僕の名前は、猫将軍眠留

初山七月

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二十四章

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「「「「抜刀隊隊長ッッ!!」」」」
 みんな一斉にそう叫び、そして次の瞬間、部室は爆笑の坩堝るつぼと化してしまった。ただ三枝木さんだけはそれに加わっておらず、よって僕は縋る眼差しで助けを求めたのだけど、三枝木さんは両手を合わせてゴメンネの形を作り、続いて2Dキーボードを操作して畳二畳ほどの画像を空中に映した。それは湖校史編纂用に提出している新忍道部の活動要綱で、最新の出来事を示す左端に、
『四月十五日、抜刀隊設立申請。同日、申請受諾』
 とあり、そしてその備考として、
『抜刀隊初代隊長、猫将軍眠留。隊員候補、小笠原颯太』
 そう記載されていた。眩暈を覚えて僕はよろめくも、そんな状態になっているのは言うまでもなく僕しかおらず、
「「「「おめでとう颯太!!」」」」「ありがとうございます!」
 なんてやり取りを皆は交わしていた。隊長の話など聞いていませんと駄々を捏ねれば、本人の承諾を得ていないのだから取り消されるはずだが、喜びにはち切れんばかりの颯太を見た後で、そんな事できる訳がない。僕は大きく息を吐き、すべてを諦めた。その丸まった背中を、ポンポンと叩く人がいた。いやそれは正確ではなく、僕が大きく息を吐くや視界の隅で竹中さんが腰を上げたから背中を叩いてくれたのは竹中さんに相違なく、また顔を上げたところ事実そのとおりだった。同情を全身ににじませたコミュ王が、「すまなかったな」と僕に詫びる。僕は首を横に振り、続いて深呼吸し、抜刀隊初代隊長に関するアレコレをすっきり水に流した。そして竹中さんへある事を伝えると、竹中さんは嬉しげに頷き、僕の背中を力強く二度叩いて声を張り上げた。
「颯太、喜べ。隊長がお前の入隊を、正式に認めたぞ!」
 それに合わせてシュワ~ンという効果音が部室に響き、畳二畳ほどの巨大な活動要綱の備考から、候補の二文字が消えてゆく。そして改められた、
 ―― 隊員、小笠原颯太
 との文字が浮かび上がるや、新忍道部員十七名は声を合わせて万歳三唱したのだった。

 その後、黛さんが事と次第をメールにしたため伊達さんに送り、ほどなく了承のメールが返信された。それを受け黛さんが教育AIに、新素材刀の完成に新忍道部全員で立ち会いたいとの希望を述べたところ、こちらも快く了承してもらえた。かくして僕らはお弁当を食べシャワーで身を清めたのち、十七人全員で六年生校舎へ歩を進めた。
 道中は思いがけず楽しい時間となり、よくよく考えるとそれは当然と言えた。部活以外でこうして全員揃って同じ行動をしたのは、これが初めてだったからだ。機を計り黛さんの下へ赴き、新入部員四人が大層喜んでいることを伝え、お礼を述べる。すると黛さんは、空を見上げ遠い目をして、初めて聞く話をしてくれた。
 それによると抜刀隊設立の案が最初に出たのは、なんと一昨年の夏休みだったらしい。紫柳子さんの新忍道ショップで僕が出雲を手に鬼王と戦ったことを知った真田さんと荒海さんは、モンスター戦の武器に刀が加わる未来を予見した。刀を使う部員をお二人は「斬り込み隊」と暫定的に名付け、去年のインハイ埼玉予選で荒海さんが「斬り込んで見せろや斬り込み隊長」と僕に喝を入れたのも、それに由来すると言う。しかし刀が係わらずとも使われるその呼び名に不完全さを覚えたお二人は、もっと直接的な抜刀隊を最有力候補とした。そう抜刀隊は候補に過ぎず、お二人は最終決定を後輩に委ねたのである。その際の「あとは頼んだぞ」との言葉が、練習用サタンと単独戦闘する僕を見たとき、黛さんの耳にまざまざと蘇った。その日の夜、颯太が語った前世の記憶に、真田さんと荒海さんの「あとは頼んだぞ」との声を再度聴いた黛さんは、竹中さんと菊池さんにその件を相談した。情報収集役を名乗り出た竹中さんがコミュ王と称される能力を遺憾なく発揮し、一年全体の動向と、剣道の選択授業の様子と、剣道部の動きを、黛さんと菊池さんへ逐次報告したと言う。そして昨夜、機が熟したと判断した三人はかねてから計画していた抜刀隊設立の申請を、教育AIに提出したのだそうだ。
 という黛さんの話に、ふと気づくと新忍道部員全員が耳を傾けていた。その光景にあることを思い出し、颯太へ咄嗟に顔を向けた。それを、予期していたのだろう。
「安心して下さい、こいつらには打ち明け済みです」
 颯太ははきはきそう応えた。それに合わせ、壱岐と奄美と淡路が僕にビシッと敬礼する。だが颯太はそこに含まれず、一拍遅れて慌てて敬礼に加わった。肩を落とす颯太に「やばっ!」「すまんタイミングを間違えた」「まだまだだな俺ら」と、三人が声を掛けたのも束の間。あっという間に、
「よし、後で特訓だ!」「「「オオ――ッッ!!」」」
 なんて感じに意気投合し気炎を上げる新任四島を、先輩の十三人は、にこにこ顔で見つめていた。

 そうこうするうち第二エリアの剣道場に着いた。六年生体育館一階の剣道場から、剣道部部長の伊達さんを先頭に剣道部員がぞろぞろ出てくる。その中に四年生の藤堂さんがいたのは順当でも、清水や大和さんや選択授業で見かけた二年生と一年生も含まれていたのは意外だった。それが顔に出ていたのだろう、清水がスルスルッと近づいて来て、
「好天の休日は剣道部総出で稽古するんだよ」
 そう教えてくれた。全学年揃うと五十人超えの人数になるが、屋外稽古場を上手に使い、同じ剣道部員としての一体感を育みやすくしているそうなのだ。「へえ、それいいね!」「だろ!」 なんてワイワイやっていると、大和さんたち三年女子の剣道部員も会話に入って来た。すると女の子たちにつられて清水以外の同学年男子部員五人も加わり、そいつらと話していた北斗と京馬も「「俺らも混ぜやがれ!」」てな具合にやって来たので、三年生による賑やかな集団が出来あがった。周囲に目をやると、他の学年も同じように盛り上がっている。これが体育会系部活のノリなんだろうな、いいものだなあ、としみじみ思った。
 第二エリアは第一エリアとは異なり、三つの校舎が横並びになっている。また第二エリアは第一エリアより敷地が広く、体育館と校舎の間隔も僕の目には離れて見えた。けどまあそこは、盛り上がった若人達。テレポーテーションしたのかなと首を捻らずにはいられない時間感覚で、六年生の実技棟の昇降口に着いてしまった。十人近い六年生が研究に勤しんでいると教育AIに知らされた僕らは、打って変わって口をつぐみ、実技棟の中をソロリソロリと歩いて行った。
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