忍者の子

なにわしぶ子

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3章 真田家

86話~論語~

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「道、淀城に来てから何か辛い事はないか?」


その日、秀吉が茶々に与えた淀城に忍びとしてやってきていた小助が、襖一枚隔てた反対側から道に声をかけました。


「大丈夫……何もないわ……」


道は伏し目がちにそう小さく囁くと、小助は少し間を開けてから小さく折りたたんだ紙を、襖越しに道に手渡しました。


「これは?」

「じじ様からの文だ」

「じじ様の!?」


道は表情を一変させると、急く様にその折りたたまれた紙を開きました。


「これは……一体どういう意味なのかしら」


道はその紙に記された文字を見つめて、固まってしまいました。

異変を察した小助は、辺りを警戒しながら我慢出来ずに襖向こうの道の前へ現れると、道からその紙をもぎ取る様に奪い取ったのでした。


「【道】の文字だけとな………」


小助は、奪い取ったその紙に書かれていた【道】という一文字を凝視していました。

じじ様は何の意図があって、道に敢えてこの文を送ったのだろうか……これが一体、辛い任務に耐えている道に対して何になるというのだろうか……

小助はまとまらない思考を巡らせながら、どう道に声をかけたらいいのかわからなくなっていました。


すると道は子どもの様におどけた笑顔を小助に向けると、小助からその紙を奪い取りました。


「嫌になっちゃう、じじ様は何でもお見通しなのよね」

「どういう事だ?」

「色の任務は辛いだろうって、でもそれをしたとてお前はお前だって、きっとだからこの一文字なんでしょう?」

小助は涙を浮かべながらも朗らかに笑う道に対して、もはやかける言葉が見つかりませんでした。


「道は道だ。俺と六郎と、幼き頃より共に過ごした道に変わりはない」


道はその言葉に少し胸を詰まらせると、胸元から小さく畳まれた文を取り出しました。


「ここに、任務で色々知り得た事はしたためてあるわ。家康様に伝えておいて」

「わかった。俺に任せておけ」


小助は道からその文を受け取ると、辺りを見渡しながら早速そこから立ち去ろうとしました。


「待って!小助!!」

道は小助の左腕を鷲掴みにし身体を引き寄せると、小助の瞳を覗き込む仕草をしました。


「どうした……子供みたいに……」

「正直に言って?私の眼は……濁ってる?」


道はそう言うと、両目を見開いて小助の瞳を凝視しました。小助は暫く道のその瞳を真剣な目で見つめた後、大きく息を吸いながら掴んでいる道の手を右手で離しました。

「少しばかり……濁っておる……かな」

「え!!本当!?ど、どうしよう!!」

「あっはっは!忍びたる者、少し濁ってなくてどうする」

「じゃあ、大丈夫?」

「大丈夫だ」

「絶対に?」

「絶対にだ、安心せい」

「そっか……じゃあまた頑張れるかもしれない」


道の憂いを帯びた横顔を、小助は無言で見守りました。

そしてもうその瞬間、小助の姿はそこにはありませんでした。









「六郎、どうも鶴松様が亡くなったようだ」


茶々の為に秀吉が築城した淀城。
そこで茶々は鶴松という男児を出産し、待望の跡継ぎに沸いた豊臣家でありましたが、鶴松は産まれた頃より病弱で流行病で命を落としたのでした。


「そうですか……豊臣はやはり呪われてますな」


真田信繁(源二郎)から鶴松の死を知らされた六郎は、悲しみに暮れているであろう茶々と、その傍に仕えている道の事を想いました。

「呪い等、六郎は怖い事を申すものだ」

信繁はにこやかに微笑みながらそう言うと、書物を手に取り静かに読み始めました。

「殿は本当に、書物がお好きでありますな」

戦う事を好まない信繁の性分を、六郎は決して嫌いではありませんでしたが、この戦国の世でその性分は命取りになる事をいつも心配していました。


「六郎の言いたい事はわかっておる。ゆえに父上は六郎を傍に置いたのだ」

「勿論、いざとならばこの六郎。殿の影武者となり敵を蹴散らしてみせまする」

「それはとても心強い。ただその心、ひとつ間違えておる」

「間違え………?」


六郎は突如主君から言われたその問いかけに、狼狽しながらもあらゆる答えを探しました。

自分はじじ様からの命で、真田家に潜りこんだ。
されどそれは真田家を滅ぼす為ではない。むしろその逆で真田を守る為、主君である真田信繁をどんな事をしても守り通す為にやってきているのだ。

もし戦とならば、影武者となり信繁を決して死なせたりはしない。真田の血を絶やしたりはしない。




この想いの何処に間違いがあるというのだ

一体、何処に………




六郎は言葉に詰まりながら、目まぐるしく巡り続ける思考の中にいました。


すると真田信繁が、一冊の書物を六郎に手渡してきました。


「これは……?」

「孔子の論語だ」

「論語……」


すると真田信繁は書物を開き、とある一文を六郎に見せてきました。


「子曰く、歳寒くして、 然る後に松柏(しょうはく)の 彫(しぼ)むに後るるを知るなり……殿、これはどういう意味でございますか?」

「 冬になって初めて、松や柏が葉を散らさない事がわかる。 つまり、厳しい状況になって初めて、誰が本当の日ノ本一の兵(つわもの)かがわかるという意味だ」

「うむぅ………殿はいつも難解すぎて困りまする!」


六郎が根を上げていると、真田信繁は愉快そうに笑い始めました。


「悪かった悪かった。つまり、六郎の事を私は影武者とは想うてはおらぬという事だ」

「それは有り難き幸せにございますが、私は殿が日ノ本一の兵になって頂きたいといつも思うておるのです」

「あっはっは、まぁ今にわかる」

「今に?」

「あぁ、誰が日ノ本一の兵かという事が」


真田信繁はそう言うとその場にゴロリと寝そべり、次の瞬間には寝息を立て始めていました。

「全く……殿の性分には困ったものだ」

六郎は愚痴をこぼしながらも、手渡された孔子の論語に目を通し始めたのでした。





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