18 / 34
1章ー記憶の旋律ー
親と子
しおりを挟む「準備はいい?」
私の声に、ソウタ、アマネ、リコが頷く。
胸の奥が、少しだけ震えている。
この曲で私は、自分を届ける。
誰に?──
お父様に。
ずっと、言葉では伝えられなかった。
私は、期待に応えられなかったかもしれない。
でも、“私”を諦めないでほしい。
この音に、私の全部を込める。
演奏が始まる。
心の中でカウントをとり、音を奏でる。
音が空気を震わせ、重なり合い、溶け合っていく。
視界の先にいる、父と──国王陛下。
あの人の瞳が、ほんの少しだけ見開かれるのが見えた。
……聞いてください。
私はここにいます。
私の“音”を、生き方を、どうか──
「それでは聞いてください。」
『夜明けを知らぬ空』
⸻
何の意味もない。
音楽など、この国の未来に必要ない。
そう思っていたはずだった。
けれど、ステージに立つ娘の姿を見て、ふと息を呑んだ。
背筋を伸ばして立つ姿は、まるで別人のようだった。
怯えも、迷いも、そこにはない。
彼女は──音に全てを乗せていた。
(これは……)
一音ごとに、何かが胸に突き刺さる。
厳しく育ててきた。
そうするしかないと思っていた。
彼女のために、そうすべきだと。
だが今、音が語っている。
“私は私を、生きていたい”
“見て”
“私は……私のままで、ここにいたい”
……心が、動いた。
たかが音楽のはずなのに、私の感情が、揺れている。
あんな目を、あんな表情を、いつ以来見ただろう。
心から何かを届けたいと願う、娘の目。
気づいてしまった。
この子は、これに魅了されてしまったのだと。
知ってしまったらもう戻れない。
ステージが終わり、拍手が鳴り響く。
隣の陛下が、にやりと笑って私を見た。
「どうだ、君の娘は」
……言葉が、出てこない。
私は、知らなかった。
この子が、こんな音を持っていることも。
こんなにまっすぐな気持ちを抱いていたことも。
ずっと、見ようとしてこなかったのは……私の方だった。
その小さな背中が、ひどく眩しく見えた。
────────
「ありがとうございました。」
演奏が終わった瞬間、ホールは静寂に包まれ──そして次の瞬間、陛下をはじめとする側近や護衛たちから大きな拍手が巻き起こった。
口をあんぐりと開けている者もいる。驚きと感動、そして…戸惑いが入り混じった表情だった。
「素晴らしかったよ。いいね、こういう音楽もたまには。」
陛下はご機嫌な様子でにこにこと笑いながら言う。
そしてふと、私の方を振り向いた。
「君はどうだった? 娘の演奏。」
「……」
答えに詰まった。
言葉が、出てこない。
素晴らしかった──それは、事実だ。
けれど、なぜか素直に認めることができなかった。
心のどこかで、自分がこれまで信じてきた価値観が覆されたような気がしていた。
あの子の声。楽器の音。それを聞いて感じたのは、まぎれもない“本気”だった。
どうしてもっと娘を見てこなかったのか。
令嬢としての教養、礼儀作法、良き縁談──
それこそが娘の幸せだと、そう信じて疑わなかった。
だがリリーは、それとは違う道を選ぼうとしている。
彼女のあのまっすぐな目が、「私は音楽がやりたい」と語っていた。
「……少し考えさせてください。」
「あっ、おい!」
陛下の声が背後から追ってきたが、振り返る余裕などなかった。
今はただ、1人になりたかった。
演奏自体は良かったと言わざるおえない。
初めて聞くリリーの歌声。仲間たちの演奏。
どれもが力強く、澄んでいて、美しかった。
けれど、それを「良かった」と認めるのは、何かを手放すようで怖かった。
「おい!どこ行くんだよ」
陛下……いやアルバートが追ってきた。
周りを見ると護衛も側近も人らもいない。
気を使って人払いをしたのだろう。
彼は誰もが頭を下げる国王という立場にあるが私の昔からの親友でもある。
2人の時は砕けて話す。
「すまない……ちょっと気持ちの整理がつかなくて」
私がそういうとアルバートは呆れたように肩をすくめた。
「気持ちはわかる。でもな、せめて何か一言かけてやってもよかったんじゃないか?
お前は頭もいいし、責任感もある。……でも、父親としては、ちょっと不器用すぎるよ」
「……わかっている。」
自分でもわかっている。
私は最低な父親だ。
娘が勇気を出して披露した演奏を、私はただ黙って聞くだけだった。
あの子がどれほどの覚悟でステージに立ったか、考えもしなかった。
あの子は昔から人前が苦手だし、進んで目立とうとはしなかった。
その子がこうして勇気を出して自分の好きを貫こうとしている。
リリーは昔から人前に出るのが苦手だった。
目立とうともせず、いつも静かにしていた。
そんな娘が、自分の“好き”を貫こうとしている──
それなのに私は、向き合おうともしなかった。
「どうするのが、正解なんだろうな」
そう呟くと、アルバートは少し間を置いてから言った。
「俺にはなんとも言えないよ。これは君たち親子の問題だ。ただ君はどう思ったんだ?あの演奏を聞いて。俺には君が何故そこまで音楽を否定するのかが分からない。」
音楽が悪いわけじゃない。
否定しているわけでもない。
ただ──不安だった。
この先、音楽が娘の人生にとって本当に“幸せ”をもたらすのか。
ただの一時の熱ではないのか。
……そんな思いが、拭えなかった。
「君は昔からそうだったよな。口下手で、感情を出すのが苦手で……でも、優しい。
誰よりも子供たちのことを大事にしてる。それなのに、肝心なときに気持ちを伝えられない」
お見通しか。
それもそうだ。リリーが、私に心を開かないのは当然だ。
私自身が、娘の心に触れようとしなかったのだから。
「向き合ってみたらどうだ?婚約の話だってリリーが本当に望んでいるか聞いたのか?」
アルバートは言った。
「逃げるんじゃなくて、ちゃんと話してみなよ。
父親としてじゃなくても、1人の人間として──
あの子と、ちゃんと向き合ってみな」
私は頷くこともできず、ただ静かに、立ち尽くしていた。
そのとき、アルバートがふと真剣な表情になった。
「……それと、一つだけ気になったことがあるんだ。思ったんだが────」
「……え?」
0
あなたにおすすめの小説
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる
家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。
召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。
多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。
しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。
何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。
俺だけ“使えないスキル”を大量に入手できる世界
小林一咲
ファンタジー
戦う気なし。出世欲なし。
あるのは「まぁいっか」とゴミスキルだけ。
過労死した社畜ゲーマー・晴日 條(はるひ しょう)は、異世界でとんでもないユニークスキルを授かる。
――使えないスキルしか出ないガチャ。
誰も欲しがらない。
単体では意味不明。
説明文を読んだだけで溜め息が出る。
だが、條は集める。
強くなりたいからじゃない。
ゴミを眺めるのが、ちょっと楽しいから。
逃げ回るうちに勘違いされ、過剰に評価され、なぜか世界は救われていく。
これは――
「役に立たなかった人生」を否定しない物語。
ゴミスキル万歳。
俺は今日も、何もしない。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
弱いままの冒険者〜チートスキル持ちなのに使えるのはパーティーメンバーのみ?〜
秋元智也
ファンタジー
友人を庇った事からクラスではイジメの対象にされてしまう。
そんなある日、いきなり異世界へと召喚されてしまった。
クラス全員が一緒に召喚されるなんて悪夢としか思えなかった。
こんな嫌な連中と異世界なんて行きたく無い。
そう強く念じると、どこからか神の声が聞こえてきた。
そして、そこには自分とは全く別の姿の自分がいたのだった。
レベルは低いままだったが、あげればいい。
そう思っていたのに……。
一向に上がらない!?
それどころか、見た目はどう見ても女の子?
果たして、この世界で生きていけるのだろうか?
転生したらスキル転生って・・・!?
ノトア
ファンタジー
世界に危機が訪れて転生することに・・・。
〜あれ?ここは何処?〜
転生した場所は森の中・・・右も左も分からない状態ですが、天然?な女神にサポートされながらも何とか生きて行きます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初めて書くので、誤字脱字や違和感はご了承ください。
溺愛少女、実はチートでした〜愛されすぎて大忙しです?〜
あいみ
ファンタジー
亡き祖母との約束を守るため、月影優里は誰にでも平等で優しかった。
困っている人がいればすぐに駆け付ける。
人が良すぎると周りからはよく怒られていた。
「人に優しくすれば自分も相手も、優しい気持ちになるでしょ?」
それは口癖。
最初こそ約束を守るためだったが、いつしか誰かのために何かをすることが大好きになっていく。
偽善でいい。他人にどう思われようと、ひ弱で非力な自分が手を差し出すことで一人でも多くの人が救われるのなら。
両親を亡くして邪魔者扱いされながらも親戚中をタライ回しに合っていた自分を、住みなれた田舎から出てきて引き取り育ててくれた祖父祖母のように。
優しく手を差し伸べられる存在になりたい。
変わらない生き方をして二十六歳を迎えた誕生日。
目の前で車に撥ねられそうな子供を庇い優はこの世を去った。
そのはずだった。
不思議なことに目が覚めると、埃まみれの床に倒れる幼女に転生していて……?
人や魔物。みんなに愛される幼女ライフが今、幕を開ける。
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる