忍者の子

なにわしぶ子

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3章 真田家

89話~箱の中身~

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「これは、ひどい……」


箱の中を凝視しながら、小助は思わず唸り声をあげました。


「つまり、そういう事なのね。だから鶴松様は亡くなったんだわ」


道は、箱の蓋を両手で掴んだまま、呆然と固まっている小助にそう声をかけると、蓋を優しくその手から奪い取りました。


「しかし……誕生の祝いの品だというのに、箱の中を誰も改めなかったのだろうか」

「由緒ある品だから見たら罰があたるとか?概ね、そんな所じゃないかしら」

「それにしても、この箱の中に藁人形を入れて贈るとは、蒲生氏郷殿は恐ろしき方だな」


箱の中には、平将門討伐関連の由緒正しき刀の姿など何処にもなく、悪しき念を放ち続ける、五寸釘が打たれた藁人形があるのみでした。

それを暫く見つめながら、小助は自分の顎に手を当てて、苦虫を噛み潰したような顔をしました。


「兎に角、茶々様に世継ぎが生まれるのを良しとしない、そんな方々の仕業なのは間違いないわね」


道はそう言いながらそっと箱に蓋を乗せると、小助と同じく深く考え込みました。


「しかし、こんな事をして?果たして効果はあるのか?木に打ち付けてこその、丑の刻参りではないのか」

「それはもうした上で……じゃないかしら」

「した上で??更にこれを?まさか……」

「それでは足りないくらいの憎しみがそうさせた、そう考えた方が腑に落ちるもの」

「おいおい、そんな怖い事を申すな……冷や汗が出る」


小助は、ごくりと唾を飲み込みながら、窘める様に道の顔を見つめました。

「何だか、嫌になるわね。いくら理由があるにせよ、こんな事が出来る心が芽生えるなんて」

道は箱を布で再びくるみながら、顔を曇らせました。


「それで?これを一体どうする」

「えぇ……じじ様にどうしたらいいか聞いてきてもらえないかしら?どこの寺社が呪詛を解くのに長けているのか」

「あいわかった。では、じじ様に聞いて、俺がこの箱をその寺社へ持っていくとしよう」

持参して来た時とは打って変わって、小助は恐る恐る、そして慎重に、箱へと手を伸ばしました。


カタカタカタカタカタ………


「うわっっ!!箱が、箱が動いている」

小助はいきなり振動し始めた箱に驚いて、思わず後ろへ倒れ込んでしまいました。


道はその異様な光景にどうしていいかもわからず、ただ無言でそれを見つめ続けたのでした。







「それで?その箱はどうしたのだ」


九州から大坂城へと戻ってきた六郎の元へ、早速忍んでやってきた道は、事の成り行きを報告しました。


「じじ様が比叡山に持っていったみたい」

「比叡山に?」

「えぇ、座主に知り合いがいるからとか?また小助がどうなったかきっと教えてくれるはずよ」

「道は、あれから夢を見てはいない?」

「えぇ見ていないわ。しかし藁人形は不気味だった……呪いって本当にあるのね」

「まぁ呪う程の出来事がそこにあったのだろう。菅原道真公も平将門公も崇徳院も、書物を読む限りは、同情する事の方が多いからね」

「そんなものなのかしら。どちらにせよ、茶々様を苦しませる事は許せないけど」

静かに憤る道の姿を、六郎は可笑しそうに見つめながら、これからの豊臣の事を考えていました。


明らかに最近奇行が目立つ様になった秀吉に、不満を募らせている家臣達も多い。
朝鮮出兵も、きっとこのままでは失敗で終わるだろう。

現在、跡継ぎのいない豊臣。
ただ、道や大政所の読みでは近いうちに茶々姫が世継ぎを産むようだ。


今回の事で、障りをおそらく防ぐ術も見つけられよう。
その世継ぎの世をこれから作るのならば、信繁様の力量が多分に生かされるであろう。ただ……


「問題は徳川家康様か……」


六郎は、そう声に出した後、未来に起こるであろういくつかの道に意識を飛ばしました。

そして、ひとつ歯車が狂えば最後。この大坂城が悲惨な結末を迎える事は間違いありませんでした。


「ねぇどうしたの?さっきから独り言ばかり」


道が、不安と不満の気持ちが交錯する表情で問いかけると、突如2人の間を遮る様に、黒い影が降り立ちました。


「びっくりさせるなよ、小助」

「そうよそうよ!大声出しそうになったじゃない!」


ふたりの抗議ににやりと含み笑いをしながら、忍び装束の小助は、その場にどさりと座り込みました。


「いや、少し進展があったのだ。真っ先にお前達に報告したくてな」


小助は懐から地図を取り出すと、道と六郎の前に拡げました。


「これは?龍安寺?」

六郎が地図の隅に書かれた文字を読みながら、首をかしげました。

「あぁ、京にある臨済宗の寺の地図だ。お犬の方様が今はこの龍安寺の鏡容池の畔にある庵、そこで過ごされておる」

「お犬の方様の?お元気でいらっしゃるかしら」

道は懐かしい名前に目を輝かせると、お犬の方の面影を求める様に地図を眺め始めました。

「実は、先日の藁人形の件。じじ様が比叡山に持ち寄った所、この龍安寺の池に纏わる出来事が絡んでいる事がわかったのだ」

「一体、どういう事??」


全く話が読めない道と六郎の顔を交互に見ながら、小助は数回頷くと、力強くこう言いました。


「人身御供の話さ」



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