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お仕事開始
5.
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――翌日、出社2日目。
出社早々、私は人事部のフロアに足を運んだ。
昨日渡された書類を提出するためだ。
書類に住所を書くにあたって、同じ住所で書いて提出しても大丈夫かを篠宮さんに尋ねると、「嘘は書けないでしょ?」と言われてしまった。
それはそうだけど……、これは、まずくないのかな……。
人事の人も、住所を見て、気付いたりしないない、よね……?
昨日書類を手渡してくれた奥瀬さんのデスクへと足を進めた。
「奥瀬さん、おはようございます。昨日いただいた提出書類をお持ちしました」
「おはようございます。えっと、一応確認するので……あっちの打ち合わせ室に」
知的だけど優しい笑顔の奥瀬さんは、プライバシーの問題もあるので、と言って、フロアの隅にある小さな打ち合わせ室へと私を誘導した。
この打ち合わせ室は半透明のガラスで仕切られていて、誰が使用しているかまでは分からないものの、誰かがその部屋を利用している事は分かるぐらいには透けて見えるような作りになっている。
「どうぞ、かけて」
「はい」
促されて、私は奥瀬さんの向かい側に座る。
奥瀬さんはテーブルに書類を並べ、内容に不備がないかチェックを始めた。
「……若月さん」
「はい。何か、不備があったでしょうか……?」
「……この住所、合ってる?」
「え……?」
書類に目を通すために少し俯いたまま視線だけを私に向ける奥瀬さんと、目が合った。
さっきまでの穏やかな優しい表情とは真逆の鋭い瞳に、思わず戸惑ってしまう。
「この住所……俺の記憶違いでなければ、篠宮専務の自宅なんだけど」
「……あ、の…………」
まさか人事部の担当者が、篠宮専務の自宅住所を詳細に覚えているなんて……。
混乱して何も答えられないうちに、奥瀬さんは冷ややかな瞳を私に向けていた。
「それと……」
え、まだ何かある……?
「俺のこと、覚えてる?」
「……え?」
「……覚えてないんだ」
「あの、人事部の、奥瀬さん、ですよ、ね……?」
奥瀬さんは書類から顔を上げ天井を仰ぎ見て、右手で額を押さえる。
「まぁ、そうだよなぁ……」
「え、あの、以前どこかで、お会いしましたか……?」
「……守られてたもんなぁ、若月」
「まも、られ……?」
奥瀬さんは、はぁ、とため息を吐いて、「高3の時、一応同じクラスだったんだけどな」と呟いた。
「え……、ええ?」
コウサン、高3、高校三年生……?
高校の同級生……、おくせくん、オクセクン、奥瀬くん…………?
「…………あ、」
「……思い出した?」
「い……、いいんちょう……」
「はは、それだ」
「えええっ、」
高校三年生――。
あの頃の私は、確かに、守られていた……。
みんなに守られなければ、私は……。
だから………………
「思い出してもらったところであれなんだけど。住所の件、聞いて良い?」
……あぁ、そうだった、クラス委員長の奥瀬くんと言えば、確かに記憶力は抜群だった。
クラス委員長を任されるぐらいの人望と明晰な頭脳を合わせ持った人物だったことを、すっかりと思い出してしまった。
どうしよう……。
人事部にいれば、役員の住所を目にする機会はゼロと言うわけではないだろう。
プライバシー保護とかコンプライアンスなんてものが厳しい昨今では、個人情報を目撃する機会は減っているとは思うけど、部署が部署だけに、皆無というわけではないだろう。
「同じ住所ってことは、一緒に住んでるってこと?」
「……えっと、…………」
篠宮さんから一緒に住んでることについて言及することの許可は、得ていない。
私が言葉を濁すと、奥瀬くんは小さなため息を吐いて「住んでるのか……」と呟いた。
否定したいけれども、言葉が出ない。
「あ、の……、」
「なに? 付き合ってるってこと?」
「えっと、それは違うんだけど……」
「付き合ってないのに、一緒に住んでるんだ?」
「えっ? あの、それはその、ちょっと色々事情があって……」
「……愛人?」
「……は?」
「……ごめん何でもない」
いやいや、何でもない、ってこと無いよね?
『愛人?』って言ったよね?
……愛人なわけ、ない。
だって、篠宮さんは私の事なんて、きっと眼中にない。
“愛人”って、身体で繋がってる関係ってことだよね?
私と篠宮さんは、心も、身体も、……残念ながら、何の繋がりもない……。
「まぁいいです。間違いが無いなら、受理して、処理します。お疲れ様でした」
奥瀬くんは少し前までと声のトーンを変えて、冷たく言い放った。
「あの、」
「もう戻っていただいて結構です。お疲れ様でした」
そう言われてしまえば、私はもう席を立つしかなかった。
頭を下げて、打ち合わせ室を後にするしかない……。
打ち合わせ室の扉を閉める前に一度振り返ったけれど、奥瀬くんは書類に目を落としたまま、こちらを見ることはなかった。
もしかするとこれは、問題ありの展開なのでは……?
出社早々、私は人事部のフロアに足を運んだ。
昨日渡された書類を提出するためだ。
書類に住所を書くにあたって、同じ住所で書いて提出しても大丈夫かを篠宮さんに尋ねると、「嘘は書けないでしょ?」と言われてしまった。
それはそうだけど……、これは、まずくないのかな……。
人事の人も、住所を見て、気付いたりしないない、よね……?
昨日書類を手渡してくれた奥瀬さんのデスクへと足を進めた。
「奥瀬さん、おはようございます。昨日いただいた提出書類をお持ちしました」
「おはようございます。えっと、一応確認するので……あっちの打ち合わせ室に」
知的だけど優しい笑顔の奥瀬さんは、プライバシーの問題もあるので、と言って、フロアの隅にある小さな打ち合わせ室へと私を誘導した。
この打ち合わせ室は半透明のガラスで仕切られていて、誰が使用しているかまでは分からないものの、誰かがその部屋を利用している事は分かるぐらいには透けて見えるような作りになっている。
「どうぞ、かけて」
「はい」
促されて、私は奥瀬さんの向かい側に座る。
奥瀬さんはテーブルに書類を並べ、内容に不備がないかチェックを始めた。
「……若月さん」
「はい。何か、不備があったでしょうか……?」
「……この住所、合ってる?」
「え……?」
書類に目を通すために少し俯いたまま視線だけを私に向ける奥瀬さんと、目が合った。
さっきまでの穏やかな優しい表情とは真逆の鋭い瞳に、思わず戸惑ってしまう。
「この住所……俺の記憶違いでなければ、篠宮専務の自宅なんだけど」
「……あ、の…………」
まさか人事部の担当者が、篠宮専務の自宅住所を詳細に覚えているなんて……。
混乱して何も答えられないうちに、奥瀬さんは冷ややかな瞳を私に向けていた。
「それと……」
え、まだ何かある……?
「俺のこと、覚えてる?」
「……え?」
「……覚えてないんだ」
「あの、人事部の、奥瀬さん、ですよ、ね……?」
奥瀬さんは書類から顔を上げ天井を仰ぎ見て、右手で額を押さえる。
「まぁ、そうだよなぁ……」
「え、あの、以前どこかで、お会いしましたか……?」
「……守られてたもんなぁ、若月」
「まも、られ……?」
奥瀬さんは、はぁ、とため息を吐いて、「高3の時、一応同じクラスだったんだけどな」と呟いた。
「え……、ええ?」
コウサン、高3、高校三年生……?
高校の同級生……、おくせくん、オクセクン、奥瀬くん…………?
「…………あ、」
「……思い出した?」
「い……、いいんちょう……」
「はは、それだ」
「えええっ、」
高校三年生――。
あの頃の私は、確かに、守られていた……。
みんなに守られなければ、私は……。
だから………………
「思い出してもらったところであれなんだけど。住所の件、聞いて良い?」
……あぁ、そうだった、クラス委員長の奥瀬くんと言えば、確かに記憶力は抜群だった。
クラス委員長を任されるぐらいの人望と明晰な頭脳を合わせ持った人物だったことを、すっかりと思い出してしまった。
どうしよう……。
人事部にいれば、役員の住所を目にする機会はゼロと言うわけではないだろう。
プライバシー保護とかコンプライアンスなんてものが厳しい昨今では、個人情報を目撃する機会は減っているとは思うけど、部署が部署だけに、皆無というわけではないだろう。
「同じ住所ってことは、一緒に住んでるってこと?」
「……えっと、…………」
篠宮さんから一緒に住んでることについて言及することの許可は、得ていない。
私が言葉を濁すと、奥瀬くんは小さなため息を吐いて「住んでるのか……」と呟いた。
否定したいけれども、言葉が出ない。
「あ、の……、」
「なに? 付き合ってるってこと?」
「えっと、それは違うんだけど……」
「付き合ってないのに、一緒に住んでるんだ?」
「えっ? あの、それはその、ちょっと色々事情があって……」
「……愛人?」
「……は?」
「……ごめん何でもない」
いやいや、何でもない、ってこと無いよね?
『愛人?』って言ったよね?
……愛人なわけ、ない。
だって、篠宮さんは私の事なんて、きっと眼中にない。
“愛人”って、身体で繋がってる関係ってことだよね?
私と篠宮さんは、心も、身体も、……残念ながら、何の繋がりもない……。
「まぁいいです。間違いが無いなら、受理して、処理します。お疲れ様でした」
奥瀬くんは少し前までと声のトーンを変えて、冷たく言い放った。
「あの、」
「もう戻っていただいて結構です。お疲れ様でした」
そう言われてしまえば、私はもう席を立つしかなかった。
頭を下げて、打ち合わせ室を後にするしかない……。
打ち合わせ室の扉を閉める前に一度振り返ったけれど、奥瀬くんは書類に目を落としたまま、こちらを見ることはなかった。
もしかするとこれは、問題ありの展開なのでは……?
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