Re:noteーこの音が君に届いたらー

しろのね

文字の大きさ
24 / 34
1章ー記憶の旋律ー

別れ

しおりを挟む

鈴の部屋の窓をそっと開けると、夜風がカーテンを揺らした。
そこにはもう、俺の姿に慣れた彼女がいて、まるで来るのを分かっていたかのように微笑んでいた。

「こんばんは。いらっしゃい。」

「ああ」

あれから、鈴の部屋を訪れるのが俺の日課みたいになった。
誰にも気づかれないように、警備員の目を盗んで庭を抜けて――
月明かりの中、俺たちは少しずつ距離を縮めていった。

最初はぎこちなかった会話も、今では自然にタメ口になっている。
まるで、壁だったはずの彼女の心が、少しずつ扉を開いていくように。

ベッドサイドを通り抜けて、バルコニーのドアをそっと開ける。
外は肌寒いが、不思議と心地よい。
校舎の灯りはすでに落ちていて、夜の世界には、風と虫の音だけが漂っていた。

「最近、夜の風が気持ちいいね」

鈴が柵にもたれ、空を見上げる。
ちょうどその時、月が雲の隙間から顔を出した。

「……こうしてると、不思議な気分になるな」

俺も隣に立ち、手すりに肘をかける。

沈黙の中、しばらく夜空を見つめていた。
やがて、俺は静かに口を開く。

「……俺には、相棒がいたんだ」

その声は、風の音にまぎれてしまいそうなほど小さかった。

「前にも言ってたわね。あの曲、レオとその人が作ったって」

鈴の横顔がちらりとこちらを向く。

「ああ。……そいつは、バカで……天才で……明るくて、うるさいくらいに前向きだった。
音楽が好きで、夢の話ばかりしててさ……」

夜の静けさに紛れて、胸の奥から記憶がにじみ出す。
あの笑顔も、あの声も、まだ耳に残っている。

「……いたってことは、今はもう……?」

鈴の声が少しだけ沈む。
俺は風の中に答えを流すように、目を閉じて言った。

「……でも、今も探してる。どこかにいる気がして、ずっと」

そう言いながら、隣にいる彼女を見た。
記憶を失っても、音を忘れても――きっと、辿り着けると信じている。

「……きっと、また会えるよ」

鈴がぽつりとつぶやく。

「そんな気がする」

――彼女はまだ気づいていない。思い出していない。

「……ああ。俺も、そう思う」

触れそうで、触れられない。けれど、それでいい。
いつか、この音が、君に届くその日まで。

────────
 
鈴と別れ、宿へ戻る帰り道。
あたりはすっかり暗く、街灯の灯りだけが頼りだった。
一人、歩きながら――俺は、あの日のことを思い出していた。
すべてが、終わったあの日のことを。



「鈴ー!! どこだ!!」

ショッピングモールの中は、まるで地獄だった。
逃げ惑う人々。崩れ落ちる天井。すべてを覆い尽くす炎と黒煙。
口元を袖で覆い、必死に名前を呼ぶが――声は、うまく通らない。

くそ……なんで、別行動なんてしたんだ。
こんなことになるなんて、思わなかったのに。

「……けて! 誰かっ! 熱い……!」

その声が、聞こえた瞬間。
全身に鳥肌が立った。

「鈴……?」

声は、瓦礫の向こう側からだった。

「怜央……?」

確か、あっちは火元の方だ。危険すぎる。
それでも――行かない選択肢なんて、あるはずがなかった。

どうすればいい……考えろ、考えろ……!





 

「聞いて、怜央……」

鈴の声が、小さく、震えていた。
泣いているのか、それとも苦しさからか。
その震えは、俺の心まで締めつけた。

「私ね……怜央と、音楽ができて……幸せだったよ」

「おい、鈴! 何言ってんだよ!」

「海外……行きたかったなぁ。世界に、私たちの音を届けたかった……。もっと、音楽やりたかった……」

「まだ助かる方法があるかもしれねぇだろ!? 勝手に締めくくるなよ、しっかりしろ!!」

瓦礫を必死に掻き分ける。
けれど、火と熱気で手が焼けるように痛い。
煙に目も霞み、鈴の姿は見えない。

「足が……挟まってて、動けないの。
頭も……ぼーっとしてきて……あついよ……」

「今、行くからな!絶対助けるから!!なぁ!!」

肺に残った空気を振り絞って、叫ぶ。
けれど、瓦礫はびくともしなかった。

そのときだった。

「怜央……」

かすかに聞こえた声の方へ、そっと手を伸ばす。
触れたのは、冷たくも熱くもない、ただの重い塊。
それでも――その向こうに、鈴がいる気がした。

まるで、瓦礫越しに手と手が触れ合っているような、不思議な感覚。
実際には何も触れていないのに、温度もぬくもりもないのに――
それでも、確かに“繋がっていた”。

「本当に…………幸せだった……」

「バカ野郎……お前……まだ死ぬなよ……!」

「……ありがとう。楽しかったよ、全部。音楽も、みんなも……怜央も……」

「鈴?鈴!!おい、答えろよ!!」

それを最後に、鈴の声が、途切れた。

「……嘘だろ……?」

目の前が真っ白になった。
返事をしてくれ。……お願いだ。
まだ、やりたいこと、たくさんあっただろ。

息が、苦しい。
頭が回らない。
視界が、にじんでいく。

これが、俺の最期か……?
まさか、火事で死ぬなんてな……

結局、父さんに認めてもらうこともできなかったな。
俺が死んだら、どんな顔するんだろうな……
いや、あの人はきっと――

興味なんて、ないか……

――神様。もし、本当にいるなら。

もう一度、鈴と……あいつらと、音楽ができますように――



「大丈夫ですか!?」

視界の端に、防火服の人影が飛び込んできた。

「こちら、要救助者1名発見! 一酸化炭素中毒の疑いあり!」

消防士たちの声が、遠くで響いている。

……俺なんかより、あいつを……

最後の力を振り絞り、瓦礫の向こう――
鈴のいた方角を、指さした。

「まさか……!」

「おい! こっちにも1人いるぞ!」

「新たに1名発見! 足を挟まれ、頭部に損傷のある少女を確認!」

「君!しっかり!意識を……!」

───こうして、一ノ瀬怜央としての人生は、終わりを迎えた。



「ーー次のニュースです。
昨日、大型ショッピングモールで発生した火災により、人気バンドRe:noteのメンバー4人が死亡したことが確認されました。」



そして――次に俺が目を覚ましたのは、
見たこともない、山に囲まれた世界だった。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。

黒ハット
ファンタジー
 前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。  

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界

小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。 あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。 過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。 ――使えないスキルしか出ないガチャ。 誰も欲しがらない。 単体では意味不明。 説明文を読んだだけで溜め息が出る。 だが、條は集める。 強くなりたいからじゃない。 ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。 逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。 これは―― 「役に立たなかった人生」を否定しない物語。 ゴミスキル万歳。 俺は今日も、何もしない。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

弱いままの冒険者〜チートスキル持ちなのに使えるのはパーティーメンバーのみ?〜

秋元智也
ファンタジー
友人を庇った事からクラスではイジメの対象にされてしまう。 そんなある日、いきなり異世界へと召喚されてしまった。 クラス全員が一緒に召喚されるなんて悪夢としか思えなかった。 こんな嫌な連中と異世界なんて行きたく無い。 そう強く念じると、どこからか神の声が聞こえてきた。 そして、そこには自分とは全く別の姿の自分がいたのだった。 レベルは低いままだったが、あげればいい。 そう思っていたのに……。 一向に上がらない!? それどころか、見た目はどう見ても女の子? 果たして、この世界で生きていけるのだろうか?

転生したらスキル転生って・・・!?

ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。 〜あれ?ここは何処?〜 転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。

溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜

あいみ
ファンタジー
亡き祖母との約束を守るため、月影優里は誰にでも平等で優しかった。 困っている人がいればすぐに駆け付ける。 人が良すぎると周りからはよく怒られていた。 「人に優しくすれば自分も相手も、優しい気持ちになるでしょ?」 それは口癖。 最初こそ約束を守るためだったが、いつしか誰かのために何かをすることが大好きになっていく。 偽善でいい。他人にどう思われようと、ひ弱で非力な自分が手を差し出すことで一人でも多くの人が救われるのなら。 両親を亡くして邪魔者扱いされながらも親戚中をタライ回しに合っていた自分を、住みなれた田舎から出てきて引き取り育ててくれた祖父祖母のように。 優しく手を差し伸べられる存在になりたい。 変わらない生き方をして二十六歳を迎えた誕生日。 目の前で車に撥ねられそうな子供を庇い優はこの世を去った。 そのはずだった。 不思議なことに目が覚めると、埃まみれの床に倒れる幼女に転生していて……? 人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

処理中です...