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第四話
―ふたたび触れられたくて―
しおりを挟む目が覚めると、夫の寝息が隣で聞こえた。
いつもと同じ寝室。
変わらない天井、変わらない朝。
けれど、私は昨日までの“私”とは少し違っていた。
身体の奥に、まだ彼の手の温もりが残っている。
皮膚が、指先が、“触れられた”ことを忘れていない。
シャワーを浴びながら、鏡に映る自分の体を見る。
たるみも、シミも、くすみも変わらない。
でも、そこに一瞬だけ“女”の輪郭が浮かび上がる気がした。
——女として、もう終わったと思っていた。
だけど、あの日。
彼に触れられて、優しく抱きしめられるようにマッサージされて、
心の奥底にしまっていた“欲”の感覚が、そっと目を覚ました。
昼。パートの休憩中、スマホを開く。
リクからのあのメッセージは、まだそこに残っている。
……今日の雰囲気、とても印象的でした。
次にお会いできるのを、楽しみにしています。
“印象的”。
その一言が、ずっと胸のなかでくすぶっている。
——私のことを、ただの「お客様」として扱っていたなら、そんな言葉は選ばないはず。
でもそれは、あくまでも私の希望に過ぎないのかもしれない。
そもそも、あれは仕事。
彼にとっては、毎日のルーティンの一部。
わかってる。
ちゃんと、わかっている。
……だけど、また触れてほしいと思ってしまう。
夕方。帰宅し、台所でカレーを煮込みながら、ふと視線がスマホへ向かう。
家族のための献立を考え、献立通りに食事を作り、黙って食卓につく夫の横顔を見つめる。
「うまいな、これ」
たった一言のその言葉に、「ありがとう」と微笑んではみせるけれど、
その胸の奥で、私は別の声を思い出していた。
「……ご自身の“女の部分”を取り戻したいなら、委ねても大丈夫です」
あのとき、リクが囁いたあの声。
それは今も、私のなかに棲みついている。
夜。
家族が寝静まったリビングで、ひとりソファに座り、予約ページを開く。
カレンダーには、空き枠がいくつかあった。
——クリックするだけ。
たった、それだけ。
けれど、その「たったそれだけ」が重かった。
家族への罪悪感、自分への疑問、そして、彼への期待。
もし、もう一度会って、
それでも何も感じなければ——やめればいい。
私は、誰に責められるでもなく、自分を許すように予約ボタンを押した。
「ご予約、確定しました」
その表示が出たとたん、息をひとつ、深く吐いた。
今、私は“二度目”を選んだ。
もう偶然ではない。
意思を持って、もう一度、彼に触れてほしいと願った。
これは、好奇心じゃない。
たぶんもう、渇きなんだ。
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