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二十章
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というのが、あの王冠のデザインにまつわる真相。なのだけど、それをそっくりそのまま話すことが僕にはできない。敷庭や翔刀術を、明かすことになるからね。よって「あの王冠をなぜデザインできたんだ?」と問われても失礼なんて微塵も思わず、むしろ秘密を抱えている自分こそが礼を欠いていると感じていたため、朝三時に鎮守の森で刀を振ることの特殊性、
――もしくは変人性
を、僕は完璧に失念してしまっていたのだ。その失念を見逃さずお笑いネタにし、あわよくば交渉条件として利用するのが湖校生というもの。そして二十組の皆は、それをキッチリ成し遂げてみせた。
「おい猫将軍、午前三時は朝じゃないぞ」「それに猫将軍のことだから、その森に照明はないんだよな」「つまりコイツは、真っ暗な森の中で夜中の三時に、抜き身の日本刀を振っていたのだ」「みんな早まるな、猫将軍は神社の長男なのを思い出せ」「いや、早まるなっつうセリフが、一番のブーメランなのだが」「ちょっと待ってみんな。猫将軍君は鎌倉時代から続く古流刀術の宗家の跡取りだから、私は変に感じなかったよ」「うん、私も同じ。だって猫将軍君は、牛若丸だし」「あっ、そうだった」「牛若丸の猫将軍君、カッコ良かったよね」「また見たいなあ」「じゃあ今年のクリスマス会に、再登場してもらおうぜ」「いいねそれ!」「わあ、楽しみ!」「賛成!」「俺も!」「私も!」「では皆さん一緒に、せ~の!」「「「「異議な~し!」」」」
てな具合に、変人認定の交換条件として、牛若丸の再登場が確定してしまったのである。アハハハ・・・
でもその後の展開が違っていたら、確定は避けられたと思う。今年のクリスマス会にも牛若丸を登場させようとする動きがあることを知って以来、それを阻止すべく僕は水面下で様々な活動をしていて、確かな手ごたえを幾つも得ていたので、確定阻止を諦めなかったはずだからだ。
が、それは断念せざるを得なかった。書き込みのすべてに目を通して議論に参加した僕は、王冠制作にかける皆の情熱を知っていた。また同時に、それは叶わないという事実も僕は知っていた。つまり、
――王冠と牛若丸の両方を諦めてもらう事
が僕にはできなかったのである。話題が牛若丸から王冠に戻り、95%の予算をやりくりする方法を尋ねてきた皆へ、僕は事実を告げた。
「3Dプリンターでは、ダイヤに比肩する輝きを放つ製品を作れない。ダイヤの部分は、立方晶ジルコニアを購入するしかないんだよ」
一般的に3Dプリンターは、同一の材料で製品を作る。ダイヤの部分には透明な材料を使い、プラチナの部分には金属に似た材料を使うようなことを、現在の3Dプリンターはまだできないのだ。たとえばサファイヤの指輪の模倣品を制作する場合、透明度の高い材料で全体を作り、サファイヤの部分は青の透明塗料を使い、金属の部分は光沢のある塗料を使う、といった感じだね。このように現代の工業製品には高度な塗装技術が必須で、千家さんはまさしく革新的な技術を開発したのだけど、それをもってしても模倣不可能な物があった。それこそが、宝飾ダイヤだ。宝飾ダイヤの代用品になるジルコニアの酸化物は、2700度の高温でのみ製造可能。よって3Dプリンターでは望むべくもなく、ならば塗装でどうにかしようと試みても結果は同じ。不透明な物質に塗装を施し、向こう側が透けて見える透明な物質にするような技術を、人類はまだ手にしていないのである。ナノマシン塗料の光学迷彩による疑似透明化は可能でも、現時点ではまだコストで割に合わない。本物のダイヤの、たった1%の値段で購入できる、ジルコニアがあるからだね。この物質は非常に安価であるにもかかわらずダイヤモンドを超える屈折率を有しており、実を言うとあの王冠のダイヤが放つ少し盛った光は、ジルコニアの屈折率に準拠していた。よって王冠を正確に模すならダイヤの部分はジルコニアで代用せねばならず、そして湖校の備品に、それは存在しなかったのだ。けどここで、
「猫将軍君、ちょっと待って。改めてシミュレーションを確認したら、王冠の制作費にはジルコニアの代金が含まれていたわ。それでも猫将軍君がそう言うからには、見落としがまだあるのよね」
従業員制服の制作責任者の水谷さんが、一歩踏み込んだ書き込みをした。とはいえここは返答を少し待たねばと考えたとおり、水谷さんに惚れている石塚が推測を述べた。
「そう言えば、ジルコニアはどう固定するんだ? 素人が接着剤でくっ付ければ完成なんて、思えないのだが」
石塚の推測を皆が一斉に精査した結果、王冠を正確に模すなら外部発注するしかなく、そして文化祭に間に合わせるには特別料金を払わねばならないことが判明した。特別料金込みだと、王冠を小さくした程度では到底賄えず、なら接着剤で済ませられないかと調べると、接着剤だけなら湖校の備品にあった。だがそれをするには相応の技術が求められ、そしてクラスメイトにそれを有する技術者はいなかった。公表している個人プロフィールに検索をかけたところ六年の先輩の名が挙がるも、既にプロとして働いている先輩に無料で頼むなど、何があっても避けねばならない。よって皆の話題は、クラスの誰なら可能なのかへ移ろうとしたが、智樹の待ったがかかった。
「スマン智樹」「いや、ここには俺しかいないんだよな」「ああ、そうだ。所有している那須さんと香取さん、そして美鈴の髪飾りを見た久保田の、三人とも部活中だからね」
とのやり取りを交わす僕らに、皆の落胆がありありと伝わって来る。責任感の強い小池が、代表して訊いた。
「見落としが、まだあったんだな」
見落としじゃなく、実物を見たのが智樹しかいないんだよ。そう答えると、後は俺が引き継ぐと智樹が言ってくれた。
「あの王冠のプラチナ部分は、廉価版の塗装じゃない。あれは廉価版の三倍以上の値段がする、千家さんの渾身の塗装だ」と。
その後、僕は自分の姑息さを詫びた。僕はクラスの皆に、千家さんが開発した本物の塗装を見せなかった。85%の再現率を誇る廉価版といえど、本物と比べたら見劣り感は否めない。しかしそれを知らなければ、廉価版でも皆を充分魅了できる。それをやる気に結び付けたかった僕は、髪飾りの設計図になる3D映像の段階から廉価版のみを見せるという、不誠実な対応を皆にしていたのだ。
――もしくは変人性
を、僕は完璧に失念してしまっていたのだ。その失念を見逃さずお笑いネタにし、あわよくば交渉条件として利用するのが湖校生というもの。そして二十組の皆は、それをキッチリ成し遂げてみせた。
「おい猫将軍、午前三時は朝じゃないぞ」「それに猫将軍のことだから、その森に照明はないんだよな」「つまりコイツは、真っ暗な森の中で夜中の三時に、抜き身の日本刀を振っていたのだ」「みんな早まるな、猫将軍は神社の長男なのを思い出せ」「いや、早まるなっつうセリフが、一番のブーメランなのだが」「ちょっと待ってみんな。猫将軍君は鎌倉時代から続く古流刀術の宗家の跡取りだから、私は変に感じなかったよ」「うん、私も同じ。だって猫将軍君は、牛若丸だし」「あっ、そうだった」「牛若丸の猫将軍君、カッコ良かったよね」「また見たいなあ」「じゃあ今年のクリスマス会に、再登場してもらおうぜ」「いいねそれ!」「わあ、楽しみ!」「賛成!」「俺も!」「私も!」「では皆さん一緒に、せ~の!」「「「「異議な~し!」」」」
てな具合に、変人認定の交換条件として、牛若丸の再登場が確定してしまったのである。アハハハ・・・
でもその後の展開が違っていたら、確定は避けられたと思う。今年のクリスマス会にも牛若丸を登場させようとする動きがあることを知って以来、それを阻止すべく僕は水面下で様々な活動をしていて、確かな手ごたえを幾つも得ていたので、確定阻止を諦めなかったはずだからだ。
が、それは断念せざるを得なかった。書き込みのすべてに目を通して議論に参加した僕は、王冠制作にかける皆の情熱を知っていた。また同時に、それは叶わないという事実も僕は知っていた。つまり、
――王冠と牛若丸の両方を諦めてもらう事
が僕にはできなかったのである。話題が牛若丸から王冠に戻り、95%の予算をやりくりする方法を尋ねてきた皆へ、僕は事実を告げた。
「3Dプリンターでは、ダイヤに比肩する輝きを放つ製品を作れない。ダイヤの部分は、立方晶ジルコニアを購入するしかないんだよ」
一般的に3Dプリンターは、同一の材料で製品を作る。ダイヤの部分には透明な材料を使い、プラチナの部分には金属に似た材料を使うようなことを、現在の3Dプリンターはまだできないのだ。たとえばサファイヤの指輪の模倣品を制作する場合、透明度の高い材料で全体を作り、サファイヤの部分は青の透明塗料を使い、金属の部分は光沢のある塗料を使う、といった感じだね。このように現代の工業製品には高度な塗装技術が必須で、千家さんはまさしく革新的な技術を開発したのだけど、それをもってしても模倣不可能な物があった。それこそが、宝飾ダイヤだ。宝飾ダイヤの代用品になるジルコニアの酸化物は、2700度の高温でのみ製造可能。よって3Dプリンターでは望むべくもなく、ならば塗装でどうにかしようと試みても結果は同じ。不透明な物質に塗装を施し、向こう側が透けて見える透明な物質にするような技術を、人類はまだ手にしていないのである。ナノマシン塗料の光学迷彩による疑似透明化は可能でも、現時点ではまだコストで割に合わない。本物のダイヤの、たった1%の値段で購入できる、ジルコニアがあるからだね。この物質は非常に安価であるにもかかわらずダイヤモンドを超える屈折率を有しており、実を言うとあの王冠のダイヤが放つ少し盛った光は、ジルコニアの屈折率に準拠していた。よって王冠を正確に模すならダイヤの部分はジルコニアで代用せねばならず、そして湖校の備品に、それは存在しなかったのだ。けどここで、
「猫将軍君、ちょっと待って。改めてシミュレーションを確認したら、王冠の制作費にはジルコニアの代金が含まれていたわ。それでも猫将軍君がそう言うからには、見落としがまだあるのよね」
従業員制服の制作責任者の水谷さんが、一歩踏み込んだ書き込みをした。とはいえここは返答を少し待たねばと考えたとおり、水谷さんに惚れている石塚が推測を述べた。
「そう言えば、ジルコニアはどう固定するんだ? 素人が接着剤でくっ付ければ完成なんて、思えないのだが」
石塚の推測を皆が一斉に精査した結果、王冠を正確に模すなら外部発注するしかなく、そして文化祭に間に合わせるには特別料金を払わねばならないことが判明した。特別料金込みだと、王冠を小さくした程度では到底賄えず、なら接着剤で済ませられないかと調べると、接着剤だけなら湖校の備品にあった。だがそれをするには相応の技術が求められ、そしてクラスメイトにそれを有する技術者はいなかった。公表している個人プロフィールに検索をかけたところ六年の先輩の名が挙がるも、既にプロとして働いている先輩に無料で頼むなど、何があっても避けねばならない。よって皆の話題は、クラスの誰なら可能なのかへ移ろうとしたが、智樹の待ったがかかった。
「スマン智樹」「いや、ここには俺しかいないんだよな」「ああ、そうだ。所有している那須さんと香取さん、そして美鈴の髪飾りを見た久保田の、三人とも部活中だからね」
とのやり取りを交わす僕らに、皆の落胆がありありと伝わって来る。責任感の強い小池が、代表して訊いた。
「見落としが、まだあったんだな」
見落としじゃなく、実物を見たのが智樹しかいないんだよ。そう答えると、後は俺が引き継ぐと智樹が言ってくれた。
「あの王冠のプラチナ部分は、廉価版の塗装じゃない。あれは廉価版の三倍以上の値段がする、千家さんの渾身の塗装だ」と。
その後、僕は自分の姑息さを詫びた。僕はクラスの皆に、千家さんが開発した本物の塗装を見せなかった。85%の再現率を誇る廉価版といえど、本物と比べたら見劣り感は否めない。しかしそれを知らなければ、廉価版でも皆を充分魅了できる。それをやる気に結び付けたかった僕は、髪飾りの設計図になる3D映像の段階から廉価版のみを見せるという、不誠実な対応を皆にしていたのだ。
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