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一年後(その三)

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 扉をゆっくり開けると風除室ふうじょしつがあり、もう一枚扉が現れる。
 深呼吸してその扉を開けると、カランコロンと可愛い音が鳴った。

(誰も……いない)

 広さは二十畳……十坪くらいだろうか。
 正面にある低めのカウンターは大きなL字型の木のテーブルで、手前と左奥で八席の椅子が並んでいる。椅子はどれも少しくすんだ薄めのブルーで、濃いめの木の色と雰囲気が合っていてオシャレだ。
 カウンターの天井には吊り戸棚があり、横に付いている小さなランプがそれぞれ優しい光を放っている。中のカウンターとテーブルの上にある様々な色、形のボトルたちが、よりオシャレ感と暖かみを出しているように感じる。
 左の壁際にはふたつの小さなテーブル席があり、その足元に置かれている手荷物入れのカゴが可愛い。
 テーブル席の手前、つまり入り口の左には上着をかけられるハンガーがあり、お客さんにとっては嬉しい配慮だろう。
 決して広くはないが、店全体が優しく暖かな雰囲気に包まれていて、どこかあの部屋に似ている。
 そう、去年の今ごろに出会った彼らと四日間……正確には三日間と少しだけ、過ごしたあの部屋に。

「ご予約の方ですか?」

 懐かしく甘い声がカウンターの奥から聞こえる。
 顔を向けると、ひとりのイケメン男性が奥から出てくる。
 年齢は二十二歳、身長一七九センチ、細身な体つきに長い手足。サラリとしていた黒髪はくせ毛っぽいウェーブに変わり、全体的に短くなりちょっとワイルド感が増した雰囲気だ。
 服装は白の半袖Tシャツ、黒のパンツに黒白のスニーカー。そして、濃い青のエプロンを身につけている。お店の制服だろうか。

「いえ……予約は、していない、です」

 声が震える。

「いらっしゃいませ。お客様、本当に予約されていませんか?」

 カウンターの奥からまた、声をかけられる。


   * * * * * *


 するともうひとり、男性が出てくる。
 最初の彼と全く同じ声、同じ顔。
 年齢は同じく二十二歳、身長一七九センチ、細身な体つきに長い手足。優しい色合いのブラウンの髪は、ウェーブから更にパーマがかかりクルッとふんわりしている。やはり短くなり、後ろで結いてはいないようだ。
 服装は薄い青の半袖Tシャツ、黒のパンツに黒白のスニーカー。そして、濃い青のエプロンだ。最初の彼とは色違いのTシャツを着ている。

「はい……予約、していないと、ダメ、ですか?」
「そうですね。ウチはご覧のとおり、席数が少ないので。基本、予約とさせてもらっています」

 ブラウンの髪の彼は、穏やかな笑顔でそう言った。

「お客様、念のため、名前を伺えますか?」

 最初に出てきた黒髪の彼が言う。

「木花、ユリ……」
「コノハナ、どう書くんですか?」
「木の木に……花の花」
「下の名前はカタカナでユリ。コノハナユリ。このはなゆり。この花は百合です、か?」
「……そうよ、悪い……?」

 涙がこぼれる。

「可愛い名前ですね。それに、歩く姿は百合の花、って言いますもんね」

 カウンターから出てきた、錬が言う。

「うっ、うう……えぐっ、錬……」
「お客様、木花ユリ様ならすでに予約済みですよ。……僕らのプチリス。あんまり遅いから待ちくたびれちゃったよ、ユリちゃん」

 環くんもカウンターから出てきて、そう続けた。

「た、環ぐん……うえーん、うぐぅ……」

 あふれ出す涙を、止めることができなかった。

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