忍者の子

なにわしぶ子

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3章 真田家

90話~人身御供~

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「つまり……人柱?怖い話なら聞きたくない」


道は両手で両耳を塞ぐと、眉間に皺を寄せながら小助にそう訴えました。

「道、お前は忍びであろう。目を逸らしてどうする」

六郎は苦笑しながら、道の耳に当てられた両手を掴むと、膝の上へ置く様に促しました。


「それで?この龍安寺と先日の障りの品にどんな関係が?」

六郎の問いに、小さく呼応する様に頷いた小助は、静かに語り始めたのでした。







 
遡るは平安時代。

桓武天皇によって造られた都【平安京】
その都で貴族達は、華やかな生活を営んでおりました。

桓武天皇は物の怪をとても恐れ【陰陽道】に力を注いだ天皇で、全国から集めた陰陽師達の”ちから”で、あらゆる苦難を乗り越えていました。

ちからとちからには、必ず歪みが生まれるもの。

穏やかな平和な世を作る為、良かれと施した様々な結界や術は、世を勿論守りもしましたが、その反面、あらゆる魑魅魍魎の住む世界にも風穴を開けてしまい、その弊害による災いも、同時に引き起こしたのでした。


~数年後~


関東に、のちに坂東の虎と呼ばれる平将門という武者が生まれ落ちました。


将門は平氏の名を授けられた高望王の三男、平良将の子で、とても理髪な心優しき若者でありました。

そんな平氏一族の間に争いが起こり、いつしか関東諸国を巻き込む大きな争いへと発展。

いつしか朝敵となった平将門は、藤原秀郷らによって討伐され、日本で初めて梟首となったのでした。


死後、その晒し首となった首が、夜な夜な目を見開いたり、言葉を発したりしたものですから大変です。


「首が身体に戻りたいと言っておる」


将門の首を不憫に思った若者が、晒されていた首を東寺に持ち帰ると、早速身体のある東国へ戻す為、東へ向かう事にしたのでした。


しかし今度は、首が忽然と消えてしまったものですから都は大騒ぎです。

人というのは愚かな生き物で、討てば祟リに怯え、あらゆる策を興じ、そして舌の根も乾かぬうちにまた討つを繰り返すもの。


そんな平将門の祟りを恐れた、当時の朱雀天皇は伯父である藤原忠平の助言もあり、陰陽師を呼び寄せました。


陰陽師の名は、真仁(まひと)と言いました。

真仁は、当時陰陽師の最高位である【陰陽頭】で、平安京のあらゆる事を、若いながらも取り仕切っていた人物でありました。


朱雀天皇の御前に呼ばれた真仁は、意気揚々と語り始めました。


「将門公の祟りを防ごうとするならば、もはや龍神のちからを借りるしか術はありませぬ。将門公には娘が数人居ると聞きます。そのうちのひとりを、鏡容池の龍神に捧げるのです。さすれば祟りを防げましょう」


真仁の言葉を受けて、早速平将門の娘である五月姫に白羽の矢が立つ事となりました。


そうして、平将門の娘は人柱となる事になったのです。






「そんな………」

道は、あまりな話の内容に俯きながら、次の言葉を選べずにいました。


「まぁ、よくある話ではある。人柱となる事を望む者もいるしな」

六郎は道に諭す様にそう語りかけた後、小助の目をまっすぐと見つめました。

「六郎、やはり解せぬか?」

幼き頃の間柄で、語らずとも気持ちを汲み取った小助は、そう言葉を続けました。

「あぁ、それであらばもう障りの話は完結しているはず。それが一体何故、今の世にまで響いておるのだ」

「六郎の言う通りよ、この話には続きがある」

「続き?」

目を丸くしながら、小助にそう問いかけた道は、慌ててまた、両耳を両手で塞ぎそうになりました。

「道……いい加減にせぬか」

六郎の静かに叱る言葉に、道は慌てて両手を膝に置きました。

「何を聞いても驚いたりしないわ!さぁ小助!続けて!」

そんな虚勢を張る道の姿に苦笑しながら、小助は続きの話を語り始めたのでした。






五月姫が人柱となるその日、将門の愛妾で母親でもある桔梗の前も、共に入水すると言い出しました。

桔梗の前は、将門が討たれてすぐ出家しており、幼き我が子ひとりを生贄に等出来ぬ、ならば共に召された方がましだと、鏡容池の前で泣いて訴えたのでした。


ただ人柱にも掟があり、未婚女性でなくてはなりません。

困った朝廷は、共に入水する事は拒まぬものの、必ず五月姫を龍神に差し出してから、後を追う事。それならば許すと桔梗の前に告げたのでした。


つまり、我が子が目の前で死ぬ様を、母親に見届ける様突きつけたのです。

そしてそれが、更なる憎悪を生み出す事からは目を逸らし、人身御供の儀式さえ執り行えば、未来は安泰だと、そんな浅はかな考えの中、儀式をする道へと突き進んでいったのでした。


儀式の日は、とても晴れた日でした。


鏡容池のほとりで、紫色の尼頭巾に水色の着物を着た桔梗の前は、五月姫の黒髪を優しく撫でました。

「母君様、石をこんなに沢山……衣に入れないといけないのですか?重くて重くて歩けませぬ……」

「大丈夫じゃ、この池の奥底の竜宮城に行くには少しだけ、石の重さが必要なのです」

「竜宮城?そこは素敵な所?」

「えぇそれはもう、平安京よりも素晴らしい都ですよ」

「早く行きたいなぁ」


真っ白い着物を着た五月姫の無邪気な笑顔に、桔梗の前は、胸が締め付けられる想いに駆られました。


「桔梗の前様、時にございます」


沢山の供え物で作られた祭壇と、唱えられる祝詞の中で、五月姫は池に飲み込まれる様に消えていきました。

そして、桔梗の前も手を合わせながら、娘の後を追って池の中へと足から真っ直ぐに飛び込みました。

その瞬間、あんなに晴れていた空に暗雲が立ちこめると雷が鳴り響き始め、池の中央に真っ直ぐと爆音を打ち鳴らしながら、雷光が落ちたのでありました。


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