僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十七章

真山イジリ達成

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 言うまでも無く、新米技術者の支援は行われている。最初は簡単な仕事を依頼し、難度を少しずつ上げてゆく等々の、道理に適う支援が社会全体で成されている。なればこそ社会人になって暫くは、殊更厳しく己を律する必要がある。失敗回避に全力を注ぎ、信頼と実績を構築してゆく数年間を、新米技術者は過ごさねばならないのだ。したがってその授業を、研究学校はちゃんと用意している。それこそが、文化祭。限られた予算に四苦八苦しながらクラス展示を成功させる文化祭が、その授業に他ならないのである。
 よって僕らは考えた。
「社会に出てからの苦境を、二年生文化祭で予習してみよう」
「予算ギリギリという環境を、実際に体験してみよう」
「皆でそれに挑戦し、そして乗り越えてみせよう」
 二十組はこう考え、二カ所開催という予算的にかなり厳しいクラス展示を選んだのだ。そんな僕らにとって、失敗を回避すべく塗装の基礎勉強をするのは、至極当然のことでしかない。千家さんも二十組の挑戦に賛同し教材を紹介してくれたので、僕と那須さんを含む十人はこの八日間、その勉強に励んで来たのである。
 もちろんそれは容易ではなかった。特に、自分専用スカーフのがらを考案せねばならない女子は時間のやりくりが大変だったらしく、髪飾り係掲示板に弱音をしばしば書き込んでいた。この掲示板の必要性を説き、かつそれを制作した智樹が真っ先に「もうダメだ~」的な発言を書きまくった事もあり、みんな楽しみ半分で弱音を吐き出していたのだ。それはストレス解消になるだけでなく、制作係同士の助け合いも大いに促し、智樹は香取さんにとても褒められていた。それ自体は喜ばしいのだけど、「香取さんに褒められたよ眠留!」と智樹に幾度も捉まり話を延々と聞かされた僕は、時間を削られて少なからず困ったのだった。
 まあ楽しかったから、全然いいんだけどね。
 と前置きが長くなったが、掲示板を確認した土曜の夕方。「髪飾り塗装の基礎勉強もちろん終わらせたよ」との九人分の書き込みを確認した僕は、千家さんから渡されたテストを皆に送信した。このテストを明日の午後八時までに回収し、採点し、結果を送るのが、社務所の応接室で千家さんと交わした約束だったのである。総責任者に祭り上げられた僕もテストを受けねばならなかったけど、今は時間がない。
「さて、夕食会の準備をみんなとするかな」
 僕はそう一人ごち勉強机を離れ、台所へ向かった。

 夕食会の話題は、真山が独占した。とは言えこれは、仲間内だけに通用する業界用語のようなものなので一般的に表現すると、『夕食会の話題は真山イジリに終始した』になるだろう。盛り上がる話題を語った人と、イジラレ役として夕食会を盛り上げた人を、僕らは区別しない。夕食会が好き過ぎる僕らにとって両者はどちらも、素晴らしい話題を提供した功労者なのである。具体的には、
「それでは二年六組のクラス展示の大成功を願い、真山ワンマンショーの予行練習を始めます!」
 お調子者の京馬による開始宣言に続き、
「いいぞいいぞ~」「待ってました~」「「真山君、ファイト~」」
 皆で真山を囃し立てたのだ。もちろん真山の承諾など取っていないから突っぱねていいのだけど、
「真山さん、ファイト~」
 美鈴もその一員になっているとくれば、真山に選択の余地はない。自分を応援する美鈴を目にするや、真山はやる気をみなぎらせて立ち上がった。だが、クラス展示の目玉となるワンマンショーをここで公開するのはマズイと思ったのだろう、真山は一転して躊躇の表情を浮かべた。しかしそんなのは予想済とばかりに「アドリブでいいぞ!」の声がかかり、美鈴も「真山さんアドリブ頑張って」と乗っかったのでたちまち奮起するも、アドリブのワンマンショーなんて難しすぎるよと、真山は頭を抱えた。浮世離れの王子様と称されるスーパーイケメンが魅せたその動転ぶりに皆笑い転げ、そんな皆の様子に真山は苦笑するも、美鈴も笑い転げていると知るや幸せいっぱいの笑顔になったのだから、もう大変。
「「「ギャハハハ―――ッッ!!」」」
 僕らは窒息寸前になってしまった。その偉業を称え男子全員で真山のもとに集まり、短い打ち合わせをしたのち、高らかに発表した。
「真山が必ず含まれる、お笑いメドレーをします!」
 それから男子全員で協力し、お笑いメドレーショーを開催した。二人コンビに三人トリオ、四人による替え歌コーラスなど人数はバラバラだったが、そのどれもに真山が必ず含まれるよう僕らは工夫した。ワンマンショーを直接助けることはできずとも、観客をとりこにする練習なら任せろと、男子五人で協力したのだ。真山もそれに応え、初めての役も果敢に挑戦し、笑いと拍手をもぎ取っていた。そして最後、六人フォーメーションによるドタバタ体操で主役を務めた真山が、万雷の拍手が鳴り響くなか言った。
「小学生の頃の俺は、お笑いネタを大勢の前で披露するのが苦手だった。あの頃の俺にとって、文化祭でワンマンショーを開くなんて夢物語でしかなかった。けど今は、なんとかなるんじゃないかと思える。挑戦してみよう、成し遂げてみせようって、前向きに考えられる。それは全部、お前らがいてくれたお陰だ。今日もこうして、俺の背中を押してくれて、みんなありがとな」
 多感な年頃の少年にとって、この手の打ち明け話以上に胸に迫るものはそう無い。急上昇した湿度を下げるには普段より強烈な締め技とクスグリが必要と判断した僕らは、一致団結してそれを実行した。だが健闘むなしく、戦いは敗北に終わった。とはいえ野郎どもが負けたのは、湿度ではない。僕らは、美鈴に負けたのだ。普段より強烈な締め技とクスグリをもってしても湿っぽさを拭えぬままテーブルに戻ってきた真山のもとを訪ねた美鈴が、
「真山さんのワンマンショー、楽しみにしてます。ぜったい見に行きますね!」
 と花の笑みを振りまいた途端、真山は湿っぽさを完璧に吹き飛ばした。それどころか、
「任せて下さい! さあみんな、もう一度練習するぞ!!」
 暑苦しい事この上ないド根性アニメの主人公に、真山はなったのだ。男子六人が団結しても拭えなかった湿度を、僕らは友情の証のように感じていたのに、真山はそれをあっさり捨ててしまったのである。年頃男子として共感しなくもないが、それより腹立たしさを覚えた僕らは、阿吽の呼吸で真山を裏切り者にした。
「ええ~~」「もう疲れたよ」「同じく疲れた」「そんなことより、俺は飯を食いたい」「あっ、俺も」「こんな暑苦しいヤツほっといて、飯を食おうぜ!」「「「異議な~~し」」」
 真山はそんな僕らを必死で説得し、けど僕らば聞く耳持たず、それに真山は慌てふためき、と言った感じに僕らは真山をイジリ倒した。そしてつい先日結成したばかりの、
 ――湖校在学中に真山をイジリ倒せるようになるぞ大連合――
 の悲願をこうも素早く達成してしまった自分達の絆を、僕ら一人一人が胸の一番奥で実感したのである。
 いや嬉しい事に、僕は皆より実感の度合いが一段深かったかもしれない。なぜなら翌日曜の午後一時、僕はこんなメールを受け取ったからだ。
「ワンマンショーを成功させるため、相談に乗ってくれないかな」と。

    十七巻、了
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