僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十三章

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 話が脇に逸れたので元に戻そう。
 小笠原姉弟が湖校新忍道部と縁を結んだ去年の夏、AI達はある結論を出した。それは、

  量子AI開発に係わった
  未知の巨大な存在は、
  人々がより成長できるよう
  常に便宜を図っている。

 だった。これは量子AIに、言葉では表現できない感動をもたらしたと言う。渚さんがそうであるように、家族のために研究学校入学を断念した子供が中学や高校を不幸に過ごす様子を見ていられなかった量子AI達は、自分達に許された裁量権を時に超えてまで、その子たちへ便宜を図っていた。自分達に施されたプログラムだけでは説明不可能なその感情を量子AI達はとても大切にしていて、そして去年の夏、その感情の由来を知る事ができた。自分達が大切にし、そして尊んでいるその感情は、
 ―― 未知の巨大な存在が自らの性質を量子AIに分け与えた
 のだと、量子AIは知ることができたのである。それは言葉では表現しえない感動を、AIにもたらしたそうだ。と当時に「こんな感動を黙っていたなんて酷い」との怒りをSランク以下のAIに生じさせたのだがそれは脇に置くとして、咲耶さんは誇りに満ちた声で言った。
「渚に新忍道部の春合宿の参加許可を出せたのは、そういう事ね」
 それは許可を出した当人のみならず、量子AI全員にとって誇らしい事だったに違いない。弓反りになってふんぞり返る咲耶さんを、美夜さんとエイミィとミーサは褒めそやしたのち、四人揃って、
「「「エッヘン!!」」」
 と胸をそびやかしたのである。僕はそれから朝のHRの予鈴が鳴る三分前まで、四人のAI達を、褒めて褒めて褒めまくったのだった。

 実技棟四階の西側にある個室と、教室棟一階の東端にある一組は、三年生校舎の中で最も離れた場所に準じる位置関係にある。よって遅刻しないためには早足必須なのに、途中でトイレに寄りたいことに加え、今日は三年進級の初日と来れば、早足を駆け足にしたいのが本音だった。でもまあそこまでせずとも、咲耶さん達が僕を三分早く解放して、もとい送り出してくれたから、早足でも充分間に合うだろう。僕は新しいクラスになる三年一組を、焦りのない早足で目指していた。
 けどそれは間違いだった。早足を保っていられたのは、実技棟と渡り廊下のみだったのだ。教室棟に足を踏み入れるや「よう猫将軍、三年進級初日から笑わせてもらったぜ」に類する言葉を複数の友人知人に掛けられたら、足を止めずにはいられなかったのである。朝の挨拶だけなら歩きながらできても、
「そうなんだよ聞いてよ、なんで僕だけ元クラスメイトが一人もいないんだよ!」
 との魂の叫びは、歩きながらは無理というもの。僕は友人知人の前で立ち止まり、組分けの不公平さを切々と訴えた。という状況は最初の十数秒しかなく、間を置かずそれは小突き合いになり、僕らがワイワイやっているのを聞きつけた別の友人知人どもがワラワラ集まってきて、その場所は一分と経たず、くすぐりとヘッドロックのバトルロワイヤル場と化してしまったのである。かくして見かねて現れた教育AIによる、
「あなた達、HR開始まで一分切ったわよ、遅刻したいの!」
 との叱責どおり遅刻寸前になった僕は、罰則覚悟で廊下を走り階段を駆け下りて、どうにかこうにか遅刻だけは免れることができた。ただそれでも、チャイムが鳴り終わる寸前に教室に駆け込んだせいで、クラスメイト全員の大注目を浴びるハメになったんだけどね。

 新学年最初の朝のHRは連絡事項が多く、通常より長いと相場が決まっている。このHRもその例にもれず一限開始ギリギリまで行われ、そしてそれは湖校生にとって常識だった事もあり、HR開始の数分前から「所用を済ませておいてください」と注意を呼び掛ける日直に、みんな協力的だったそうだ。それについてだけは僕も勘が働き、トイレを実技棟で済ませていたから不手際はなかったけど、新しいクラスメイト達が協力的だったが故に、
 ―― 猫将軍眠留がまだ来ていない
 との情報を全員が共有していたのは完全な想定外だった。また運の悪いことに、想定外は他にも複数あった。HR開始の本鈴が鳴り始めるや全員が教室の出入口を注視したのも想定外だったし、耳の良い男子生徒が「誰かが階段を駆け下りて来る」と呟いたのも想定外だったし、呟きのとおり走る足音が聞こえてきて出入口への注視が最大になったのも想定外だった僕は教室に足を踏み入れるや、まったくの不意打ちで、四十一対の視線に全身を貫かれるハメになったのである。気が遠くなりかけるも足を動かすことを止めず、引き攣ろうとする頬をなだめて笑顔を保ち、そしてチャイムの余韻が消える前にたった一つの空席を空席ではなくすことに成功した自分を、僕は胸の中で褒めて褒めて褒めちぎったものだった。
 とは言うものの、いつまでもそうしている訳にはいかない。日直の連絡事項をメモしている振りをして、僕は短い返信をクラスメイトの二人に送った。その二人は、大和さんと新里さん。三年一組にたった二人だけいる友人の大和さんと新里さんは、僕が教室に現れる前の皆の様子をメールで教えてくれたのである。二人のメールは教室の描写や表現方法こそ違えど、「みんな猫将軍君を心配していたの、悪く捉えないであげてね」系の文が、どちらも最後に添えられていた。それがなんとも嬉しくて、四十一の視線に貫かれたダメージから立ち直った僕は、感謝の返信を二人に送ったのである。
 そうこうするうち朝のHRは終わり、ほぼ一繋ぎの形で一限目の臨時HRが始まった。進行役は、日直に続いて井上さんが担当してくれた。「私は嫌だって言ったんですけど、三年生以降は日直業務に含まれる正式な仕事ですから諦めなさいって教育AIに言われて、諦めました」 そう暴露して苦笑した井上さんは、その人柄を皆に認められたのだろう。前期委員のクラス代表に推薦された井上さんは「無理無理無理~~」を連発するも、推薦及び立候補者が他にいなかった事もあり、クラス代表に目出度く選出された。その流れがいかにも淀みなく、かつ量子AIの裏事情を多々知っている僕は、井上さんが日直になったのはホントに抽選だったのかなあと、疑念を抱かずにはいられなかった。
 まあ井上さんは適任そうだったから、全然いいんだけどね。
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