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1章ー記憶の旋律ー
友人達
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ミーシャが部屋を出てしまってから、「どうしようか」と悩んでいると――
ドアを叩く音が聞こえた。
「はい」
「セシルです。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
入ってきたのは、金色の髪をした青年だった。
「お久しぶりですね、セシル様」
セシル・サムジール。
この国の第2王子だ。
「さっきミーシャとすれ違いましたが……ここにいたんですね?」
「はい。お話をしてたんです。夕食まで時間がありましたから」
「なるほど。なら、今からは私とお相手願えませんか?」
「喜んで」
彼とは、親同士がよく顔を合わせていたこともあって、昔から一緒に遊んでいた。
成績優秀で容姿端麗。しかも誰に対しても優しい彼は、こんな私とも対等に接してくれる、数少ない心許せる友人だ。
「早いものですね。初めて会ったときから、もう十年は経っているんですよ。信じられません」
「そうですね。初めて会ったときの王子は、今とは違って泣き虫でしたね」
「それを言うなら、リリーも────」
こんなふうに笑って話せる時間は、あとどれくらい残されているのだろうか。
第2王子でありながら、未だに婚約者のいない彼を、裏で悪く言う者も少なからずいる。
きっと、最後の自由時間として学園の3年間が与えられたのだろう。卒業すれば、否応なく政略結婚をし、王子としての務めが待っている。
「……そろそろ時間ですね。リリーと話すのは楽しいです。時間が早く感じます」
「ふふっ、そう思っていただけると嬉しいですわ」
⸻
食事は基本的に、学園の大食堂で一斉に取ることになっている。
学年を問わず、広い食堂で好きなものを、好きなだけ取って食べる形式。
これは、様々な人と自然に交流できるようにとの、学園の方針らしい。
まだ新学期前だからか、人は少なめだった。
すると、聞き覚えのある声が背後から響いた。
「あら?リリー様ではないですか」
「久しぶりね、アン。あなたも来ていたのね」
彼女はアンハール・ミューエント。伯爵令嬢で、私の親友。
幼い頃から噂好きで、たくさんの話を聞かせてくれる、話し上手な子だ。
「よろしければ、一緒に食べませんか?」
「もちろんよ。先に座ってて。すぐ行くわ」
────────
「自分で食事を取るのは初めてなので、新鮮ですわ。楽しいですね」
「そうね。貴族にとっては珍しいことだけど……これも学園の方針なのね」
それからアンと談笑しながら食事をとり、各自部屋に戻った。
「明日から、学園生活が始まるのね……」
不安しかない、この気持ち。
でも、いつか「楽しい」と思える日が来るのだろうか。
目を閉じると、いつもの夢の光景が浮かび上がる。
隣にいるあなたは――誰?
どうして、こんなにも……
心が、苦しいの?
─────
時を同じくしてとある森で1人の青年が焚き火を眺めていた。
――火薬と血のにおいが混ざった、乾いた風が吹き抜ける。
剣を地面に突き立て、足元に転がる魔物の死体を見下ろして鋭く、深く、息を吐いた。
「……相変わらず面倒な奴だったな」
返り血に染まった頬をぬぐいながら、鼻歌を歌う。
旋律は、自然と口をついて出てきた。
昔、よく“あいつ”に聴かせてたっけ――
音程を確かめるように、静かに旋律をなぞる。
少しだけテンポを落として、優しく。
まるで誰かの耳元で、囁くように。
「どこにいんだよ……」
焚き火が、パチ、パチと小さく爆ぜる。
炎の揺らめきの向こう、もういないはずのあいつの笑顔が、一瞬よぎった。
彼女の名前を口にしたのは――いつぶりだろう。
風が吹き抜ける。
それさえも、懐かしいあの日の音に聴こえた。
「また、一緒に……」
夜空を見上げると、星がひとつ、静かにまたたいた。
まるで誰かが、それに応えたかのように。
ドアを叩く音が聞こえた。
「はい」
「セシルです。入ってもよろしいですか?」
「どうぞ」
入ってきたのは、金色の髪をした青年だった。
「お久しぶりですね、セシル様」
セシル・サムジール。
この国の第2王子だ。
「さっきミーシャとすれ違いましたが……ここにいたんですね?」
「はい。お話をしてたんです。夕食まで時間がありましたから」
「なるほど。なら、今からは私とお相手願えませんか?」
「喜んで」
彼とは、親同士がよく顔を合わせていたこともあって、昔から一緒に遊んでいた。
成績優秀で容姿端麗。しかも誰に対しても優しい彼は、こんな私とも対等に接してくれる、数少ない心許せる友人だ。
「早いものですね。初めて会ったときから、もう十年は経っているんですよ。信じられません」
「そうですね。初めて会ったときの王子は、今とは違って泣き虫でしたね」
「それを言うなら、リリーも────」
こんなふうに笑って話せる時間は、あとどれくらい残されているのだろうか。
第2王子でありながら、未だに婚約者のいない彼を、裏で悪く言う者も少なからずいる。
きっと、最後の自由時間として学園の3年間が与えられたのだろう。卒業すれば、否応なく政略結婚をし、王子としての務めが待っている。
「……そろそろ時間ですね。リリーと話すのは楽しいです。時間が早く感じます」
「ふふっ、そう思っていただけると嬉しいですわ」
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食事は基本的に、学園の大食堂で一斉に取ることになっている。
学年を問わず、広い食堂で好きなものを、好きなだけ取って食べる形式。
これは、様々な人と自然に交流できるようにとの、学園の方針らしい。
まだ新学期前だからか、人は少なめだった。
すると、聞き覚えのある声が背後から響いた。
「あら?リリー様ではないですか」
「久しぶりね、アン。あなたも来ていたのね」
彼女はアンハール・ミューエント。伯爵令嬢で、私の親友。
幼い頃から噂好きで、たくさんの話を聞かせてくれる、話し上手な子だ。
「よろしければ、一緒に食べませんか?」
「もちろんよ。先に座ってて。すぐ行くわ」
────────
「自分で食事を取るのは初めてなので、新鮮ですわ。楽しいですね」
「そうね。貴族にとっては珍しいことだけど……これも学園の方針なのね」
それからアンと談笑しながら食事をとり、各自部屋に戻った。
「明日から、学園生活が始まるのね……」
不安しかない、この気持ち。
でも、いつか「楽しい」と思える日が来るのだろうか。
目を閉じると、いつもの夢の光景が浮かび上がる。
隣にいるあなたは――誰?
どうして、こんなにも……
心が、苦しいの?
─────
時を同じくしてとある森で1人の青年が焚き火を眺めていた。
――火薬と血のにおいが混ざった、乾いた風が吹き抜ける。
剣を地面に突き立て、足元に転がる魔物の死体を見下ろして鋭く、深く、息を吐いた。
「……相変わらず面倒な奴だったな」
返り血に染まった頬をぬぐいながら、鼻歌を歌う。
旋律は、自然と口をついて出てきた。
昔、よく“あいつ”に聴かせてたっけ――
音程を確かめるように、静かに旋律をなぞる。
少しだけテンポを落として、優しく。
まるで誰かの耳元で、囁くように。
「どこにいんだよ……」
焚き火が、パチ、パチと小さく爆ぜる。
炎の揺らめきの向こう、もういないはずのあいつの笑顔が、一瞬よぎった。
彼女の名前を口にしたのは――いつぶりだろう。
風が吹き抜ける。
それさえも、懐かしいあの日の音に聴こえた。
「また、一緒に……」
夜空を見上げると、星がひとつ、静かにまたたいた。
まるで誰かが、それに応えたかのように。
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