僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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 言葉に感情を込めず極力淡々と話すよう努めたつもりだったが、それは成就しなかった。葉月さんの人生を邪魔しないことを第一に生きた、御両親の苦悩。輝夜さんを白銀家のしがらみから解放すべく心を鬼にした、葉月さんの決意。そして孫娘の輝夜さんが年にたった十日間そばにいてくれるだけで苦悩が報われた、老夫婦の哀傷。それらに祖父母が、心を動かさぬはずなかったのである。目を真っ赤にした祖父と、ハンカチで目元を抑え続ける祖母へ、老夫婦からさずかった言葉を僕は伝えた。
「輝夜さんのおじいさんとおばあさんは、僕にこう言いました。『おじい様とおばあ様へ、どうぞお伝えください。輝夜を大切にして頂けるだけで、私達は幸せです。百万言を尽くしても言い表せぬ感謝を、あなた様方へ抱いております。今後とも、輝夜をよろしくお願いします』 これをもち、見届け役としての報告を終えます」
 祖父母だけでなく水晶も僕に礼を言ってくれたが、三人が僕を介して輝夜さんの祖父母へお礼を述べていたのは明白だったため、僕は物おじせずそれを受けた。そしてそれが一段落したのち、僕は末吉のパートナーとして、祖母と中吉へ新たな報告をした。
「輝夜さんのパートナーの、月鏘の凜ちゃんを一目見るなり、末吉はこう言いました。『心の光と音が、輝夜さんにそっくりですにゃ。高貴なのに優しくて、ちょっぴり悲しげなのにホカホカのふわふわで、おいらはここにいていいんだって安心しきってしまうのですにゃ』 輝夜さんと凛ちゃんは、それはそれは喜んでいました。光と音への鋭い洞察力が窺える末吉のこの言葉は、ばあちゃんと中吉が施してくれている、芸術の授業の賜物だと思います。末吉のパートナーとして、お二人へ感謝申しあげます」
 祖母と中吉はもちろん大離れにいる全員から褒めちぎられた末吉は、始めこそ礼儀正しい受け答えをしていたが、最後は必死になって毛づくろいをしていた。その可愛さに沸き起こった爆笑が、一つ前の報告の湿っぽさを吹き飛ばしたのを確認したのち、僕は水晶に向き直り最後の報告をした。
「本日僕と末吉、輝夜さんと凜ちゃん、そしてミーサは、武蔵国の守り神たる武蔵野姫様から多大な恩寵を賜りました。姫様と大御所様へ、五人を代表し、謹んでお礼申し上げます」
「先ほど儂のもとを、姫が直々に訪ねてくれての。五人の子供達と素晴らしい時間を過ごせて母親冥利に尽きると、姫は繰り返し申しておった。眠留、末吉、本日はまこと、良き一日だったようじゃの」
「「はいっ」」
 僕と末吉は背筋を伸ばして応えた。そして正使として僕の左前方に座っていた末吉が水晶に体を向けたまま後退りし、僕の左に並んだところで再度背筋を伸ばし、二人一緒にこうべを垂れた。僕らに続いて祖父母、大吉中吉小吉、そして美鈴も水晶へ腰を折る。水晶はまん丸顔で嬉しげに頷き、宙に浮かび燦々と輝く光となって、元の次元へ帰って行った。
 これをもって、湖南盟約締結に関する報告の全てが、終了したのだった。

 それから台所へ移り、床に腰を下ろしてしばし雑談した。少々悩むも、輝夜さんのパートナーに関する事柄だからやはり伝えておかねばと考え、アトランティスの超金属を目で見て指で触ってきたことを話した。台所は大騒ぎになり、そしてそれは予想したとおり凛ちゃんに会いたいという気持ちへすぐ昇華したので、正しい判断をしたと僕は安堵していた。だがそれは、間違いだった。超金属の特異性を挙げてゆくにつれ、少年期に金属メッキの専門家を目指した過去を持つ祖父が、引き攣った笑みを浮かべてプルプル震え始めたのである。祖母によると、新二翔家がオリハルコンに準じる金属を保有しているのは、曖昧な知識として知られているに過ぎなかったらしい。よって現物に触れた翔人など三翔家にいるはずなく、それもあり祖父は幼稚園児のころから、その金属に凄まじい憧れを抱いていたのだそうだ。判断ミスに気づいた僕は恥を忍んで輝夜さんにメールし、「凛ちゃんも同意してくれましたから明日ペンダントを持参します」との返信を申し訳なくも頂戴した。そんな僕そっちのけで祖父は喜び、いや、気の若い人だとは前々から思っていたが祖父は少年のように浮かれ騒ぎ、そしてその騒ぎっぷりが、限度を若干超えたのだろう。浮かれ過ぎた祖父はこれまた少年のごとく、祖母に叱られてしまったのだった。
 お叱りが終了してからも、祖父はしょんぼり項垂れていた。責任の一端を感じた僕は再度少々悩むも、天の涼音すずねを聞いたことを話題にした。それはすぐさま、祖父母と美鈴は天の涼音を当然聞いていて僕一人がそれを知らなかったというオチを迎え、そんなのは毎度毎度の事なので僕はこれっぽっちも気落ちしていなかったのだけど、大吉と中吉はとても気に掛けてくれた。心配無用と伝えるべく、僕はこんな感想を二人に述べた。
「人が自然の一員だった大昔は人も天の涼音を聞けていたのに、一員であることを自ら放棄したのだから、聞けなくなって当然だと思うよ」
 中吉は僕に同意し、「この世界から人だけが取り残されている事例は他にも沢山ある、精進しなさい」と励ましてくれた。その気遣いが嬉しく、中吉と二人で盛り上がっていると、
「おうおう俺を忘れんじゃねぇ」
 べらんめえ口調の大吉に不平を吐かれてしまった。けどまあ大吉は、
「いよっ、江戸っ子!」
「ったりめえでえ、こちとら江戸っ子でえ」
 てな感じにお約束を交わしたかっただけだから、ぜんぜん大丈夫なんだけどね。でも、
「御所から一度だけお聴きしたことがある。俺達の住むこの世界は、複数ある世界の、成功例なんだそうだ」
 福々しい事この上ない大吉のモコモコした口から飛び出てきたのはある意味、アトランティスの遺物をも凌ぐ、ぶっ飛んだ話題だったのである。これは中吉も知らなかったらしく驚きに目を見開き、然るに小吉と末吉は瞳を爛々と輝かせながら、大吉の話の続きを待っていた。別の次元にいる水晶が承諾の波長を放った気がなんとなくした僕は、心の中で水晶へ謝意を述べ、聴く姿勢を整えた。
「御所は、世界の正確な数を教えて下さらなかった。だが俺は、十に届かない印象を抱いた。参考として心に留めおいてくれ」
 大吉はこの「参考として心に留めおいてくれ」という言い回しを好んで使う。仮に大吉が、間違いを恐れ自分の感覚を口にしない先輩だったら、後輩達も先輩に倣い、間違いを恐れ口を閉ざすようになるだろう。それは関東猫社会の宗家当主を拝命しているという責務以前に、大吉本人が最も嫌う組織の在り方だった。よって大吉は進んでそれを口にし、間違っていたらあっけらかんとそれを認める自分を、後輩達へ常に見せていたのである。それが実り、
兄様あにさま
「うむ、小吉」
 物おじせず挙手した小吉へ大吉は力強く頷き、それを受け小吉も、滑舌よく問いを発した。
「量子力学では、パラレルワールドは無数にあるとしています。つまり大御所様の仰った複数の世界は、量子力学的パラレルワールドではなく、創造主が初めからそうあるべくして創った並行世界だと、兄様は感じたのでしょうか」
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