僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

皇帝序章、1

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 輝夜さんの祖父母宅を訪れた、翌日。
 学期間休暇三日目、月曜日の午前十時。
 新忍道部の練習場に、真田さんが突如現れた。
 そうそれはまさしく、突然の出来事だった。真田さんは新忍道部に顔を出すさい、事前連絡を必ず入れる。「俺は融通の利かない性格なのだ」などといつもおどけて述べているが、本当の理由は、新忍道の危険性の高さにあるのは明白だった。前部長の自分が連絡なく現れたら、部員達の注意が自分に逸れるかもしれない。壁越えや全力疾走からの受け身が盛り込まれている危険性の高い競技において、注意力散漫は絶対避けねばならぬ事。よって後輩達を守るべく、事前連絡を必ず入れるよう、真田さんは己に課して来たのである。
 個人的にとても面白いと思うのが、真田さんと同じく荒海さんも、後輩を守るために「事前連絡をしない」という正反対の行いをしている事だ。新忍道は、誰もいない場所で誰にも見られずひっそり行う競技ではない。それとは真逆の、会場に足を運んでくれたお客様と一緒に楽しむことを前提にした、エンターテイメント性の高い競技と言えよう。よって観客席から応援やどよめきが聞こえて来るのは普通であり、また地震等の自然災害もいつ起こるか分からないのだから、「俺が来たくらいで集中力を切らすんじゃねえ!」と、荒海さんは練習場に現れるたび声を張り上げていたのだ。
 といった具合に僕ら新忍道部員は、お二人の主張が両方とも正しい事をまったく疑っていなかった。表面的には正反対でも、真田さんと荒海さんはどちらも理に適う行いをしていると、部員一同心から思っていたのだ。しかし白状すると、お二人の姿を練習場に認めるや、いつもとは比較にならぬほど心を浮き立たせてしまうのが現実だった。安全最優先なら普段どおりにすべきと理解していても、そんなのできっこないのが実情だった。引退し姿を見かけることがめっきり減った、敬愛してやまない偉大な先輩方が僕らに会いに来てくれたのに、やる気が漲らないなど有り得なかったのである。ならばそれを、逆手に取ってみてはどうか? という考えのもと僕らはお二人の来訪を以下のように見立てて、部員達の成長の糧にしていた。
『真田さんが連絡してきた日は大会開催日に見立て、迫り来る大舞台のプレッシャーに負けないための訓練とすべし。荒海さんの不意打ちの来訪は不測の事態に見立て、気持ちを静め平常心を保つための訓練とすべし』
 自画自賛であっても、逆手に取ることに気づけたことを僕らはとても評価していた。お二人の来訪に浮き立つ心を否定せず、それを活かすことで自らを成長させ、お二人に恩返しをする。これに闘志を漲らせない部員など、湖校新忍道部に一人もいなかったからだ。という次第で、一見正反対の行いをするお二人の双方へ最善の対応をできていると僕らは考えていた。
 が、それは間違っていた。
 しかも、甚だしい間違いだった。
 なぜなら連絡無しに現れた真田さんが深刻な表情をしていると知るや、
「真田さん、何かあったのですか!」
「真田さんっ!」「「「真田さんっっ!!」」」
 何もかも放り投げ、全員が一目散に駆け寄ったからだ。大舞台のプレッシャーに負けないための訓練も、気持ちを静め平常心を保つための訓練も、どちらも見事に用を成さなかったのである。全力で駆けつつ、新忍道部員十三名は身をもって知った。ああなるほど、自分達は愚者の浅知恵を、地で行っていただけだったのだと。
 それはさておき、
「真田さん、何かあったのですか」
 前部長を取り囲むように集合した部員を代表し、現部長が穏やかに尋ねた。その穏やかさに、六年生の前部長と最も長く付き合っているのは五年生の現部長という、至極当然のことを思い出した僕らは、安堵の息を一斉に吐いた。真田さんを遠くから一瞥したときは切羽詰まった声を出したが、眼前で落ち着いて見つめたら穏やかな声でも失礼にならないと、他ならぬ黛さんが判断したという事だからね。それは事実そうだったらしく、
「おう黛、それに皆も、驚かせてすまなかったな」
 落ち着きのある豊かなバリトンボイスで真田さんは答えた。その慣れ親しんだ声に、真田さんは悪い知らせを持ってきたのではないという安心感が皆の心に広がってゆく。深刻な表情で現れた真田さんの、その深刻さを生み出したのは、
 ――今この場にいない唯一の戦友である荒海さんに違いない
 と感じた途端、僕らは何もかも放り出しここまで走って来た。しかし子細はわからずとも、少なくとも荒海さんに不幸が訪れたのではないことを、練習場に響いたバリトンボイスに僕らは確信したのである。
 ただ、ちょっぴり不思議なこともあった。それは、真田さんが荒海さん絡みの情報を携えてここにやって来たのだと、部員の誰もが微塵も疑わなかった事。冷静に理詰めで考えれば、荒海さんは数多の可能性の一つでしかないのに、頭に浮かんだのは「荒海さんに何かがあったんだ!」のみだったのだ。そんなさっきまでの自分達を改めて振り返ると、
 ――それって不思議と言えなくもないんじゃかな?
 的な、極めてゆる~~い疑問がそこはかとなく脳裏に浮かんで来たんだね。
 まあでもそんなことは湖校新忍道部では珍しくなかったし、それは僕らの絆の強さの証明でもあったし、何より荒海さんに不幸が訪れたのでないなら、今この瞬間胸の中にあるのは安堵の気持ちだけ。僕らは落ち着いて、真田さんが詳細を明かしてくれるのを待っていた。のだけど、
「黛、そして皆、迷惑で申し訳ないが、受け身の練習をさせてくれないだろうか」
 真田さんの口から飛び出たのはまったく予想してなかった、お願いの言葉だったのである。僕は、いやそこにいたほぼ全ての部員は呆気にとられ、間抜け面をさらすだけだったが、そこはさすが黛さん。もちろんですと頷いたのち顔を斜め上へ向け、
「エイミィ。インハイ決勝の、サタンの攻撃を躱している映像を出せるか?」
 黛さんは尋ねた。了承のエフェクトと共に映し出された、サタン戦の等身大リアル3D映像に、部員全員が鷹の眼差しを向ける。そんな後輩達を、優しく細められた眼差しで見つめていたたった一人へ、黛さんは底抜けの親しさで語り掛けた。
「こんな世界トップレベルの受け身をする人が、迷惑をかけるなんて言わないでください」
 練習場を訪れた当初の深刻な表情を綺麗に脱ぎ去り、真田さんは引退して初めて見せるようになった、開けっぴろげの笑顔を浮かべたのだった。
 
 その後、僕ら現役組は通常の練習に戻った。新体制下での三時間の割り振りが最近ようやく定まり、それによると今は自主練中だったから、各々がそれを再開したのである。ちなみに僕は一年生トリオに請われ、九月上旬からずっと一年生の面倒を見ていた。そうなったきっかけは、インハイで知り合った可愛い後輩、颯太そうた君の暴露にあった。颯太君が湖校進学を目標にしていて、かつ新忍道部への入部を切望していることを知った僕ら二年生トリオは、長野を去る際、来年四月までの訓練メニューを渡してきた。颯太君はそれが大層嬉しかったらしく一日も欠かさず訓練を行っていて、そして嬉しさのあまり、その訓練がどんなに素晴らしいかを一年生トリオに暴露してしまった。いや暴露と言うのは語弊があり、口止めしてた訳では決してなかったのだけど、
「「「なぜ俺達には教えてくれなかったんですか!」」」
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