僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十二章

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 黛さんの恋人の高千穂さんがそのとき竹中さんと菊池さんのそばにやって来て、お二人に声をかけたと言う。が、
「黙れ雅也!」
 なぜか大慌てで、菊池さんが竹中さんの口を塞ごうとした。けどこのような場合、冷静な者の方が勝ちを得やすいもの。慌てたせいで単調になってしまった菊池さんの手を冷静に躱し、竹中さんは暴露話を始めた。
 それによると、女子バスケ部の部長を務める高千穂さんは、リーダー気質の旺盛な女性らしい。そこに、夫を尻に敷くタイプの典型を見て取った菊池さんは、高千穂さんを理想の女性の筆頭として、強烈に崇めているそうなのである。
 ここまで暴露されて、黙っている人はそういない。菊池さんもそれに漏れず「このバカ雅、ばらすな!」と食って掛かっていた。のだけど、
「あのなあ裕也、お前の好きなタイプをばらしたのは、お前自身じゃないか」
 竹中さんは勝者の顔になり、それを一蹴してしまったのである。そりゃ勝ったのは竹中さんなのでしょうが、そのドヤ顔は悪手だと思いますよ?
 との予想は、的中する事となった。
「眠留、こいつは杠葉さんに紹介された撫子部の同級生が好きなタイプのど真ん中でな。歯の浮くような口説き文句をいつも連発していて、たとえば・・・」
 てな具合に、菊池さんによる報復の暴露話が始まってしまったのだ。よって彼我の立場は逆転し、
「アホ裕こそばらすな!!」 
 今度は竹中さんが必死になるも、怒り心頭の菊池さんは止まらない。歯の浮くような口説き文句の数々を、菊池さんは立て続けにばらしてゆく。その内容から察するに、どうも竹中さんの好きなタイプは、控えめで心根の温かな女性らしい。それってつまり、竹中さんは菊池さんに似た女の子を、菊池さんは竹中さんに似た女の子を、それぞれ好きって事なんじゃないかな?
 けどまあそれは脇に置き、お二人の仲裁も兼ねて語り掛けた。
「お二人とも、時間は無限ではありません。それに僕はいつも九時に寝ていますから、入浴時間を考慮すると、会合に費やせるのは残り三十分といったところでしょう。そろそろ話を再開しませんか?」
 そう、僕にはあまり時間が無いのである。お二人が仲良くキャッキャウフフするのを、邪魔するのは申し訳なかったんだけどね。でもまあ再度、それは脇に置いて。
「「眠留スマン!!」」
 案の定お二人は慌てて口をつぐんだ。そして光の速さで意思疎通した結果、話術に優れる竹中さんが説明を引き継ぐ決定をしたようだった。阿吽の呼吸すら超えるこれこそがお二人のお二人たる所以だよなあ、とほのぼのしつつ、僕は全身を耳にした。
「俺と裕也は来年、部長と副部長になる。だが俺らに、部長業務と副部長業務の練習は必要ない。よって考えるべきは、来年のインハイの湖校チームについてだ。なあ眠留、来年の湖校チームを、お前達はどう予想している?」
 要所を的確に突いてくるお二人の戦闘勘に、僕は賞賛を禁じ得なかった。実際僕らは来年の湖校チームに、頭を悩ませていたからだ。加藤さんが加わるのは確実でも、緑川さんと森口さんも加えた五人にするか否かが、判断つかなかったのである。それを正直に告げると理由をぜひ聴かせてくれと請われたため、僕は清水の舞台から飛び降りるしかなかった。
「加藤さんのみを加えた三人ならサタン戦の勝率は50%に届きますが、緑川さんと森口さんを含む五人だと、サタン戦自体がなくなります。五人ではサタンは二体となり、そして二体のサタンに高校生が勝つのはほぼ不可能だからです。かと言って、ならば来年は三人で確定とするのも早計です。なぜなら、五年時に揃ってインハイに出場した加藤さんと緑川さんと森口さんは、六年時のサタン戦の勝率が、真田さん達を超えているからです。湖校新忍道部始まって以来のその高確率を、逃して良いのか。僕らには、それが判らないのです」
 そうなのだ、冗談ではなく僕と北斗と京馬は、禿げるほどそれに頭を悩ませていた。あの強大な敵にこうも高確率で勝てる道が目の前に開けているのに、それを選ばない新忍道の戦士など、果たしているのだろうか。いるとしたら、
 ―― そのせいでサタンと戦えなくなる戦士
 以外は考えられず、そしてその戦士こそが、竹中さんと菊池さんだったのだ。しかもお二人にとって、それは最後のインターハイの話だった。五年生なら譲れても、最終学年ではそうはいかないと言うのが、人なのである。
 ただ一つだけ、解決策じみたものがあった。それは竹中さんと菊池さんが、今年のインハイでサタンに勝利することだった。新忍道部在籍中に一度勝っているのだから後輩に譲ってもいいと、お二人自身が無理なく自分に言い聞かせられるかもしれないという、解決策とは呼べない策が一つだけあるにはあったのだ。しかしあっても、それを提案していいのはお二人だけ。前時代の体育会系部活に蔓延していた絶対権力を有する監督ならいざ知らず、他者の権利と自由意志を尊重する研究学校生に、それを安易に提案できる者はない。来年の湖校チームに、緑川さんと森口さんを加えた場合と加えなかった場合を説明するだけなら清水の舞台から飛び降りられても、この策は無理。僕は拳を握りしめ歯を食いしばり、俯くしかなかったのである。しかし、
「眠留、そう心配するな。俺と裕也がお前とサタン戦の訓練をしているのは、そのためでもあるんだからな」
「現時点で勝率三割なら、夏までにあと二割伸ばせばいいだけの事。眠留、サタン戦の訓練を一層頑張ろうな」
 竹中さんと菊池さんは、俯くしかない僕を励ましてくれた。僕は泣けて仕方なかった。おそらくお二人は八か月前の時点で、この会合を開くことを予見していたと思われる。来年と再来年の湖校チームに僕が苦悩しているのを知っていたからこそ、説得力のある「心配するな」と「一層頑張ろうな」になるよう、お二人はこの八か月間を過ごしてくれていたのだ。そんな両先輩の人間性を思うと、僕は泣けて仕方なかったのである。
 その後、ティッシュペーパーを目に押し当て続ける僕へ、竹中さんと菊池さんは胸に秘めた複数の事柄を明かしていった。自分達の身体能力の成長率を教育AIに試算してもらったところ、六年生の夏に二人揃ってピークを迎える事。それ以降は伸び悩み、また伸び悩んだその能力では、神崎さん率いる本部チームに入れない事。本部チームで更なる高みへ到達した真田さんと荒海さんのような人が、新忍道の指導者に適任と自分達は考えている事。自分達と新忍道の係わりは部の引退と共に九分九厘終わり、よって六年時のサタン戦への渇望は筆舌に尽くしがたいが、それでも加藤さん達が新忍道の指導者を目指すなら譲る自信がある事。それら複数の秘密を、お二人は僕如きに明かしてくれたのである。それほどの男気を示されたのに泣き続けるなど、決してあってはならない。涙を封じ目を乾かした僕はお二人へ、許可を一つ請い、そして約束を一つした。請うたのは、
「竹中さんと菊池さんの成長予想を、僕と北斗と京馬も行っていいですか」
 であり、約束は、
「加藤さんたち三人が指導者を目指すか否かの件は、命懸けで秘密にします」
 だった。許可の方はあっさり頂けたが、約束の方は少々もめた。とはいうものの、
「眠留は慣用句ではなく本当に命を賭けそうだから、そこは撤廃しろ」
「俺も雅也に同意だ。眠留はマジで切腹しそうな気がする」
 がもめた理由だったから、会合の最後のネタとして楽しんだと言うのも、あるんだけどさ。
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