Re:noteーこの音が君に届いたらー

しろのね

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1章ー記憶の旋律ー

親と子

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「準備はいい?」

私の声に、ソウタ、アマネ、リコが頷く。

胸の奥が、少しだけ震えている。

この曲で私は、自分を届ける。

誰に?──
お父様に。

ずっと、言葉では伝えられなかった。
私は、期待に応えられなかったかもしれない。
でも、“私”を諦めないでほしい。

この音に、私の全部を込める。

演奏が始まる。

心の中でカウントをとり、音を奏でる。
音が空気を震わせ、重なり合い、溶け合っていく。

視界の先にいる、父と──国王陛下。
あの人の瞳が、ほんの少しだけ見開かれるのが見えた。

……聞いてください。
私はここにいます。
私の“音”を、生き方を、どうか──

「それでは聞いてください。」

 

 『夜明けを知らぬ空』



何の意味もない。
音楽など、この国の未来に必要ない。
そう思っていたはずだった。

けれど、ステージに立つ娘の姿を見て、ふと息を呑んだ。

背筋を伸ばして立つ姿は、まるで別人のようだった。
怯えも、迷いも、そこにはない。
彼女は──音に全てを乗せていた。

(これは……)

一音ごとに、何かが胸に突き刺さる。
厳しく育ててきた。
そうするしかないと思っていた。
彼女のために、そうすべきだと。

だが今、音が語っている。

“私は私を、生きていたい”
“見て”
“私は……私のままで、ここにいたい”

……心が、動いた。
たかが音楽のはずなのに、私の感情が、揺れている。

あんな目を、あんな表情を、いつ以来見ただろう。
心から何かを届けたいと願う、娘の目。

気づいてしまった。
この子は、これに魅了されてしまったのだと。
知ってしまったらもう戻れない。

ステージが終わり、拍手が鳴り響く。
隣の陛下が、にやりと笑って私を見た。

「どうだ、君の娘は」

……言葉が、出てこない。

私は、知らなかった。
この子が、こんな音を持っていることも。
こんなにまっすぐな気持ちを抱いていたことも。

ずっと、見ようとしてこなかったのは……私の方だった。

その小さな背中が、ひどく眩しく見えた。

────────
「ありがとうございました。」

演奏が終わった瞬間、ホールは静寂に包まれ──そして次の瞬間、陛下をはじめとする側近や護衛たちから大きな拍手が巻き起こった。
口をあんぐりと開けている者もいる。驚きと感動、そして…戸惑いが入り混じった表情だった。

「素晴らしかったよ。いいね、こういう音楽もたまには。」

陛下はご機嫌な様子でにこにこと笑いながら言う。
そしてふと、私の方を振り向いた。

「君はどうだった? 娘の演奏。」

「……」

答えに詰まった。
言葉が、出てこない。

素晴らしかった──それは、事実だ。
けれど、なぜか素直に認めることができなかった。

心のどこかで、自分がこれまで信じてきた価値観が覆されたような気がしていた。
あの子の声。楽器の音。それを聞いて感じたのは、まぎれもない“本気”だった。
 
どうしてもっと娘を見てこなかったのか。

令嬢としての教養、礼儀作法、良き縁談──
それこそが娘の幸せだと、そう信じて疑わなかった。
だがリリーは、それとは違う道を選ぼうとしている。
彼女のあのまっすぐな目が、「私は音楽がやりたい」と語っていた。

「……少し考えさせてください。」
「あっ、おい!」

陛下の声が背後から追ってきたが、振り返る余裕などなかった。
今はただ、1人になりたかった。


 

演奏自体は良かったと言わざるおえない。

初めて聞くリリーの歌声。仲間たちの演奏。
どれもが力強く、澄んでいて、美しかった。
けれど、それを「良かった」と認めるのは、何かを手放すようで怖かった。
 

「おい!どこ行くんだよ」
陛下……いやアルバートが追ってきた。
周りを見ると護衛も側近も人らもいない。
気を使って人払いをしたのだろう。
彼は誰もが頭を下げる国王という立場にあるが私の昔からの親友でもある。
2人の時は砕けて話す。
「すまない……ちょっと気持ちの整理がつかなくて」

私がそういうとアルバートは呆れたように肩をすくめた。

「気持ちはわかる。でもな、せめて何か一言かけてやってもよかったんじゃないか?
お前は頭もいいし、責任感もある。……でも、父親としては、ちょっと不器用すぎるよ」
 
「……わかっている。」
 
自分でもわかっている。
私は最低な父親だ。
娘が勇気を出して披露した演奏を、私はただ黙って聞くだけだった。
あの子がどれほどの覚悟でステージに立ったか、考えもしなかった。


あの子は昔から人前が苦手だし、進んで目立とうとはしなかった。
その子がこうして勇気を出して自分の好きを貫こうとしている。

リリーは昔から人前に出るのが苦手だった。
目立とうともせず、いつも静かにしていた。
そんな娘が、自分の“好き”を貫こうとしている──
それなのに私は、向き合おうともしなかった。

「どうするのが、正解なんだろうな」

そう呟くと、アルバートは少し間を置いてから言った。
 
「俺にはなんとも言えないよ。これは君たち親子の問題だ。ただ君はどう思ったんだ?あの演奏を聞いて。俺には君が何故そこまで音楽を否定するのかが分からない。」

音楽が悪いわけじゃない。
否定しているわけでもない。
ただ──不安だった。

この先、音楽が娘の人生にとって本当に“幸せ”をもたらすのか。
ただの一時の熱ではないのか。
……そんな思いが、拭えなかった。

「君は昔からそうだったよな。口下手で、感情を出すのが苦手で……でも、優しい。
誰よりも子供たちのことを大事にしてる。それなのに、肝心なときに気持ちを伝えられない」

お見通しか。
それもそうだ。リリーが、私に心を開かないのは当然だ。
私自身が、娘の心に触れようとしなかったのだから。

「向き合ってみたらどうだ?婚約の話だってリリーが本当に望んでいるか聞いたのか?」

アルバートは言った。

「逃げるんじゃなくて、ちゃんと話してみなよ。
父親としてじゃなくても、1人の人間として──
あの子と、ちゃんと向き合ってみな」

私は頷くこともできず、ただ静かに、立ち尽くしていた。

そのとき、アルバートがふと真剣な表情になった。

「……それと、一つだけ気になったことがあるんだ。思ったんだが────」
 
「……え?」
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