ロザリア

乙太郎

文字の大きさ
1 / 1

introduction

しおりを挟む
コツコツコツ…

「やぁ…ご機嫌よう。」

痩身の男に呼びかける。

「どうですか…彼女の様子は…?」

眼鏡をかけた男は振り返ろうともしない。
ガラスのショーケースに片手を置いて
返事もないままに視線をソレに送っている。

修道服の老人は呼びかけを続ける。
東洋人の態度にいっさいの反感を抱かずに。

「我々も長いこと彼女の管理を続けていますから
さまざまな来訪者を見てきましたが…
貴方が初めてですよ。
開館から閉館まで彼女を立ちっぱなしで眺め続ける方は…
それも飲まず食わずで…」

男の表情はピクリとも動かない。
精巧な蝋人形だと偽っても誰も疑わないであろう。

「すみません。此方の展示スペースは
これにて一旦の閉鎖とさせてもらいます。」

そこに割って入る若い従業員。
教会の信徒ではない。
訪れる観光客のためのアルバイトである。

「…何だ。このチャイニーズ、
イタリア語通じねぇのかよ。」
「いけませんよ。信心深いお客様に
その様な口を聞いてしまっては…」

ため息を吐く若者。
すっかり観光名所扱いの教会。
しかしながら普段の夕方は客足が
すっかり途絶えてひっそりとしてしまう。
ここ、カプチン・フランシスコ教会は
上流リゾートのシチリア島にあるが故に
殆どの観光客は些細な通過点としてこの教会を捉え
昼ごろに観光を済ませてしまうからである。

「はぁ…いつもならとっくに早帰りなのによ。」

東洋人の前方にまわって多国言語で記された
プラカードでもって視界を遮る。

ほんのり怪訝な表情を浮かべ
ようやっと男は覗き込む前傾姿勢を正した。

「うちの従業員が申し訳ございません…
なにぶん歳若く、いまだ思慮の浅いもので…」

初めて痩身の東洋人が神父を振り返る。
よく見れば顔つきが中国人のそれではない。
何処か、教えに殉じる者とも違う
浮世離れした風貌を老齢の神父は感じ取った。

「どうでしょう…ニホンのお方…
彼女、展示スペースはこれにて閉鎖ですが
教会は迷える人々をいついかなる時も受け入れております…
この機に礼拝堂にて祈りを捧げられては?…」

主を讃える正教会にて。
この様な表現は相応しくはないかもしれないが。

何処か風格を醸す男は
初めて口を開き流暢なイタリア語で毅然と答えた。

「お気遣い感謝いたします。
しかしながらワタシにその資格は無いかと。
なにぶん、この身は無神論者に類するものですから。」

罰の悪そうに頭を掻く若者。
プラカードを持って早々にその場を後にする。


痩身の日本人は。
去り際、今一度覗き込む。


聖遺物とさえ評される
かのミイラ、少女ロザリアは。
100年もの静止した時の中。
今日も今日とて現世うつしよ幽世かくりよの狭間を微睡んでいる。




しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

処理中です...