上 下
29 / 89

三日目(その六)

しおりを挟む


 あー、またやってしまったのかも。
 だって、カッコいい錬の隣にいる自分が……ひどく貧相な気がして。
 そんなことを考えながら目を閉じ、上を見上げていると急におでこが生温かくなる。

「ひゃっ」

 慌てて目を開けると、錬がペットボトルを持って立っていた。

「ほら、あったかい飲み物がいいんだろ? ユリは」

 そう言って温かいミルクティーを差し出してくれる。

「それでよかった?」
「うん、ありがとう」

 錬の優しさに、また少し、胸が熱くなった。

「さて」

 錬は持っていたバスケットをテーブルに乗せ、蓋を開ける。すると、中にはなんとも見事なサンドウィッチが並んでいた。

「えー、なにこれ、すごい! もしかして……環くんの手作り?」
「ああ、アイツ、朝から張りきって作ってたぞ」

 ロースハム、チーズ、スクランブルエッグにカツまで、いろいろある! 彩りでレタス、キャベツも忘れていない。
 しかも可愛いクッキングシートでひとつずつ包まれていて、食べやすくしてくれてあるのがまた嬉しい。

「うそー、すごいよ、すごすぎるぅ」

 そしてサンドウィッチに紛れて、チョコがトッピングされたカップケーキが入っている。

「あー、これ、もしかして昨日作った蒸しケーキかなあ」

 昨日はふたりの様子がおかしいことに気を取られ、すっかり忘れていた。

「ふふ、これもやっと、食べられる」
「じゃあ、食べるぞ」
「うんっ!」

 環くんのサンドウィッチもケーキも、食べるとなぜだかほんわか温かく感じた。


   * * * * * *


 おいしくサンドウィッチをいただいた私たちは、もう一度露店を通って帰ることにした。

「ねー、錬。なんで今日、環くんは来なかったの?」
「昨日、環とユリがふたりきりだったろ? だから、今日は俺とふたりで出かけてこいって」
「ふーん、そう」

 環くんなりに、またいろいろ考えを巡らせてくれたのかな。
 ふと、右手に感触を感じる。錬の左手だ。
 気のせいか、来たときよりも強くギュッと握られている気がする。
 顔は見れない。恥ずかしい。
 それに、なにか変なことをして嫌われたら怖い。
 どうしよう、錬のことが、愛おしくて仕方ない。
 ーーん? 愛おしい?
 いやいや、おかしいおかしい。おかしいからね!
 自分でツッコミを入れたーーそのとき。

「誰かーっ! 助けて! 引ったくり……私の、バッグ……」

 近くで女性の声が聞こえた。

「なんだ、今の」

 錬が私を庇うように前に出る。
 アレだっ!
 錬を押しのけ走り出す。

「おいっ、ユリ!」

 一台の自転車が、猛スピードでこっちに向かって走ってくる。
 運転している男の手には、先ほどの声の女性から奪ったであろう、ショルダーバッグが握られている。

「ユリ、待てって!」

 すぐに追いついた錬が肩を引き止める。

「錬、危ないから下がって……」

 そう言いながら、ふと錬の手元が目に入るーー

「これ貸してっ!」
「えっ⁉︎」

 サンドウィッチの入っていたバスケットを奪い取ると、思いっきり錬を突き飛ばす。

「離れててっ!」

 数メートル先でバランスを崩した錬が叫ぶ。

「……っ、ユリ! 危ないっ!」
「どけーっ、そこの女!」

 自転車がぶつかるーーその瞬間、タイミングを間違わないように素早く避けると、手にしたバスケットを思いっきり振り回した。



しおりを挟む
1 / 2

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

虹色浪漫譚

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:5

ゾウの鼻が長い訳

児童書・童話 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

妖狐

キャラ文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:12

若者は大家を目指す

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:6

処理中です...