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1章ー記憶の旋律ー
救い
しおりを挟む「すごく上手ね! ピアノ、好き?」
学校で誰かに話しかけられるなんて、ほとんどなかったから最初は本当に驚いた。
けど、会話をしてみると、彼女はとても気さくで、何より音楽が大好きだということがすぐに伝わってきた。
名前は、如月鈴。
よく見ると、あの吹奏楽部の体験入部のときに隣で楽器をじっと見ていた子だと気づいた。
ずっと気になっていたことを、思い切って聞いてみた。
「全部の楽器マスターしたって、本当?」
すると彼女は笑って言った。
「まさかー。だいたい弾けるようになったってだけだよ。マスターなんて、全然程遠いって」
──半年で「だいたい弾けるようになった」だけでも、十分すごいと思う。
そう言いかけた言葉を、私は喉の奥で飲み込んだ。
溢れ出る才能に、鳥肌が立った。
でも同時に、ひとつ疑問が生まれた。
「どうして、すぐに部活をやめたの?」
それだけの実力があれば、きっと部の中心になっていたはずなのに。
彼女は、あっけらかんと笑って言った。
「楽器にさわれたから、もういいかなって。楽器屋さんにはないものもあったしね」
「でも、吹奏楽部って皆で音を合わせるのが楽しいんじゃないの?」
「下澤さんはそう思うかもしれないけど、私はちょっと違うかな」
彼女は、真っ直ぐ私を見て言った。
「もちろん、好みの問題だし、色んな楽器で音を合わせるのも素敵。だけど私は、自分の好きな音楽をやりたいの」
「好きな音楽……?」
「うん。私、バンド組みたくて。あの、独特の緊張感からの圧巻のパフォーマンスがたまらなく好きなの。今、メンバー探してるとこなんだ」
「バンドって……楽しいの?」
「まだ、私含めて二人しかいないから、まだ“バンド”ってほどじゃないけどね。でも、すごく楽しいよ。やっぱり、音楽は自分の“好き”をやらなきゃつまらないから」
彼女のキラキラした瞳に、吸い込まれそうだった。
──いいな、自分の“好き”な音楽をやれて。
私だって音楽は好きなはずなのに。
今のままでいいのかな……。
もう、正解が分からないよ。
いいな。
そう思った次の瞬間。
彼女は急に真剣な顔をして、何かを考え込みはじめた。
(変なこと、言っちゃったかな……)
心配していると、突然「そうだ!」と声を上げて立ち上がり、私の目の前に立った。
「ねぇ! バンドに入らない? キーボードとして!」
「……キーボード?」
「うん! きっとハマるよ! 楽しいから!」
今になって思えば、あの時の彼女の瞳には、すでに“ステージに立っているバンド”の光景が見えていたんだと思う。
「そうと決まれば!」
彼女は迷いもなく言い、私の手を取って歩き出す。
「ついてきて!思い立ったら大吉日って言うしね!」
(それを言うなら思い立ったら吉日では……)
明るく、手を引いてくれる彼女のことを私は素敵な人、と同時に少しおバカだということも理解した。
向かった先は、静かな住宅街の一角──一軒の家だった。
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