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3章 真田家
87話~障りの品~
しおりを挟む鶴松が亡くなってからの茶々は、日々を悲しみの中で過ごしていました。その姿を大蔵卿はとても心配し、道もただ黙って傍で見守り続けました。
中でも秀吉の落胆振りは特に激しく、自身の髻を切り落とし、清水寺でひたすらに念仏を唱え、喪に服しておりました。
「どうかお助け下さいませぇえ!あの時、阿古様を助けたではありませぬか!神仏の声を、阿古様を通じて全て聞き届けてきたではありませぬか!豊臣が太平の世を作りまする!必ず約束してみせまする!なので跡継ぎを!!誰の子なんてどうだっていい!浅井の血を引く茶々に!秀吉の子を何とぞ!何とぞー!!!」
両手にかけた数珠をジャラジャラと擦り合わせながら、秀吉はひたすらに祈り続けました。
誰もいない広い本堂で、その悲痛な叫び声は空間を切り裂く様に反響をし、秀吉の身体に降り注ぎました。
「そうだ……跡継ぎが産まれてくるその日まで、豊臣はもっと強くなっていなければ……信長様の様に強く……強く………」
ふらりと立ち上がった秀吉は、だらりと力が抜けたその手から数珠を床へと落としました。そしてその事にも気付かぬ様子で、ふらふらと本堂から出て行ったのでした。
*
「お呼び立てして、申し訳ございませぬ」
人払いされた大政所の部屋へ通された道は、おずおずと大政所に近づいていきました。
「具合は如何ですか?」
大政所は少し前から床に臥せっていて、秀吉は全国の神社に祈祷をその度に依頼していましたが、最近はその効果も薄く、臥せったままだという事は、道の耳にも届いていました。
「今日は、気分がとても良いのですよ」
大政所は微笑みながら床の上に起き上がると、道は心配そうにその身体をそっと支えました。
「それで……私に何のお話でしょう?」
道は大政所と最初に出会った時、生まれ変わる前はお互い浅井の人間であった等、記憶の共有はしていたものの、それからは顔を合わせる事もなく過ごしていました。
「実は少しお願いが……その前に、もう私は長くはないのです」
「その様な気弱な事を……豊臣の為、まだまだ元気でいて下さらねば」
「いえ、私にはわかります。饗庭殿にも視えていらっしゃるでしょう?」
道は大政所の背後に、命が尽きる前に現れる使者が居る事にハッと気づくと、見なかった事にして目を慌てて反らしました。
「いえ、視えませぬ……」
「そうですか……」
大政所はそれ以上話す事はせず、今度は静かに目を閉じると、道の両手をぎゅっと握りしめました。
道は戸惑いながらもされるがまま、その握られた両手の先を見つめ続けました。
「茶々に子がまた生まれるでしょう、そしてそれは男の子」
「そうですね……その様な気が、私も致します」
「そして、その時に私はこの世にはいないのです」
「決してそんな事は……」
「ふふっ………」
大政所は目を静かに開くと、そっと道の両手から手を離し、微笑みをこぼしました。そして、一言こう付け加えました。
「千代鶴様はやはり昔から変わらない方。あなた様にまた会えて本当に良かった」
*
「そして?俺を呼んだのは?」
月明かりに照らされながら、六郎は淀城の道の部屋に忍装束で現れると、ぶっきらぼうにそう言いました。
道は真っ白な寝衣のまま、辺りに人の気配が無いのを確認すると、襖を固く閉じて六郎の前へと座りました。
「実は、大政所様に頼まれた事があるの」
そして、大政所の病があまり良くはなく、先が短いだろうという事。茶々姫に暫くの後、子が生まれそれは男児であろうという事。そして、障りになっている品が大阪城にあるから、それを見つけ、寺で供養をして欲しいという事を伝えたのでした。
「まさか、その呪いの品捜しを俺にやってくれって事じゃないだろうな」
六郎はそれが頼みである事は百も承知で、わざと意地悪く言いました。
「だって、私には他の任務があるもの」
道は膝の上に置いた両手を固く握りしめると、俯きながらそう言いました。
「わかってるさ。それで?その品の目星はついてるの?」
「大政所様は品までは分からなかったみたい。でも私、昨日夢を見たの」
「夢を?」
「えぇ……夢の中では、亡くなった鶴松様が誕生した直後みたいだった。沢山の祝儀の品々が贈られていたわ。そして、その中に蒲生氏郷様から贈られた刀があったんだけど、何故かそこから真っ黒い煙が出ていたの」
「なるほど、信繁様から聞いた事がある。あの刀は確か氏郷殿の祖先である藤原秀郷が、大百足退治に使ったと言い伝えられていた鏃を仕立て直した、由緒のある物だとか何とか」
「何なの?大百足退治って」
「俵藤太物語って書物や、その他の書物にも書かれている有名なお話」
「ふーん………全然わかんない」
道が話についていけず不貞腐れていると、六郎は仕方がないなという様に説明を始めました。
「なるほど!俵藤太って、あの怨霊で有名な平将門を倒した人だったのね!」
「道、声が大きい」
六郎に窘められた道は、慌てて周囲を見渡しました。
「障りと言われる品としては申し分ないな。わかった、後は俺に任せておけ」
「でもそれじゃないかもしれないわ?もう少し良く調べてからでも」
「俺は昔から、道の夢見は信用してるからね、じゃあ道も任務は無理するなよ」
六郎は笑顔で道にそう告げると、音もなく姿を消したのでした。
「信用か……」
道は六郎の居た空間を暫く見つめた後、今日の任務の先へと向かったのでした。
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