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1章 辺境伯編
7 子供たちの「ママ」宣言と公爵様の嫉妬
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王都からの使者が去って以来、ジークフリート公爵様の私に対する態度は、もはや隠すことのない過剰な独占欲に変わりました。
彼は、私が城の中を移動する際、必ず屈強な騎士を二名、私の護衛につけました。私がハーブ研究室で子供たちと遊んでいる間も、公爵様は執務を放り出し、研究室の暖炉の前に無言で座っていらっしゃるのです。
「(公爵様は、騎士の方々を信用していないのかしら? それとも、子供たちの遊びを見守るのが、楽しいのでしょうか)」
私は、公爵様が子供たちの成長を見守ってくださっているのだと解釈し、彼の存在を気にしないことにしました。
そんなある日。私が、長男にブラッシングの技術を教え、長女に刺繍を教えていると、次男が、私に飛びついてきました。
「エルナママ! あの、いじわるなおじさん、もう来ない?」
次男は、王都の家令を使者ではなく「いじわるなおじさん」と認識しているようです。そして、私が王都に連れ戻されることを、心底恐れていました。
私は、次男の頭を優しく撫でました。
「ええ、もう大丈夫ですよ。公爵様が、あなたがたを決して離さないと約束してくださいましたから」
「ほんと? ずっと、ママでいてくれる?」
その言葉は、私に向けられた、正式な「ママ」宣言でした。 長男と長女は、顔を真っ赤にして照れながらも、頷きました。
「……もう、どこにも行くなよ、ママ」
「うん、ママがいなきゃ、嫌だ」
その言葉を聞いたとき、私は胸がいっぱになり、涙腺が緩むのを感じました。伯爵家で「穀潰し」と呼ばれ、誰からも必要とされなかった私が、この辺境の地で、こんなにも切実に「母親」として求められている。
私は、三人を抱きしめようと、そっと腕を広げました。
しかし、その瞬間、長男、長女、次男の三人が、一斉に私の腕の中へ、飛び込んできました。三人の幼い体が私にまとわりつき、私は身動きが取れません。
その光景を、暖炉の前で静かに見ていたはずのジークフリート公爵様が、ゆっくりと立ち上がりました。
公爵様の顔には、いつもの冷徹な無表情が張り付いているものの、その蒼い瞳の奥で、激しい炎が燃え上がっているのが、私には見えました。
「……そこの、小動物たち」
公爵様の声は、低く、威圧的でした。子供たちは、公爵様のあまりの迫力に、私の腕の中で震え上がりました。
「君たちは、私の妻を、まるで獲物のように独占しているようだが。彼女は、君たちだけの『ママ』ではない」 「パパこそ、いつもお仕事でいなかったくせに!」 長男が、珍しく反抗しました。
「そうだ、パパは、ママを大事にしてなかった!」 「パパ、だめー!」
公爵様は、自分の子供たちに妻を巡って嫉妬していると、気づいていないようでした。彼はただ、エルナという「光」が自分から遠ざかることを、本能的に恐れているのです。
私は、このままでは公爵様と子供たちの関係に亀裂が入ってしまうと察し、三人の子供たちをそっと床に降ろしました。そして、公爵様に向き直ります。
「公爵様。わたくしは、公爵様の子孫を愛し、公爵様を支えるために参りました。わたくしの愛は、彼らのものだけではございません。公爵様にも、平等に注がれています」
「! ……真か」
公爵様の瞳に、疑念ではなく、切実な期待が宿りました。
私は、ふう、と息を吐きました。やはり、この不器用な大人の愛情表現こそが、一番難しい課題です。
「公爵様。子供たちは、『愛されている』ことを、強く感じたいのです。公爵様も、わたくしに抱きつきたいほど、寂しいのですね」
「なっ……! 私は、そのような衝動は抱いていない!」
公爵様は否定しましたが、彼の耳がほんのり赤くなっているのを、私は見逃しませんでした。
「では、こうなさいませ」 私は、公爵様の手を取り、子供たちに向き直りました。
「坊やたち、見てごらんなさい。パパは、あなたたちのことが本当に大切なのです。だから、パパにも、愛情を分けてあげてください」
私は、子供たちに、公爵様を抱きしめるように促しました。 三人の子供たちは、戸惑いながらも、公爵様の脚にしがみつきました。
「パパ、ごめんね」
「ママ、取らないよ」
公爵様は、子供たちの温かい抱擁に、戸惑いを隠せませんでしたが、すぐに、その冷たい手で、そっと子供たちの頭を撫でました。
そして、最後に。彼は、私に向き直り、誰にも聞こえないほどの小さな声で、言いました。
「……エルナ。君は、私を抱きしめるつもりは、ないのか」
私は、その言葉が、公爵様の精一杯の私も愛が欲しいという、甘えたアピールだと理解しました。
「公爵様は、子供たちのお手本にならなければなりません」
私は微笑み、公爵様の、固く広い背中に、そっと抱きつきました。
「今日も、お疲れ様でございました。公爵様のおかげで、わたくしたちは幸せに暮らしています」
公爵様の体は、一瞬硬直しましたが、すぐに、私が溶けてしまうのではないかと思うほど、強く抱き締め返してくれました。
その夜。 王都から、また一通の手紙が届きました。内容は、もはや悲鳴です。精霊の暴走は、王都の結界を破壊し始め、聖女フィオナ様も、原因不明の病で高熱を出して倒れた、とのこと。
私は、窓から見える、平和な辺境の雪景色を見つめました。
王都が、自ら捨てた『光』を求める声は、もう、私には届きません。私の居場所は、ここ、私を心から必要とし、私に愛を注いでくれる、ジークフリート公爵様と、三人の子供たちのそばなのですから。
彼は、私が城の中を移動する際、必ず屈強な騎士を二名、私の護衛につけました。私がハーブ研究室で子供たちと遊んでいる間も、公爵様は執務を放り出し、研究室の暖炉の前に無言で座っていらっしゃるのです。
「(公爵様は、騎士の方々を信用していないのかしら? それとも、子供たちの遊びを見守るのが、楽しいのでしょうか)」
私は、公爵様が子供たちの成長を見守ってくださっているのだと解釈し、彼の存在を気にしないことにしました。
そんなある日。私が、長男にブラッシングの技術を教え、長女に刺繍を教えていると、次男が、私に飛びついてきました。
「エルナママ! あの、いじわるなおじさん、もう来ない?」
次男は、王都の家令を使者ではなく「いじわるなおじさん」と認識しているようです。そして、私が王都に連れ戻されることを、心底恐れていました。
私は、次男の頭を優しく撫でました。
「ええ、もう大丈夫ですよ。公爵様が、あなたがたを決して離さないと約束してくださいましたから」
「ほんと? ずっと、ママでいてくれる?」
その言葉は、私に向けられた、正式な「ママ」宣言でした。 長男と長女は、顔を真っ赤にして照れながらも、頷きました。
「……もう、どこにも行くなよ、ママ」
「うん、ママがいなきゃ、嫌だ」
その言葉を聞いたとき、私は胸がいっぱになり、涙腺が緩むのを感じました。伯爵家で「穀潰し」と呼ばれ、誰からも必要とされなかった私が、この辺境の地で、こんなにも切実に「母親」として求められている。
私は、三人を抱きしめようと、そっと腕を広げました。
しかし、その瞬間、長男、長女、次男の三人が、一斉に私の腕の中へ、飛び込んできました。三人の幼い体が私にまとわりつき、私は身動きが取れません。
その光景を、暖炉の前で静かに見ていたはずのジークフリート公爵様が、ゆっくりと立ち上がりました。
公爵様の顔には、いつもの冷徹な無表情が張り付いているものの、その蒼い瞳の奥で、激しい炎が燃え上がっているのが、私には見えました。
「……そこの、小動物たち」
公爵様の声は、低く、威圧的でした。子供たちは、公爵様のあまりの迫力に、私の腕の中で震え上がりました。
「君たちは、私の妻を、まるで獲物のように独占しているようだが。彼女は、君たちだけの『ママ』ではない」 「パパこそ、いつもお仕事でいなかったくせに!」 長男が、珍しく反抗しました。
「そうだ、パパは、ママを大事にしてなかった!」 「パパ、だめー!」
公爵様は、自分の子供たちに妻を巡って嫉妬していると、気づいていないようでした。彼はただ、エルナという「光」が自分から遠ざかることを、本能的に恐れているのです。
私は、このままでは公爵様と子供たちの関係に亀裂が入ってしまうと察し、三人の子供たちをそっと床に降ろしました。そして、公爵様に向き直ります。
「公爵様。わたくしは、公爵様の子孫を愛し、公爵様を支えるために参りました。わたくしの愛は、彼らのものだけではございません。公爵様にも、平等に注がれています」
「! ……真か」
公爵様の瞳に、疑念ではなく、切実な期待が宿りました。
私は、ふう、と息を吐きました。やはり、この不器用な大人の愛情表現こそが、一番難しい課題です。
「公爵様。子供たちは、『愛されている』ことを、強く感じたいのです。公爵様も、わたくしに抱きつきたいほど、寂しいのですね」
「なっ……! 私は、そのような衝動は抱いていない!」
公爵様は否定しましたが、彼の耳がほんのり赤くなっているのを、私は見逃しませんでした。
「では、こうなさいませ」 私は、公爵様の手を取り、子供たちに向き直りました。
「坊やたち、見てごらんなさい。パパは、あなたたちのことが本当に大切なのです。だから、パパにも、愛情を分けてあげてください」
私は、子供たちに、公爵様を抱きしめるように促しました。 三人の子供たちは、戸惑いながらも、公爵様の脚にしがみつきました。
「パパ、ごめんね」
「ママ、取らないよ」
公爵様は、子供たちの温かい抱擁に、戸惑いを隠せませんでしたが、すぐに、その冷たい手で、そっと子供たちの頭を撫でました。
そして、最後に。彼は、私に向き直り、誰にも聞こえないほどの小さな声で、言いました。
「……エルナ。君は、私を抱きしめるつもりは、ないのか」
私は、その言葉が、公爵様の精一杯の私も愛が欲しいという、甘えたアピールだと理解しました。
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私は微笑み、公爵様の、固く広い背中に、そっと抱きつきました。
「今日も、お疲れ様でございました。公爵様のおかげで、わたくしたちは幸せに暮らしています」
公爵様の体は、一瞬硬直しましたが、すぐに、私が溶けてしまうのではないかと思うほど、強く抱き締め返してくれました。
その夜。 王都から、また一通の手紙が届きました。内容は、もはや悲鳴です。精霊の暴走は、王都の結界を破壊し始め、聖女フィオナ様も、原因不明の病で高熱を出して倒れた、とのこと。
私は、窓から見える、平和な辺境の雪景色を見つめました。
王都が、自ら捨てた『光』を求める声は、もう、私には届きません。私の居場所は、ここ、私を心から必要とし、私に愛を注いでくれる、ジークフリート公爵様と、三人の子供たちのそばなのですから。
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