僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十一章

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 のだけど、
「ああ良かった、皆と何度も練習した甲斐があったぜ」
 という、心をざわめかせる呟きを智樹が漏らした。続いて、女の子たちの会話が鼓膜を振るわせてゆく。
「昨夜のゲネプロは緊張したけど、お陰で失敗しなかったと思う」
「失敗どころか、会心の出来だったよ夏菜!」
「私もそう思う!」「うん、とても自然だった」「私も一緒に涙が出たもん」「主演女優賞は、那須さんで決まりね!」「「「さんせ~~い!!」」」
 えっとあの、ゲネプロとか主演女優賞とか、皆さんは何を話しているのでしょうか?
 それに昨夜って、昨日の夜を指す昨夜でしょうか?
 昨日の夜は、皆の気遣いが嬉しくてナカナカ寝られなかったのですが、あのとき皆はこのHRのゲネプロをしていたのでしょうか?
 等々の想いが頭の中をグルグル回り、それが頭のみならず視界もグルグル回し始めたころ、意味深顔の智樹が僕の肩を叩いた。
「第八小会議室を確保している。今日のお昼は、そこで食べような」
 智樹は胸中を窺わせない事に、ほぼ成功していた。だが意味深顔からほんの少しにじみ出ているものがあり、それが苦渋なのだと判った途端、僕の回る想いと回る視界はピタリと収まったのだった。

 チャイムが鳴り、お昼休みが始まる。僕と智樹と那須さんと香取さんは、お弁当を手に教室を出て会議棟へ向かった。正確には、女子二人が楽しげに会話しながら前を歩き、男子二人がその後ろを付いてゆくという形だった。僕らの学年にとって、女子が主役で男子は脇役なのは、常識と化して久しい。けどこの面子でそれがこうも顕著に現れたのは、今日が初めての事。それだけでも、これから過ごす時間に恐怖を覚えるというもの。智樹も同種のことを感じていたのだろう、僕ら男子組は先行する女子組に反し、話題を苦労して見つけつつ歩を進めた。
 会議棟を経て実技棟に入る。正面の西階段を使い二階に降り、第八小会議室へ向かった。階段の位置関係からこれが最短ルートなのは理解していても、最初から最後まで人気ひとけのほぼない廊下を歩いた僕は、ドナドナの歌を頭の中で口ずさまずにはいられなかった。
 行事の初HRの直後にパワーランチを開くクラスは、だいたいいつも半数未満と言われている。多めに見積もった十一クラスがパワーランチを開いたとしても、中会議室4と小会議室7で足りるから、僕ら四人が会議室を使うのは容易い。しかし去年の僕と昴がそうだったように、会議室の私的利用は相応の手順を踏まねばならぬのが湖校の決まり。言うまでもなく僕はそれに参加しておらず、つまり智樹と那須さんと香取さんが教育AIに申請し、受理されたと考えるべきなのだろう。頭の中でボソボソと口ずさんでいたドナドナの歌が、合唱団による盛大な歌に替わったのを、僕ははっきり感じた。
 文化祭でお世話になった第八小会議室は、実技棟に隣接する場所にある。実技棟から会議棟に足を踏み入れるなり、奥の第七小会議室と右手の第四中会議室に人の気配を感じた。それはパワーランチを開いたクラスが少なくとも十一あることを示し、またそれは、二年生が今年のクリスマス会に去年以上の熱意を抱いている証でもあった。旧十組のクラスメイト達が積極的に活動している結果でも、もちろんあるのだろう。そうなると、牛若丸への感想が俄然違ってくる。ゲネプロ云々は脇に置き、与えられた役をまっとうしようとする気概が、胸に沸々と湧いてきたのだった。
 みたいな感じの心の変化を経て、第八小会議室のドアをくぐる。一か月半前の、文化祭当日の朝。僕はこの会議室で王冠にジルコニアを接着する作業に励み、そしてその後の二時間を睡眠に充てさせてもらった。実行委員達が部屋の隅に作ってくれた簡易寝床に身を横たえ、神経感度五割増しがもたらした睡眠欲求を満たしたのである。皆のあの優しさは今ふり返っても胸をほっこりさせ、僕は胸に手を添えてその温かさを味わっていたのだけど、ある人のある言葉を思い出すや、心臓に痛みが走った。その言葉は那須さんの、
 ―― この文化祭でおしまいにするね
 だった。それを聞いたのは寝入る直前だったことと、その翌日の晩になって那須さんの好意をやっと認められたことの相乗効果により、僕はそれに十全な対応をしなかった。いや、十全などと言ったらそれは大嘘になる。僕が唯一したのは、那須さんの好意について真山に相談した事、その一つだけだったからだ。そう僕は、「この文化祭でおしまいにするね」との言葉を掛けられたことを、真山に説明しなかったのである。
 今は確信できる。
 仮にその言葉を真山に伝えていたら、気持ちに応えられない旨を那須さんにきっぱり告げる必要性を、真山は力説しただろう。外見も内面も超絶イケメンの真山は、自分に片思いしたせいで女の子が素晴らしい湖校生活を棒に振ってしまう事を、阻止し続けてきた。真山は自分に告白してくれた女の子たちへ謝罪すると同時に、勇気を出して行動したことを称賛し、そして湖校には好男子が大勢いることをその子たちに説いてきた。彼女たちが湖校で幸せな恋をすることを真山は心から望み、そしてそれが実現するよう努めてきたのだ。よって那須さんの言葉を伝えたら、
 
  勇気を出した那須さんに
  眠留も勇気をもって
  応えなきゃね
 
 と、真山は僕に言ったはず。表面上は穏やかに話していても、那須さんの今後の湖校生活を真剣に考えられる真山は、抜き身の日本刀を心に秘めた眼差しで僕を見つめながら、その必要性を説いたに違いないのである。真山のその崇高さを知っていたのに、「この文化祭でおしまいにするね」を、恥ずかしさに負けて僕は伏せた。大切な情報として真山にそれを伝えていれば那須さんはこの一か月半を無駄にしなくて済んだのに、僕はそれをしなかった。
 いや、違う。
 一か月半を、無駄にしただけじゃない。僕はこの一か月半、那須さんを苦しめていた。那須さんは胸の中で、こう問い続けていたに違いないからだ。
『勇気を振り絞って言ったあの言葉の返事を、今日はくれるかな?』
『昨日はもらえなかったから、今日こそは返事をくれるかな?』
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