僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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「「「マジパネ――ッッ!!」」」
 僕らは声を揃えて鳳さんを称賛し、続いて爆笑した。正確には那須さんだけは諦念をにじませた表情をしており、僕には解らなかったが年頃娘らはそこに意味深な気配をはっきり感じたらしく、「よい機会だから全部白状しなさい!」と那須さんに詰め寄っていた。その光景に男子達は戦慄するも、正確には真山だけは落ち着いた顔をしていたので、僕らは平静を取り戻した。女心の大家の真山が落ち着いているなら、案じる必要などないのである。真山の見立てはやはり正しく「そうなのかもしれない」と呟いた那須さんは、鳳さんとの出会いをポツリポツリと話していった。
「幼稚園の年少組の夏、別荘近くの森で私は迷子になった。ハイ子を持っていたし、別荘と100メートルも離れていない散歩道だったから実際は迷子じゃなかったけど、見知らぬ場所のベンチに座り、誰かが迎えに来てくれるのを私は待っていたの」
 別荘街に併設された森林公園のベンチに座り海を眺めていた那須さんを、公園の管理AIはしっかり把握していたらしい。ただ泣きもせず怖がってもいないその様子に、迷子用の3D映像を那須さんの隣に投影することをAIは見合わせていたそうだ。「その頃は今よりもっと感情表現に乏しかったから、AIも対応に困ったと思う」とのセリフを演技丸出しの無関心さで付け加えた那須さんは、女性陣から総ツッコミを受け、満足げに頬を掻いていた。那須さんがコントのボケ役に挑戦しているのを、みんな知っていたんだね。
「見知らぬ場所に一人でいても泣かなかったのは、凄く速く飛ぶ鳥が海辺にいたからなの。初めは二羽で飛んでいてそのうち一羽になったけど、アクロバット飛行をするその鳥に魅せられ、迷子の不安を感じなかったのね。すると遠くから足音が聞こえてきて、目をやると、いなくなった一羽を肩に乗せた男の子がこっちに歩いて来ていた。その子は『こいつカッコイイだろ』って言って肩の鳥を指さした。ウンと応えたら『風切りにお前を送るよう頼まれたから来た』とその子は笑い、私の隣に座った。肩に乗る鳥がとてもカッコ良くて、その子も優しい年上のお兄さんだったから、おやつの時間になるまで一緒に過ごしたの。そのお兄さんが、鳳さん。その翌日から、私達は待ち合わせて遊ぶようになったのね」
 管理AIが那須さんの両親に二人の映像を送り、男の子が地元の名士の子である事を告げていたので、両親は娘を迎えに行かなかったそうだ。「そのせいでその後何年も、はやぶさは風切りという名前なんだって勘違いしていた」 那須さんは今回もツッコミを期待してそうボケるも、女性陣から訳知り顔を向けられ絶句した。それを待ってましたと皆は一斉に笑い出し、そこから「絶句するまでがボケ役の務めなのね」との学びを得た那須さんは、それをメモしたのち話を再開した。
 次の日は鳳さんの肩に隼がおらず、那須さんはがっかりしたと言う。そんな那須さんの手を引きながら、鳳さんは隼を連れてこなかった理由を説明した。「風切り達はいつもウチで食事させているけど、猛禽類だからみんな怖がるんだ」 那須さんは何を言われているか解らなかったが、人気ひとけのない海岸で鳳さんが両手をかかげるなり無数の海鳥が集まってきたのを見て、腑に落ちたそうだ。ああこのお兄さんは、鳥の王なのだと。
「「「オオ――!!」」」
 そう声を揃えた男子に続き、
「「「じさま――」」」
 女の子たちがキラキラのオーラを振りまいて声を揃えた。白状すると「じさま」の意味を僕は計りかねていたが、
「王子様じゃない!」
 と顔を真っ赤にして反論する那須さんに、胸中ペシンと膝を叩いた。なるほど確かに鳳さんは、鳥の王子様だ、と。
 那須さんはその後意図的に話題を替え、鳳さんの妹の藍理子さんについて話した。
「藍理子は美鈴ちゃんと同い年の、鎌倉の研究学校の一年生。部活はしてないけど、体育会系部活と撫子部からの勧誘が凄かったみたい。運動神経抜群の名家のお嬢様で、美鈴ちゃんに半歩及ばないレベルの美少女だから当然ね。もちろん性格も素晴らしくて、生い立ちも含めて美鈴ちゃんと似たところがあり過ぎるの。鎌倉時代から続く神社、古流武術の宗家、内面や容姿はもちろん何から何まで非の打ちどころがない等々、そっくりなのよ。結は、どう思う?」
 突如そう問いかけられるも香取さんは慌てる素振りをまるで見せず、妹を大切にしているお兄さんがいるのも似てるよね、と返した。それを受け那須さんは、我が意を得たりとばかりにまくし立てた。
「そう、鳳さんは藍理子をとても大切にしているの。それは鳳さんの人間性の土台と呼ぶべきものだから、女の子に優しくするのは鳳さんにとって普通のことで、だから女子の人気も凄いらしいけど鳳さんは・・・」
 那須さんは唐突にハッとし、香取さんをポカポカ叩き出した。もちろんそれはいつも見ている仲良し女子がじゃれあう風景であり、顔を俯かせる那須さんを香取さんは抱きしめ、藍理子さんの補足説明をした。
 それによると、横須賀のお洒落なカフェや何時間でもいられる鎌倉の雑貨店は藍理子さんの行きつけのお店だったらしく、女性陣は大いなる興味を示した。任せなさい、と香取さんは店舗情報を2Dで空中に映し出した。するとそこには例の大型クルーザーに無人島、新鮮この上ないお刺身と海鮮バーベキュー、海鳥を集める鳳さん、そして鳳兄妹の写真も複数添えられていたものだから、台所はその話題一色に染まった。意外にも写真に最も食いついた男子は真山で、それに釣られて僕は真山と一緒に騒いでいたのだけど、女性陣は真山に普段以上の信頼の眼差しを向け、僕には普段以上の呆れ顔をしていた気がするのは、ただの思い過ごしなのかなあ。
 とまあそれはさて置き、香取さんは機を見計らい極自然に、話題を鳳さん関連に戻した。鳳さんの父親は快活な海の男、母親は朗らかなしっかり者、祖父母はとても優しくて僕の祖父母に印象がそっくりだったと言う。鳳一族は江戸時代まで網元と廻船問屋も兼任していたらしく、神社のそこかしこに当時の名残が見受けられ、小説家の卵の香取さんを魅了して止まなかったそうだ。僕は心の中で、「猫将軍家や狼嵐家と異なり鳳家は鎌倉を離れなかったから、事情が随分違ったんだなあ」などと考えていた。
 そんな僕を置き去りにし、話題は那須さんの家族と別荘の豪華さに移った。わけても注目を集めたのが、歳の離れたイケメンお兄さんの隆護たかもりさんだった。将来のオーナー社長として他社で修業中の隆護さんはどうしても日程が合わず晩餐を一度共にしただけだったそうだが、妹想いの優しい兄と大人の男性の魅力を併せ持つその人柄に、女の子たちが色めき立ったのである。最も食いついた男子は言うまでもなく智樹で、隆護さんの魅力をうっとり語る香取さんに、きっと焦りを覚えたのだろう。智樹は「お兄さんについて今度詳しく教えてください」と、那須さんに頭を下げていた。智樹と香取さんをくっつけようとしている那須さんに否はなく二人は密談を始め、それに気づいた香取さんが今度は那須さんをポカポカ叩き始め、その様子に皆で盛り上がった事をもって、十九日の夕食会は幕を閉じたのだった。
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