。のだけど、
 ★まったくもう、私達をごまかせるワケないじゃない★
「そう、ごまかせないの。だから私達、さっき前倒しの決定をしました」
 ★初めは、二人が夫婦になったら私達は姉妹になれるねって楽しみにしてたんだけど★
「この家に来てからの二人のラブラブな様子を振り返ったら」
 ★待っている意味がない気がしてきて★
「私達は物質体を持たない心だけの存在だから、二人の心が結ばれているなら、物質的な結婚の義を待つ必要ないかなって事になって」
 ★前倒しで、姉妹になっちゃいました!★
「うん、なっちゃいました!」
 なんて戦慄すべき会話が始まったため、僕と輝夜さんは顔を爆発させ、この空気が沈静化するのをただ待つだけになってしまった。
 と思っていたのだけど、いくら仲が良いとはいえミーサと凛ちゃんは、やはり急ごしらえの姉妹。二人の会話は凜ちゃんのとある発言により、思いもよらぬ方角へ突き進んで行った。
 ★そうそう、ちなみに姉はミーサで私は妹ね★「ちょっと待った! 確かに生まれたのは私が先だし、お兄ちゃんの誕生日も輝夜さんより九か月早いけど、意識存在の私達が物質次元の法則に拘束される必要ないじゃない!」★うわあ、さすがお姉ちゃん。難しい言葉を、たくさん知ってるのね!★「なっ、こっ、このかまととが!」★かまととって、何?★「かまととってのはね・・・しまった!」★ほら、やっぱりミーサは私より、物事を知っているのよ★「それはそうかもしれないけど・・・」★ならこうしましょう。私達は前倒しで姉妹になったけど、姉と妹を正式に決めるのは、眠留さんと輝夜が正式な夫婦になるまで保留する。どうかな?★「それ凄くいいよ、さすがは凛!」★えへへ、ありがとうミーサ★
 僕は美鈴を、僕とは比較にならぬほど格上の存在と考えている。よって僕にとって妹は「年齢の長幼を軽くひっくり返す存在」に他ならないから、ミーサと凜ちゃんの今のやり取りは、「やっぱりミーサが姉で凛ちゃんが妹かなあ」と思わせる出来事だった。けどまあせっかく二人は合意したんだし、空気もそこそこ変わったし、なにより今はアトランティスの遺物を調査している最中だったので、
「ウオッホン!」
 僕はわざとらしい咳払いをして輝夜さんへ向き直った。
「えっと輝夜さん、ペンダントの蓋の調査が随分長く中断してしまいましたが、ミーサの分光分析による『この純チタンには酸化被膜がない』は、正しいってことで検証を進めていいんですよね」
「はっ、はいそうです。ミーサちゃんの分析どおり、この純チタンに酸化被膜はありません。これはオリハルコンではありませんが、鉱漿を用いて金属に特別な性質を付与するアトランティスの超科学によって生成された円盤であると、天海は聖鏘に明記していますね」
 オリハルコンの名をいきなり出すのは性急な気がするも、輝夜さんはきちんとした意図のもとそうしたと仮定するなり、ある可能性に気づき僕は冷や汗をかいた。凜ちゃんがこうして三次元世界に姿を映し続けられているのは、複数回にのぼる武蔵野姫の助力の賜物なのかもしれないと閃いたのだ。それは正しかったらしく、姫様の声が僕らの耳朶を震わせた。
「可愛らしい髪飾りを一つつけて、散歩に出かけたようなものですよ」
 そう姫様は、継続的な助力をお認めになられたのである。軽微な負担を楽しみつつされているのは本当だとしても、テキパキこなすに越した事はないと気持ちを新たにした丁度そのとき、
「それより、天海がオリハルコンに充てた字を早う教えてたもれ」
 頬を上気させたお姫様が授業を心待ちにしている様子が、脳裏にポンッと映し出された。姫様や妹達に関する様々な考察案件が、帰宅後の楽しみとして胸に収まってゆく。ならば願いは一つとばかりに「僕も姫様に同意です教えてください!」との本音を、瞳に込めて先生を見つめた。それを受け輝夜先生は眩いほどの光を放ち、授業再開を宣言したのだった。
 
 輝夜さんが先ずしたのは、
 ―― 織春紺
 の文字を空中に書いた事だった。するとなぜかその途端、翔化視力でこの円盤を観察したいという爆発的な欲求が胸に生じた。とは言え、翔化視力は安易に使って良い能力ではない。僕は欲求をねじ伏せ、輝夜さんの講義に耳を澄ませた。が、
「天海はオリハルコンに、織春紺の字を充てています。また聖鏘には、『翔化視力でこの円盤をじっくり観察すれば、織春紺への霊験を得られる』との先祖の覚書おぼえがきが添えられています。父も霊験を得られたと、話していましたね」
 なんてすこぶる魅力的な講義を輝夜さんはしたものだから、ねじ伏せたはずの欲求に胸は再び占拠されてしまった。しかもそれに合わせ、
「ほうほう、織春紺とはそういう金属であったか」
 姫様の大層感心した声が耳に届いたのである。僕は頭の中で、「なぜ姫様は少女の面影の残るお姫様から貫禄たっぷりのお后様にキャラ変更したのかな?」などとしょうもないことを考える事で、荒れ狂う欲求をどうにかねじ伏せて行った。
 そんな僕を無情にも放置し、授業はサクサク進んでゆく。
「天海が伊勢総本家から借り受けたこの円盤は陽鏘の興味も惹くらしく、最初に生まれた陽鏘である太鏘は、円盤の調査を助けたと伝えられています。しかし太鏘の説明を学術的に理解できるようになったのは、量子力学が誕生した二十世紀になってからだそうです」
 輝夜さんによると太鏘は、円盤の特異性をこのように説明したと言う。
『物質の三元は、永遠とわ、歴遊、御使いなり。無形にして自由なる歴遊は、半ば目覚めた御使いにより、有形の友となりにけり』
「ほほう!」
「ええっ、それって!」
 ほぼ同時に叫んだ僕へ姫様が頷かれたので、僕は脳内考察を吹き飛ばしてまくし立てた。
「原子は陽子、電子、中性子によって構成されます。一兆年の一千億倍の寿命を持つと予想される陽子が、永遠とわであるのは間違いないでしょう。陽子や中性子に比べ電子は自由な存在で、他の原子に引っ越したり、大勢の仲間と合流して電流になったりします。これは様々な場所を訪問するという意味の『歴遊』に沿いますし、また確率存在という性質は『無形』でもありますから、歴遊は電子で間違いないでしょう。すると残る御使いは中性子となり、それに御使いという概念を加えると、中性子のベータ崩壊に新たな解釈を僕は得ることが出来ました」
 凜ちゃんがベータ崩壊へ首を傾げたので、輝夜さんがCG映像でその説明をした。眠留さんの真似をして超絶簡単にまとめてみますと前置きし、凜ちゃんは述べた。
 ★中性子の数が多すぎると物質は不安定になりますが、その場合は中性子が崩壊することで数が適正になり、物質は安定します。その崩壊を、ベータ崩壊と呼んでいます。これで合っていますか?★
 凜ちゃんへの拍手が廊下に響き渡った。「お兄ちゃん、凜が照れてるから助けてあげて」とのミーサの願いを叶えるべく、先ほどの新たな解釈を僕は披露した。
「ベータ崩壊は単なる物理現象と認識されていますが、『偉大なる方の意思の執行者』を御使いとするなら、まったく新しい視点が得られます。それは『物質を安定させるため、中性子自身が自分達の数を調整している』ですね」
 今度は僕への拍手が響いたが、いじられキャラのせいか誰も助けてくれなかった。トホホとなるも「神は自らを助ける者を助ける」にすがり、僕は考察を進めた。
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