僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十章

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 お昼ご飯は奇跡的に、夕食会メンバー全員で食べることができた。僕のシフトが第一陣から第三陣に急遽変わったのが、良い方へ転んだそうなのである。第四陣に組み込まれていた那須さんも、真山ショーを見たくて仕方ない第五陣の女子とシフトを交換できたらしく、また美鈴も一年生校舎から駆けつけてくれたので、まさに万々歳だった。
 昼食会場は、一組の「鬼斬り道」にすると前々から決まっていた。輝夜さん達の喫茶店は軽食しか扱っておらず、腹ペコ男子を多数抱えるこのメンバーには適さないと判断されたのだ。ただそれに伴い、北斗だけは途中参加になった。北斗は昼食会メンバー十二人に作りたてのおにぎりを提供すべく、この時間を休み時間にし、休み時間中の労働を買って出てくれたのである。その漢気を僕らはこぞって称賛するも、調子づいた北斗が「鬼斬りの道は万丈の山を越え千尋の谷を渡り・・・」などと講釈を始めたためプラスマイナスゼロとなった。だって北斗のそういうの、語彙が難解なうえに、やたら長いからね。
 それはさて置き、夕食会メンバーによる臨時昼食会。二十組の三人以外は三階に馴染みがないとの発言を考慮し、三階のクラス展示をチラ見してから東階段を一気に降り、一組を目指す事となった。旧十組の面々が働いているのを廊下から眺めるだけでも楽しかったし、二年生校舎を初めて訪れる美鈴はそれだけで心が弾むみたいだったし、何より美鈴に話しかけようとする小猿どもを追い払うことに忙しかったため、一組に到着するまで僕は自分の胃袋事情をきれいさっぱり忘れていた。二時間前にここを訪れた時ですら頭を抱えるほどの空腹が襲ってきたのに、真山のライブ観戦とクラス展示でエナジーバーを数倍するカロリーを消費していたことを、完璧に失念していたのだ。したがって一組の前で巨大おにぎりに喰らい付く野郎共を視界に収めるや、
「痛い痛い~~!」
 胃に激痛が走り、僕は廊下に崩れ落ちてしまった。おにぎりを見たとたんパブロフの犬と化し、空っぽの胃に大量の消化液を放出して、胃壁に多大な負担を強いてしまったのである。幸いその時、僕以上に僕を知る仲間達に囲まれていたので、「マントは俺が次のシフトの棚に置いておくから袋を貸せ!」との智樹に続き、全員が即座に行動してくれた。
「眠留くん、ここにいて!」「すぐおにぎりを貰ってくるから耐えなさい眠留!」「俺は眠留の靴を持って来る!」「このさい全員ぶん持ってこようぜ!」「美鈴さんはお兄さんのそばにいてあげて!」「私はテントに空きがあるか見てくる!」「じゃあ私は中庭!」「私はテントと中庭以外!」「お兄ちゃん、負けるな~!」
 そんな皆の切羽詰まった声を聴きながら、僕はつくづく思った。
 ―― ああ僕はなんて、お腹が空いたのだろう。
 おいコラ僕、そこは「なんて幸せなのだろう」じゃねぇかバカ野郎ッッ!!
 てな具合に一人ボケ突っ込みをしていられたのは、一から十まで皆のお陰。申し訳ない気持ちはあれど、お腹が減り過ぎて動けないのは嘘じゃないからここは皆に頼らせてもらおうと、心の底から思えたのである。かくなる次第で僕は廊下にうずくまり、痛む胃に両手を添え、目を閉じウンウン唸っていた。
 そこへ、
「ほら眠留、これを食え」
 北斗の声がかかった。瞼を開けると目の前に、巨大おにぎりが差し出されていた。北斗は三角おにぎりの底辺の中間と、斜辺の中間にそれぞれ手を添えて、僕に差し出している。つまり最も受け取りやすい底辺の両端が、空いているのだ。
「あいかわず北斗は優しいなあ」
 空腹と胃痛の相乗効果により目減りの激しい思考力を働かせ、お礼を述べる。次いで巨大おにぎりを受け取り、三角形の頂点に僕は喰らいついた。と同時に、
 パリッッ
 海苔の小気味よいパリパリ音が廊下にこだました。そしてその後しばらく、
 ムシャムシャムシャ
 咀嚼音だけが静かに広がる時間が続く。
 ムシャムシャムシャ
 絶妙な塩加減の粒々お米を口いっぱいに頬張り、顎の筋肉が躍動する。胃袋の本能が満たされたというか日本人のDNAが歓喜しているというか、体中の細胞の一つ一つが、
 ―― ウマイ!!
 と絶叫しているかのような、そんな至福の感覚が心と体を満たしてゆく。それがあまりに幸せだったので僕は再び瞼を降ろし、おにぎりに噛り付いてお米と海苔を咀嚼しそれを堪能するという、ただそれだけの時間を過ごしていた。が、
 ―― むっ、これは唐揚げか!
 可能な限り口を開き四度目の噛りつきを行おうとしていた僕は、鼻腔に唐揚げの匂いを感じ取るや、カッと目を開いた。続いて触覚を総動員し、お米の中に隠されていた唐揚げの丸々一個を、食いちぎらぬよう注意して口の中に頬張る。そして満を持し咀嚼を始めると、唐揚げの濃厚な肉汁と香ばしい油が、口内いっぱいに広がって行った。僕は夢見心地になり、お米と唐揚げのマリアージュに舌鼓を打っていた。
 するとそこへ、
「えっと、あのね眠留くん」「あんたがそんなに美味しそうに食べると」「私達も、空腹で胃が痛みだしたと言うか」「芹沢さんが空いているテントを見つけてくれたから」「そろそろそっちに移動しないかな、猫将軍君」「お兄ちゃんの、食いしん坊!」
 と、女性陣六人の声が掛かった。その声によって認識力を取り戻したのではなく、僕のおにぎりを凝視し唾をゴックンと飲みこむ彼女たちの様子によって現状認識力をやっと取り戻した僕は、即座に立ち上がり男性陣を促した。
「靴をありがとう、すぐ外に行こう!」
 しかし、男子達は動かなかった。僕のおにぎりを凝視し唾を飲み込んでいるのは女子と同じでも、心ここにあらずといった、放心状態になっていたのである。そんな彼らに女の子たちは訝しげな眼差しを向けるも、僕には理解できた。コイツらは今、脳ではなく胃袋で、世界を感じているのだ。よって胃袋へ訴えるべく、おにぎりを持った両手を左右に揺らし、野郎共の注目をおにぎにり集めてから語り掛けた。
「外に出たらコレを食べられるよ、さあ行こう!」
 打って変わって僕の言葉を理解した男子達が、我先に昇降口へ駆けてゆく。そんな男子達に「おにぎりを食べ損ねてなるものか」的な形相になった女子達が駆け足で続く光景に、空腹が成長期の子供にもたらす影響力に性差はさほど無いんだなと、僕は考えを新たにしたのだった。
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