僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

漆黒と純白、1

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 そして迎えた十月九日、日曜日。
 部活から帰って来て暫く休憩し、洗いたての制服に着替え、神社の大石段の下で出迎えの準備をしていた、午後一時二十九分。
 僕は正直、緊張しまくっていた。
 AIが社会の隅々に浸透したこの時代、よほどの事態が起きない限り、AICAの到着予想時刻に二分以上の誤差が出ることはない。またその際はハイ子が詳細を教えてくれるから、到着予定時刻一分前にミーサが沈黙している状況を鑑みるに、ほどなく二台のAICAが視界に現れると考えて間違いないのだろう。というか僕の耳はそれらしき音を、すでに捉えていたしね。
 それを黙っているのは、先日のドローンの件があったからではない。一般的に聴覚は、男性より女性が優れている。しかもその女性が三人娘であり、かつそこにいるのが僕を加えて四人の場合、僕が真っ先に何かをしたら全分野において、
 ――そいつは四天王最弱
 にしかならないからだ。命懸けの戦闘をしているなら捨て石に喜んでなっても、楽しみを心待ちにしている今の状況では、天の定めた身分に従いおとなしくしているのが僕の役目なのである。その判断は正しかったらしく、
「あっ、やっぱりあのAICAだったのね」「あの路地をあの速度で走っているなら、あと三十秒くらいかな?」「多分そう。私お会いするの初めてだから、楽しみ!」
 やはり三人娘の方が、走行音をより早く捉えていたようだ。ともあれ、
「じゃあご挨拶しようか」
 僕は二台のAICAがやって来る方角へ体を向けた。輝夜さんと昴と美鈴も同じ動作をして、神崎隼人さんと狼嵐姉弟、そして後続車両に乗っているはずの岬静香さんの計四人を、僕らは出迎えたのだった。
 
 夏のインハイから二カ月ぶりにお会いした神崎さんと紫柳子さんは、結婚間近の幸せが加味されたからだろう。レジェンドっぷりに益々磨きがかかり、二柱の夫婦神が降臨したかのような錯覚を、僕は覚えずにいられなかった。
 紫柳子さんの計らいにより、弟さんのはがねさんと僕ら兄妹は、これが初対面ということになっていた。それは母の神葬祭を完全に忘れている僕のせいだったため、鋼さんにお会いするのを僕はとても緊張していたのだけど、AICAから降り立った鋼さんを一目見るや脳裏を走ったのは、緊張していて正解だったという肯定の気持ちだった。なぜ肯定したかと言うと、仮にまったく緊張していなかったら、
 ――狼の獣人さんだ!
 と叫んでしまったかもしれないからだ。言うまでもなく鋼さんに、異世界ファンタジーでお約束の、獣耳ケモみみやモフモフ尻尾はない。ニヒルな口元から覗く犬歯もないし、満月が近づくにつれ強くなる種族スキルも、もちろん持っていない。だがそれでも鋼さんの第一印象は、狼獣人以外あり得なかった。もっと詳しく説明するなら、こんな感じになるだろう。
むれの若長として心身共に百点満点なのだけど、気を抜くと大好きな姉に尻尾を振りまくる子犬に戻ってしまうため、常に気を張っていなければならない。それが必要以上に鋭利な印象を周囲に与え、
出会う女の子のことごとくが逃げていってしまう、不遇イケメン』
 これが鋼さんへの、偽らざる第一印象だったのだ。どこに狼の要素があるんじゃい、と激しく突っ込まれそうだけど、ホントそう感じるのだから仕方ない。手足がやたら長い180センチ台半ばの長身痩躯と、顔を構成するパーツの全てが鋭さ全開で作られているという、外見は神崎さんと同種のイケメンに分類されても、男友達は大勢いるのに彼女いない歴イコール年齢を駆け抜けてきたのが、狼嵐鋼さんなのである。よって紫柳子さんに紹介された僕は、男友達が沢山いることと、少しでも気を抜くと姉に尻尾を振ってしまう自分を素直に見せつつ、鋼さんに挨拶した。鋼さんはそんな僕を若長の眼光で値踏みしたのち、ふと目元を和らげた。そして、
「鋼だ。お前とは気が合いそうだな」
 一歩近づいてきて右手をさっと出し、握手を求めてくれたのである。それが惚れてしまうほどカッコよく、鋼さんの手を両手で握り手と尻尾の両方をブンブン振っていたら、
 ペシンッ
 後頭部を小気味よく叩かれてしまった。「兄がすみません」「いや、いいから」とのやり取りを極々自然にする、美鈴の神々しさにまるで影響されない鋼さんの器のデカさに益々惚れた僕は、昴と輝夜さんと美鈴を嬉々として紹介した。三人娘も初対面の挨拶を嬉々とし、そんな娘達におそらく鋼さんは、翔人の先輩として接してくれたのだと思う。硬さや気負いの一切ない、優しくも堂々たる先輩翔人として、可愛い後輩達に言葉を掛けていた。その光景に目元を緩ませまくっていた僕の脳の中心から、
 ――じゃあお願いね
 との声が届く。女性神を想起させる初めて聴くその声には、今後の展開を上空から俯瞰した映像が添付されていて、僕はそれを心の目でじっくり観察していった。そうその映像は、時間の流れのない次元で見るよう最初から組まれていたのである。そんなことを平然としてのける存在に当たりを付け、心の中でそれを口にしてみる。「承知しました、縁結びの女神様」 よしよしと、なんとなく頭を撫でられた気がした僕は、託された役目に張り切って臨んだ。まずは、
「お久しぶりです、岬静香さん」
 後続AICAからタイミングをずらして降りてきた岬さんへ、元気よく声を掛けた。神崎さんと紫柳子さんに目礼を済ませていた岬さんが、にっこり微笑む。その笑みに頷いた紫柳子さんへ、岬さんが縋る眼差しを向ける。紫柳子さんは岬さんの手を取り、大丈夫よと二人だけが聞き取れる声で呟き、岬さんを送り出した。岬さんは目を伏せこちらに歩いて来て、丁度よい場所に移動した僕の隣に並ぶ。僕は先程の映像を忠実になぞり、鋼さんの方へ顔を向けず、岬さんを紹介した。
「猫将軍家に連なる翔人の、岬静香さんです」
 伏せていた瞼を開け、岬さんが鋼さんと視線を合わせる。その瞬間、
 ―― 純白の雌狼
 が心の目に映し出された。あらかじめ知っていた僕は、漆黒の雄狼に体を向けて紹介する。
「岬さん、こちらは狼嵐本家の嫡子、狼嵐鋼さんです」
 紹介が終わっても二人は一言も発さず、互いを見つめているだけだった。
 でも、それで充分。
 なぜなら僕の心の目には、ありありと映っていたからだ。
 先程の映像と瓜二つの、生涯の伴侶に出会った漆黒の雄狼と純白の雌狼が、幸せ一杯に寄り添っている姿が。
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