忍者の子

なにわしぶ子

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3章 真田家

85話~新たな任務~

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「しかし、お前様がそこまでややが出来た事をお喜びになるとは……それも私の目の前で」


ねねは少し嫉妬心をちらつかせながらも、それ以上を責める事はありませんでした。

そして、落ち着きなく右へ左へと歩く事を繰り返す、秀吉のその高揚した顔を、正室の貫禄のある顔つきで、ただただ見つめていました。

「ややは、秀吉の子ではない!誰かの子とかそんなつまらぬものでもない!つまり、神仏の子じゃ!阿古様のお告げ通り、これで豊臣家は磐石たるものとなり、泰平の世が豊臣の名で受け継がれていくのだ!」

「えぇ……大政所様の導きに、間違い等はございませぬ。ゆえに、茶々をひたすらに大事に致しましょう」

「既に、淀に城を建て始めておる。そこで大事に大事に守っていこうと思うておる」

「それでは……あと必要なのは、決して裏切らない信頼たる家臣でありますなぁ……」


ねねの言葉にピクリと顔を強ばらせた秀吉は、数回目玉を左右に動かすと、今度は考え込みながら座り込みました。

他の武家と違って、秀吉は百姓の出自。
それゆえ、受け継がれた人脈に乏しくそれが年老いた秀吉にとって、何よりの気がかりでした。

「私がこれからも、各々の武家の若者達を、我が子同然と思うて育てて参りましょう。そしてこの機に、甥である秀次殿を養子に迎え入れては?」

「秀次か………」


豊臣秀次は、秀吉の姉である”智”の子で、八幡山城の城主でありました。

心優しく聡明で、これからの豊臣家に於いて信頼出来る人物のひとりであるのは、間違いありませんでした。


「ねねの言う通り、秀次の地位を更に上げる事にいたそう。仕事は早ければ早い程良い。では、あとは任せたぞ!!」


秀吉はねねにそう言い放つと、老いを感じさせる事もなく颯爽と、部屋を飛び出して行きました。


「私に子が出来さえしていたら……」


その後ろ姿を見届けながら、ねねは寂しそうにポツリと呟きました。
そして、その言葉を打ち消すかの様に頭を左右に小さく振ると、自分もまた、部屋の外へと出ていったのでした。


ふと見ると……

天井の隙間から覗く、目がありました。

そしてその目の持ち主である六郎は、音を立てる事もなく立ち去ったのでした。








「饗庭、まだ怒っているのか?」


茶々は、懐妊を伝えてから道との間に出来た、ギクシャクとした溝に心を痛めていました。

妹達とも別れ、この大坂の地にやってきた茶々にとって、歳の近い道は誰よりも心を許せる、もはや本当の姉妹を超えた間柄でもありました。


「怒ってなどおりませぬ。それが茶々様にとって幸せな事なのかどうか、そう思うておるだけにございます」

「わらわは幸せじゃ」

「茶々様は秀吉様の側室ではございませぬか。もしお腹の子の本当の父親の事が誰かに漏れたりしたら」

「饗庭は何も分かってはおらぬ」

「茶々様こそ!私が心配する気持ちを、全く分かってはおられませぬ!」

「好きな人の子を産んで、何が悪い!」


饗庭は茶々のその言葉に下唇を噛み、両手を小刻みに震わせると、無言で部屋を出ていってしまいました。


そのやり取りを隣の部屋から覗いていた大蔵卿は、心配そうに佇む茶々に「大丈夫だ」と言わんばかりに頷いてみせると、道の後を静かに追いかけて行ったのでした。







「饗庭殿」


背後から大蔵卿に声をかけられた道は、少し罰の悪い素振りをしながらも、ゆっくりと振り返りました。


「これはこれは大蔵卿様、何用でございましょう」

「饗庭殿に、内密にこれを」

「これは……一体?」


道は、右手の中に忍ばされた、小さく折り畳まれた紙の感触に重い不安を受け取りながら、大蔵卿の次の言葉を待ちました。


「それは、ややが出来ぬ薬」

「ややが?」

「饗庭殿には、少しこれから色の任務をお願いしたいと思うております。茶々姫様にややが出来て、面白く思わぬ家もある……ゆえに色々と探って欲しいのです」

「つまり……私に、殿方達と閨を共にせよと?」

大蔵卿は表情ひとつ変えぬまま、今度は道に新たな紙を手渡しました。

「ここに、名を連ねてあります」

道はそれを無言で受け取りゆっくりと開くと、そこに書かれてある武将達の名を目で追いました。

「やってくれますか?」

道の耳元で囁く様に尋ねてきた大蔵卿の言葉に、道は胸が張り裂けそうになりながら、ゆっくりと目を閉じました。


目を閉じた瞼の裏側には、小助と六郎、大天狗や烏天狗と幼き時を修行で過ごした、太郎坊宮の景色が拡がり始めました。

 
「勿論でございます 。私は、忍びでございますから」


大蔵卿は道のその言葉に満足そうに頷くと、「頼みましたよ」という言葉を残して、立ち去っていきました。


道は誰もいなくなったその場所でひとり、暫く目を閉じていましたが、おもむろに渡された薬の包み紙を開くと、一気に口の中へと流し込んだのでした。






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