六畳半のフランケン

乙太郎

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宇宙人?の奇跡

経過観察。

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「やぁ、おはよう。」

テレビのフォーマルな音声。
止むことはない。

「今日のニュースは何があったんだい?」

見つめ返される。
返答はない。

「……しっかり寝てるかい?」

彼女に目の隈はない。
むしろその肌はかつて僕に見せたほどがないほど
血色がいい。

軽く微笑んで頭を撫でた後、敷布団をたたみ
かつての主の置き土産であるちゃぶ台をセット。
たどたどしく朝食に取り掛かる。
冷蔵庫の中身を確認。
とは言っても材料もろくになければ技術もない。
真上で換気扇のまわる調理スペース。
皿洗いぐらいでしかボクはここに立ったことはなかった。

「料理男子になる、今後の課題だね。」

一人苦笑いを浮かべてゴムパッキンの
密閉を押し込んだ。

鶏肉と目玉焼き。
コンロに火を灯し、サラダ油をひと垂らし。
加熱したフライパンにささみ肉。
醤油とみりん、一匙の砂糖で甘辛く。
完成品を平皿に移してそのまま卵を割り入れる。
端っこが茶色にカリッとなるぐらいが好みだ。
最後にパックサラダを半分づつ盛り付けて出来上がり。

「さぁ、ご飯にしようか!」

肩に手を添えてテレビから引き剥がす。

「いただきます。」

「………」

ボクは、このひとときが、好きだ。

両手を合わせて彼女の顔を覗き込む。
彼女が此方の意に気付いたのか、両の手のひらを見つめ、
これでいいのか?と此方を伺いながら合掌する。

彼女が今まで通り朝を共有してくれるから。

酔に浸るような危うい選択を選び、一歩を踏み出したあの日。
奇跡的に衣食住を手に入れた僕らにとって
同じように訪れる朝に感謝するこの時間は
かけがえのない幸せを手に入れたことの象徴だったのだ。

とはいえ。

箸を一本づつ両手に握りしめてフリーズしている彼女。
彼女の口元に食事を運び、大仰に顎を使って
咀嚼するしぐさを見せて飲み込みを促す。

かつての日々を取り戻すのには時間がかかりそうだ…


作業服に袖を通しながら定位置に戻った彼女に話しかける。

「明日あたり休日なんだ。」

カレンダーを眺めながら、なるべく自然に。

「またドライブに行こうか。」

反応は、ない。

彼女と奇妙な生活を続けて数日。
自分なりに調べて分かったことがある。
まず彼女は話せないということだ。
これは当然、医者でなくても気づく。
控えめな性格ながらも些細な話題で
笑い合えていたあの頃とはまるで違う部分。

しかしながら、朗報もまたすこし。
彼女は話せないだけ、であって
言語を理解できないというわけではないらしい。
最初、彼女が代わり代わりに切り替えていたチャンネル。
最初は無差別に選択しているようであったが
最近は整った喋り方をする報道番組を
好んで視聴している様が見てとれる。

つまりは彼女はその差異を感じ取っているということ。
脳に深刻な不治の障害を負って言語機能を
損なった訳ではなく、失語症に似た状態に陥り、
一時的に言葉が喋られなくなっているようだ。
食事風景がそうであるように此方を模倣する仕草もあり
少しずつ彼女とのコミュニケーションにも慣れてきている。

ーーー、問題は。
彼女が意思表示を一向にしない、ということだが。

さらには彼女の体調が病気を患っていた頃より健康的であること。
脈拍、血色、体つき。
どれをとっても模範的な一般女性のそれだ。

鬱屈した空虚に、思いを馳せる。
百合音を失ったあの日を、思い返す。

百合音は確かに。
たし、か、に……

非合理、非条理、非現実。
一瞬、世界が傾きかける。
が、しかし。

「構うもんか…」

力強く、踏みとどまる。
大切なのは、彼女は今こうして、

自然体の柔さを帯びたその背中を見やる。
その生命に、かつて感じた強張った物体感はない。

蒼ヶ峰百合音は、生きている。
その事実だけだ。

「今日も、行ってくるよ。」

後ろから華奢な肩を抱きすくめる。

不意に、視界に入る例のイブツ。
最後に。
普段は髪に隠れて見えないが、


生き返った彼女のこめかみには、
電極の様な、小さな金属製の突起物が付いている。
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