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1章ー記憶の旋律ー
目覚め
しおりを挟む「おはようございます、お嬢様。」
カーテンが開き、部屋が朝の光に包まれる。
眠たい目をこすりながら、重たい頭を持ち上げた。
頭の中に残る旋律を、思わず口ずさむ。
初めて聴くような、けれどどこか懐かしい――そんな心を揺らすメロディだった。
「なんの曲を歌って……って、お嬢様、泣いているのですか?」
「え?」
鏡を見ると、白い髪に灰色の瞳の少女が、涙を流していた。
「私……こんな顔、してたかしら」
部屋を見渡す。
誇りひとつない、大きく整った寝室。
隣には、メイド服を着た女性が心配そうにこちらを見ていた。
「……アリサ?」
「はい。どうかなさいましたか、リリーお嬢様」
「リリー……」
そうだ。私はリリー・アルベール。サムジール王国の公爵令嬢。
「なんでもないわ」
────────
「おはようございます。遅くなり申し訳ございません」
食堂に入ると、すでに家族は着席していた。
「おはよう」
母はいつも通り、優しい笑顔で出迎えてくれる。
「……」
父は無言のまま。
宰相として日々忙しい彼と、まともに会話をした記憶はほとんどない。
いつも眉間にしわを寄せて、何かを考えている。
家族に挨拶を済ませ、席に着く。
メイドが手際よく、ひとりひとりに朝食を並べていく。
静かな朝の食卓。
美しいテーブルマナーに、背筋を伸ばして黙々と食事をとる家族。
見慣れた、いつもと同じ光景。
食べ終えると、父は席を立ち仕事へ向かう。
「なんだか元気なさそうだけど、大丈夫かい?」
隣を見ると、青い髪をした兄が心配そうにこちらを見ていた。
「そんなことありませんわ、カールお兄様」
カール・アルベール。アルベール家の次期当主。
その端整な顔立ちと穏やかな性格で社交界では大人気。
まだ婚約者がいないことから、彼を狙う令嬢たちは多い。
「私は元気です」
「本当に?」
今度は、母がこちらを心配そうに見つめていた。
「……少し緊張してしまっていて」
「そうだね。もうすぐで魔法学園の入学式だ。緊張するのも無理はない」
兄が納得したように頷く。
この国には、貴族ならば誰もが通う魔法学園がある。
実力主義のその場で、私は三年間過ごすことになる。
――けれど、魔法がまともに使えない私には、それがただ憂鬱だった。
「きっと大丈夫だよ。何かあれば頼っていいからね」
二つ年上の兄と一緒にいられるのは、あと一年。
それまでに慣れなければならない。
「そうね。お友達もたくさんいるでしょ? そんなに心配しなくて大丈夫よ。寮生活なんて寂しいわ。アリサ、頼んだわよ」
「もちろんでございます、奥様」
────────
持っていく荷物を確認し、馬車に積み込む。
「これで全部かしら?」
「はい。それでは、そろそろ出発いたします」
馬車に乗り込むと窓の外から母と兄が見送ってくれた。
「気をつけてね。頑張るのよ」
「はい」
「僕は後から行くから、また向こうで会おうね」
寮に早めに慣れるため、私だけ先に向かうことになっていた。
家族とはここでしばらくお別れだ。
馬車が動き出す。振り返ると、母が涙ぐみながら手を振っていた。
「お父様は……見送りにも来てくださらないのね」
せめて、ひとこと――なにか、言ってほしかった。
心地よい馬車の揺れに誘われ、私はいつの間にか眠りについていた。
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