僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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十九章

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 量子AI誕生時、米国の軍産複合体は、兵器に量子AIを搭載して人殺しをさせることを確定事項にしていた。しかし人類の大多数がそれに異を唱え徹底抗戦した結果、量子AI搭載兵器は全世界で禁止され、するとそれが戦争のない世界をもたらした。量子AIを一掃した軍隊でなければ他国や他民族へ戦争を仕掛けられないが、そんな前世紀の軍隊では量子AI管理の防衛軍事力に敗北必至なため、負ける戦争を誰もしなくなったのだ。いやそれ以前に量子AIの能力をもってすれば、前世紀の軍隊を造ろうとしている国や地域をいとも容易く割り出せ、かつそれを妨害し計画を頓挫とんざさせるのも、赤子の手をひねる程度でしかなかった。かくして人類は有史以来初めて、戦争のない世界を手に入れたのである。
 だがそれでも、テロ国家が総力をあげれば、小規模のテロを起こすのは可能だった。砂漠や大森林等、AIの監視が行き届かない広大な地域が残されている限り、小規模の爆弾テロや小型兵器によるテロを根絶するのは、やはり不可能だったのである。
 それ故、米国は未だ軍事力を保有していた。二十世紀の10%の規模とはいえ、世界最強の軍隊は現在でも間違いなく米軍だった。ただそれでも、武器の多くは対テロを想定したものであり、そしてくだんの新開発グレネードランチャーもそれに該当した。古典コンピューター制御のパワードスーツを装着したテロリストとの戦闘用に、開発された銃器だったのである。3DG本部代表はネット会見で、ペンタゴンから送られてきた新銃器のデータを大まかに説明した。
「まずはこちらをご覧ください。これは二本角を内部に含む、一辺10メートルの立方体です。立方体には、八つの頂点があります。その八つの頂点をこのように、二本角の右側の四つと左側の四つに分けます。新型グレネードランチャーはこの四つの頂点へ、榴弾りゅうだんを同時発射できます。つまり射手が二人いれば、一辺10メートルの立方体を二本角の周囲に形成し、八つの榴弾を同時炸裂させる事ができるのです」
 榴弾には多数の電気放電チップが封じられており、八つの頂点で同時炸裂させれば、青白い電気が無数に飛び交う電撃立方体が出現する。然るにオールスターの八人を四組のペアとし、二本角本体に一つ、その左右に一つずつ、そして前方に一つの計四つの立方体を形成すれば、サタンの瞬間移動能力をもってしても逃れられない電撃の檻を作り出せる。サタンに電気が有効なのは実証済だった事もあり、一辺10メートルの電撃立方体の実写映像を見た大勢の米国人は、今度こそ信じた。地球最強の米軍に、二本角は為すすべなく倒されるのだと。
 本部代表はその後、オールスターメンバーの訓練映像を公開した。このメンバーの技量なら即興のペアを組んでも、正確な立方体を素早く形成するのは容易い。だが八人によるコンビネーションとなると、多少の訓練はどうしても必要になってくる。しかしそこは、さすが選りすぐりの選手達。
「八人はコンビネーションをほぼ完成させていますから、適切な休憩時間を設けたのち、四度目の挑戦に臨みます。時間は、三十分以内でしょう」
 そう宣言し、本部代表は会場を去って行った。
 四度目の挑戦は宣言どおり、二十五分後になされた。八人の手にある最新銃器が拡大されるなり、銃身の下に直径3センチの発射管を四本装備したライフル、との書き込みがネットに溢れた。この書き込みが正しかった事を、後に本部関係者が明かしている。まず榴弾を発射し、感電して膝を着いた二本角を、ライフルで仕留める。このような作戦を、オールスターチームは立てていたのだ。
 戦闘開始の巨大2Dが砦上空に映し出され、八人が漆黒の門へ駆ける。門を抜けた八人は素早く一列横隊を成し、そしてそのままピタリと静止した。今回の作戦では榴弾をばらけさせるから、凹面鏡を形成しなかったのである。
 三度目より一億人多い三億人が固唾を呑み見守る中、前回と同じ場所が空間ごと揺らぎ始める。その揺らぎから角の先端が現れ、頭、胸、腹、腰がそれに続いてゆく。そして最後に左足が大地に降ろされるや・・・
 いや違う、左足のつま先が地面に触れる直前、
 ヒュンッ
 二本角は左へ1メートル瞬間移動した。三億人の視聴者は驚愕し声を出すも、オールスターにとってそれは想定の範囲内だったのだろう。八挺のライフルは一糸乱れず二本角を追尾し、八人の人差し指は完璧に同期して引き金を引いた。
 それが、いけなかった。
 そうこの、一糸乱れぬ追尾と完璧な同期が、敗因だった。
 後の解析により敗因の最大理由とされたのは、八人がタイミングを合わせ過ぎた事と、射撃精度を求め過ぎた事にあった。次元の揺らぎから現れた二本角がまず目にしたのは、
 ――照準が自分に定まっていない八挺のライフル
 だった。前回までの都合三回、八挺の銃器は、自分の腹部へ常に照準を定めていた。しかし今回は八挺全てが別の方角を向いていて、しかもそれは左右の四人ずつで完璧な対を成していた。銃身の下にある四つの筒の向きはもっと複雑だが、それでも四人ずつで対になっているのは変わらなかった。これらの状況を基に、照準が空間座標に合わされていると推測した二本角は、左へ1メートル瞬間移動した。すると八挺のライフルは、予想どおりの動きをした。それにより、自分に不利な空間が形成されつつあることを確認した二本角は、
 ゆらり
 自分の右側に次元窓を作り、
 ヒュンッ
 その中へ瞬間移動する。八人が引き金を引いたのはその二十分の一秒後だったため、電撃立方体を四つ作り出すも、
 ザンッ
 八人の後方の次元窓から現れた二本角が右腕を横なぎに振るうや、四度目の挑戦は幕を下ろしたのだった。

 オールスターチームによる五度目の挑戦は成されなかった。電撃立方体回避の仕組みを解析するにつれ、学者チームはある仮説を唱え始め、そして解析完了と共に、仮説が立証されたからである。それは、
 ――二本角の知能は人類を凌駕する
 だった。これは人々を打ちのめした。モンスターが人類を凌駕する身体能力を有しているのは、納得できた。銃信仰の聖地として名高い米国で生まれた3DGは、プレイヤーに「銃最高!」と思わせることを主軸にしたので、モンスターは人より強くて当然だったのである。なればこそその強大な敵を銃器で一蹴する光景にプレイヤーと観客は酔いしれ、3DGは大ヒットしたのだ。
 同時にそれは、人類の方が知能に優れる証左でもあった。肉体的強健さでは負けても、科学技術込みの総合力では、人類が優位に立っている証拠だった。これも、3DGが大ヒットした理由だった。最新の科学技術がモンスターを蹴散らしてゆく様子に、人類はモンスターの上位種であることを、プレイヤーと観客はひしひしと感じていたのである。
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