嘘は溺愛のはじまり

海棠桔梗

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一緒に微睡む

4.

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「ん……」

 寝返りを打とうとして、いつもと違う不自由さに、徐々に覚醒していく。
 なんだか、やけに暖かい。

 外はまだ真っ暗で、まだ起きる時間では無さそうだ。
 目覚まし時計も鳴っていないから、もう少し微睡もう……。そう考えて、もう一度寝返りを試みる。

「……あ、」

 そうしてようやく、寝返りが出来なかった理由に思い当たる。
 自分の身体に巻き付いた太く逞しい腕を見つけて、私は我に返った。

 え、ど、どっ、どうしよう、なんか、抱き締められてる……!?

 ――確かに、一緒に、寝た。

 それも、ベッドの、端と端で。
 それなのに……。

 しかし自分の寝ている場所を確認すると……明らかに私が伊吹さんの領域に越境していたのだった。

 えええっ、うそでしょ……?
 私、寝相悪すぎるんじゃない!?

 さっきまで心臓がドキドキして、きっと顔が真っ赤だったに違いないのに、今度はサーッと青ざめるのが自分でも分かる。
 じ、自分の領域に戻りたい……。
 でも、後ろから抱き締められるように伊吹さんの腕が私に巻き付いているから、動くに動けなかった。

 出張で疲れているであろう伊吹さんを起こしたくない。
 でも、この状況は……正直まずい、と思う……。

 どうするか激しく悩んでいる私の後ろから、伊吹さんの規則正しい寝息が聞こえる。

 こんな……、こんなしあわせなことって、ある……?
 好きな人に抱き締められて目が覚めるなんてこと……。

 はぁ、と小さく息を吐き出す。
 胸がいっぱいだ。
 ぎゅっと目を瞑って、伊吹さんの体温を背中全体で感じる。
 身動きできない不自由さをしあわせだと感じるなんて、と、私は思わず小さく笑った。

「なにか、楽しい夢でもみた?」

 不意に真上……いや、真後ろ? から囁かれて、私の心臓がドキリと跳ねた。

「えっ、あのっ……」
「……あったかい」
「あ、あの、ごめんなさい、私、越境して、」
「うん……俺もごめん、結麻さんの体温が心地よくて、抱き締めてしまった」
「……っ」

 ごめんなさい、お手上げです。
 いろいろ経験値のない私は、どうしたら良いのかさっぱり分からなくて、固まったままドキドキと煩い心拍を痛いぐらいに感じるだけだ。

「起きるにはまだ早いよから、もう少し寝よう?」

 いつもよりずっと近くで聞こえる伊吹さんの低い声。
 寝起きだからか、少し掠れてる。
 ……それがまた一層セクシーで、胸がキュンとなる。

「あ、の、私、自分のところに、」
「暖かくて気持ち良い……。もう少しこのまま寝たい。……だめ?」
「え、っと、あの……」
「……ん、おやすみ……」

 私の返事を聞くことなく、伊吹さんは再び微睡み始めたようだ。
 今回の出張のスケジュールはかなりタイトだと専務秘書の笹原さんから聞いていた。
 一日にいくつもの交渉や会食をこなす。
 ひとつの不注意で全てが台無しになる可能性だってある世界だ、順調に進んだとしても、体力も神経もかなりすり減らしただろう。

「――出張、お疲れ様でした」

 私を抱き締める腕にそっと手を添えて、起こしてしまわないように口の中で小さく呟く。
 そして、私も再び、ゆっくりと眠りに落ちた――。


 次に目を覚ましたのは、もうすっかりと夜が明けきった頃だった。
 外の明るさに驚いて、一気に覚醒する。

「っ!?」

 やっぱり伊吹さんに抱き締められていて驚くが、それどころじゃない。
 昨晩は私がちょっと強引に伊吹さんのお母様に泊まっていただいた。
 起きて、朝食の準備をしなければ……!
 伊吹さんの腕から抜け出そうと、もがく。

「……ん、結麻さん、おはよう」
「おはようございます。あの、私、起きないと……っ」
「んー、……ああ、そうだ。母なら、帰りました」
「……えっ?」

 伊吹さんの言葉に驚いて私が思わず身体を捩って振り返ると、微笑む伊吹さんとごく間近で目が合う。
 起き抜けのはずなのに伊吹さんは相変わらず綺麗で……思わず一気に顔に熱が集まった。

「邪魔しちゃ悪いからって言って、朝一番で帰りましたよ。だから、もう少し寝ていても大丈夫です」
「えっ、わ、わわっ」

 後ろから抱き締められたまま振り返っていた体勢を、伊吹さんの手によってぐるりと反転させられ、今度は向かい合った状態でギュッと抱き締められる。

 え、えええっ……!?

「あ、の、伊吹さん……っ」
「……ん、もしかして、お腹、空いた?」
「いえ、そうじゃなくて……」

 こんな状況で、空腹なんてどこかへ行ってしまった。
 腕枕状態で、ぎゅーっと抱き締められていて……。
 呼吸をする度に伊吹さんの匂いがして、くらくらしそうになる。香水とかじゃない、落ち着く匂い……。

「……結麻さん、あのね」
「は、い」
「こうやって眠ると、すごくよく眠れるから……」

 伊吹さんはギュッと抱き締めていた体勢を少しだけ緩めて、私の頭にコツンと自らの頭をくっつける。
 か、顔が、近すぎて、目を開けられない……っ!

「これから、一緒に寝て欲しいんだけど、……だめ?」
「……えっ!?」

 驚きすぎて思わす目をパチリと開けると、すぐ目の前に私を見つめる伊吹さんの深い瞳と出会う。

「結麻さんには、安眠効果でもあるのかな。すごくぐっすり眠れた。だから……だめ?」

 私の表情を窺うように、じっと覗き込まれて……。
 断れるわけなんか、ない……。

「あの、……伊吹さんが、よく眠れるの、なら……」
「……ありがとう、良かった。嬉しいよ」

 伊吹さんがそれで安眠できるというのなら、私に断れるはずなど、ない。

 こうして、どんどん、自分の首を絞めることになっていくのだった――。
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