僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十六章

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「美鈴さんは、カチューシャをプレゼントされる白銀さんの心に影が差さないように、いろいろと骨を折ったのね。優しくて賢い妹がいて、猫将軍君は幸せね」
 そう、それはまさしく、今回の件に関する最大の懸念事項だった。僕は汲めども尽きぬ感謝を千家さんに捧げた。 
「第二エリア経由で帰宅する黛さんと竹中さんと菊池さんは、シャワー室を出てから楽しい話題を絶えず提供し、僕ら四人はワイワイやりながら六年生校舎まで歩いて来ました。それが無かったら僕がトボトボ歩きをしたのは間違いなく、そのトボトボ歩きを、誰かが輝夜さんに伝えてしまったでしょう。それを避けられたのは、千家さんが黛さんに協力をお願いしてくれたお陰なのです。千家さん、誠にありがとうございました」
 改めて振り返ると、僕はかなり危ない橋を渡っていた。幾人もの人達の助けがなかったら、カチューシャの高品質化は巡り巡って、輝夜さんの心に影を落としていたに違いないからだ。するとそれを、あの凛ちゃんが気づかぬ訳がない。新しい自分になるための第一歩を踏み出した愛らしい妹分の、晴れの舞台を祝うはずのカチューシャが、僕のせいでそんな結末を迎えたら僕は立ち直れるだろうか。もちろん立ち直るが、それは凛ちゃんと輝夜さんが大切だから自分に鞭打ってそうするに過ぎない。そんな無理をあの二人が喜ぶはずはなく、ならば僕は六年生校舎の件を、心の重みにしてはならなかったのだ。それを完全に見過ごしていたにもかかわらず、こうして最悪の事態を避けられたのは、素晴らしい人達の助力のお陰なのである。僕は胸の中で、皆へ改めて手を合わせた。
 その最中、哀しみの気配をふと感じた。
 気配の方へ顔を向けると、悲痛な面持ちで俯く千家さんがいた。
 恵みをもたらす女神様ではない、憂いを露わにした一人の女性がいた。
 僕は本能に従い、お腹を見せて転がる豆柴から、忠義に篤い豆柴に替わる。
 未熟者ですが、志だけなら信頼に応えてみせましょうと、胸を張る豆柴に自分をする。
 それが届いたのだろう、千家さんは顔を上げ、ありがとうと小さく微笑み呟いた。
「猫将軍君の周囲にいる人達が、私にはいないの」と。

 千家さんはその後、湖校に来る前の生活を話してくれた。
「家族とご近所さんだけが世界の全てだったころは、幸せだった。でも幼稚園に入ったら、不幸になった。私の顔は、周囲の子たちの心に、悪意を芽生えさせたのね」
 白状すると、思い当たる節があった。あくまで個人的意見だが、女性には陽性の美人と、陰性の美人がいる。美鈴は陽性の美人の代表で、美貌が不幸を招くことは無い。昴も陽性の美人だが女王様という陰性を若干持っており、だがそれを制御しようという陽の対応をし続けたことが功を奏し、陰性は表面化しなかった。しかし輝夜さんは、それが表面化した。家族と学校に抱いていた陰性の気持ちに陰の対応をしてきた輝夜さんは、人生における陰性を図らずも育て、それが小学校卒業間近に現実となったのだ。ただ輝夜さんの陰性は割合的に少数でしかなく過半数を陽性が占めていたため、陰性に支配された期間は、小学校卒業間近から湖校入学までの二ヵ月間で終わった。けど千家さんは違った。誠に申し訳ないが千家さんは、僕が今生で出会った女性の中で陰性が最も強い、陰性美人の代表だったのである。
「私がいないと、幼稚園の子供達はみんないい子。でも私がいると、男の子はいじめっ子になり、女の子は意地悪になる。唯一救いだったのは、先生たち大人はそうではなかった事。実家が経営している幼稚園だったことを除外しても、先生には恵まれていたのね」
 先生に恵まれたと語る湖校生は、僕の知る限り千家さんが初めてだったので少なからず驚いた。しかし経営者の御家族が選りすぐりの先生を集めた可能性もあると気づき、僕は驚きを保留した。
「小学校も、一族の教師が大勢いたからか、先生には恵まれていた。一年生のクリスマス会の演劇でお面を付けたら、クラスメイトが嘘のように普通になった事から、化粧が有効と判ったのも大きかった。特別な化粧をして、クラスメイトと積極的に関わらなければ、いじめっ子や意地悪な子に悩まされない学校生活を送れたのね。だから私は、それを最も大切なこととして、小学校を過ごしたの」
 千家さんの小学校時代は、京馬のそれによく似ていた。よって去年の夏休みの僕が千家さんの過去を知ったら、動揺を免れなかっただろう。しかし輝夜さんと協力し、研究学校の入学基準を粗方解明していたことが、僕を動揺から守ってくれた。そんな僕に、何かを感じたのだと思う。
「猫将軍君の考えを、聴かせてもらえるかな?」
 女神様に幾分戻ったその声が嬉しくて、僕は張り切って要望に応えようとした。のだけど、
 ドンドドン パンパカパ~ン♪
 製作終了を告げる、3Dプリンターの無駄に陽気な電子音が室内に響いた。
 この最先端プリンターを使うのはこれが初めてで比較対象はないはずなのに、その電子音に咲耶さんが関与している事を、僕は確信したのだった。

「ふふふ、教育AIは心配性ね」
 千家さんはそう言って、女の子たちが仲良くじゃれ合っている時の笑みを浮かべた。孤独のみが支配する生活を湖校で過ごしていたのではなかったと知り、僕は心の中で安堵の息を吐いた。
 と、心の中でひっそり安堵したと自分では考えていたのだけど、
「私のために、そんなにニコニコしてくれてありがとう」 
 この女性にはバレバレだったらしい。僕はお腹を見せて転げまわる豆柴にならぬよう、必死で自分を繋ぎとめねばならなかった。のだけど、
「もし猫将軍君が、カチューシャをここで着色するつもりなら、美術部員として力になれると思う。どうかな?」
「はい、よろしくお願いします!」
 健闘むなしく、幸せいっぱいの豆柴に僕はほんの数秒でなってしまった。まあでも、千家さんが豊穣の女神に戻ってくれたから、全然いいんだけどさ。
 それから暫く美術部員としての、いや、特別な視力を有する色彩の専門家としての千家さんから、僕は講義を受けた。千家さんは2Dキーボードに十指を走らせ、プリンター内の無塵容器に収められたカチューシャを、画素数の極端に多い超高解像度画像でテーブルの上に映し出した。
「猫将軍君、これどう思う?」
 詳細に観察するためではなく、驚きの結果として僕は目を見開いた。
「八枚の葉の造形が、僕の知っているプリンターの精度とは比較になりません。というかこれ、僕が作った3D映像を、補正してくれてますよね」
 そう僕は、カチューシャの設計図でもある3D映像を、ここまで細やかに作ってはいない。葉脈等の葉の特徴が、本物に等しい精度で造形されていたのだ。
「猫将軍君、行き過ぎた補正のせいでイメージを逸脱していたら、遠慮なく言って。塗料の粘度や量を調整すれば、設計図に近づけられるから」
 千家さんは再度キーボードを操作し、着色済みサンプルを三つ映し出した。設計図を忠実に再現すると野暮ったい感じになることを確認した僕はそれを伝えたのち、「これでお願いします」と中央のサンプルを指さした。するとなぜか、千家さんは感心したらしい。
「目がいいのは知ってたけど、これほどとはね。普通ならこの三つは、ルーペでじっくり観察しないと区別できないたぐいのものなのよ」
 しでかした失敗に僕は頭を掻いた。3Dプリンターの造形素材として用いられる、乳白色の特殊樹脂は細かい部分の見分けが付きにくい事もあり、僕は無意識にズーム強化視力を使ってしまっていたのだ。けどなんとなくだが、もっと追い詰めるから覚悟しなさいとでも言いたげな表情をして、千家さんは中央のサンプルを指さした。
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