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introduction
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コツコツコツ…
「やぁ…ご機嫌よう。」
痩身の男に呼びかける。
「どうですか…彼女の様子は…?」
眼鏡をかけた男は振り返ろうともしない。
ガラスのショーケースに片手を置いて
返事もないままに視線をソレに送っている。
修道服の老人は呼びかけを続ける。
東洋人の態度にいっさいの反感を抱かずに。
「我々も長いこと彼女の管理を続けていますから
さまざまな来訪者を見てきましたが…
貴方が初めてですよ。
開館から閉館まで彼女を立ちっぱなしで眺め続ける方は…
それも飲まず食わずで…」
男の表情はピクリとも動かない。
精巧な蝋人形だと偽っても誰も疑わないであろう。
「すみません。此方の展示スペースは
これにて一旦の閉鎖とさせてもらいます。」
そこに割って入る若い従業員。
教会の信徒ではない。
訪れる観光客のためのアルバイトである。
「…何だ。このチャイニーズ、
イタリア語通じねぇのかよ。」
「いけませんよ。信心深いお客様に
その様な口を聞いてしまっては…」
ため息を吐く若者。
すっかり観光名所扱いの教会。
しかしながら普段の夕方は客足が
すっかり途絶えてひっそりとしてしまう。
ここ、カプチン・フランシスコ教会は
上流リゾートのシチリア島にあるが故に
殆どの観光客は些細な通過点としてこの教会を捉え
昼ごろに観光を済ませてしまうからである。
「はぁ…いつもならとっくに早帰りなのによ。」
東洋人の前方にまわって多国言語で記された
プラカードでもって視界を遮る。
ほんのり怪訝な表情を浮かべ
ようやっと男は覗き込む前傾姿勢を正した。
「うちの従業員が申し訳ございません…
なにぶん歳若く、いまだ思慮の浅いもので…」
初めて痩身の東洋人が神父を振り返る。
よく見れば顔つきが中国人のそれではない。
何処か、教えに殉じる者とも違う
浮世離れした風貌を老齢の神父は感じ取った。
「どうでしょう…ニホンのお方…
彼女、ロザリアの眠る展示スペースはこれにて閉鎖ですが
教会は迷える人々をいついかなる時も受け入れております…
この機に礼拝堂にて祈りを捧げられては?…」
主を讃える正教会にて。
この様な表現は相応しくはないかもしれないが。
何処か神がかった風格を醸す男は
初めて口を開き流暢なイタリア語で毅然と答えた。
「お気遣い感謝いたします。
しかしながらワタシにその資格は無いかと。
なにぶん、この身は無神論者に類するものですから。」
罰の悪そうに頭を掻く若者。
プラカードを持って早々にその場を後にする。
痩身の日本人は。
去り際、今一度覗き込む。
聖遺物とさえ評される
かのミイラ、少女ロザリアは。
100年もの静止した時の中。
今日も今日とて現世と幽世の狭間を微睡んでいる。
「やぁ…ご機嫌よう。」
痩身の男に呼びかける。
「どうですか…彼女の様子は…?」
眼鏡をかけた男は振り返ろうともしない。
ガラスのショーケースに片手を置いて
返事もないままに視線をソレに送っている。
修道服の老人は呼びかけを続ける。
東洋人の態度にいっさいの反感を抱かずに。
「我々も長いこと彼女の管理を続けていますから
さまざまな来訪者を見てきましたが…
貴方が初めてですよ。
開館から閉館まで彼女を立ちっぱなしで眺め続ける方は…
それも飲まず食わずで…」
男の表情はピクリとも動かない。
精巧な蝋人形だと偽っても誰も疑わないであろう。
「すみません。此方の展示スペースは
これにて一旦の閉鎖とさせてもらいます。」
そこに割って入る若い従業員。
教会の信徒ではない。
訪れる観光客のためのアルバイトである。
「…何だ。このチャイニーズ、
イタリア語通じねぇのかよ。」
「いけませんよ。信心深いお客様に
その様な口を聞いてしまっては…」
ため息を吐く若者。
すっかり観光名所扱いの教会。
しかしながら普段の夕方は客足が
すっかり途絶えてひっそりとしてしまう。
ここ、カプチン・フランシスコ教会は
上流リゾートのシチリア島にあるが故に
殆どの観光客は些細な通過点としてこの教会を捉え
昼ごろに観光を済ませてしまうからである。
「はぁ…いつもならとっくに早帰りなのによ。」
東洋人の前方にまわって多国言語で記された
プラカードでもって視界を遮る。
ほんのり怪訝な表情を浮かべ
ようやっと男は覗き込む前傾姿勢を正した。
「うちの従業員が申し訳ございません…
なにぶん歳若く、いまだ思慮の浅いもので…」
初めて痩身の東洋人が神父を振り返る。
よく見れば顔つきが中国人のそれではない。
何処か、教えに殉じる者とも違う
浮世離れした風貌を老齢の神父は感じ取った。
「どうでしょう…ニホンのお方…
彼女、ロザリアの眠る展示スペースはこれにて閉鎖ですが
教会は迷える人々をいついかなる時も受け入れております…
この機に礼拝堂にて祈りを捧げられては?…」
主を讃える正教会にて。
この様な表現は相応しくはないかもしれないが。
何処か神がかった風格を醸す男は
初めて口を開き流暢なイタリア語で毅然と答えた。
「お気遣い感謝いたします。
しかしながらワタシにその資格は無いかと。
なにぶん、この身は無神論者に類するものですから。」
罰の悪そうに頭を掻く若者。
プラカードを持って早々にその場を後にする。
痩身の日本人は。
去り際、今一度覗き込む。
聖遺物とさえ評される
かのミイラ、少女ロザリアは。
100年もの静止した時の中。
今日も今日とて現世と幽世の狭間を微睡んでいる。
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