石はひとつの願いとなる

桜乃海月

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第四話

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 昼間はイリニを先頭に、イリニが行きたい方向に進む。これといって目的があるとは思えないと感じだしていたレンは、二人の後をついていきながらもこれからどうするかを考えていた。
 帰る場所はない。目的もない。恩返しがしたいといっても何をすればいいのかわからない。
 体は歩き疲れているはずなのに、その晩レンは寝付くことができずにいた。
「うぅ……うっ……」
 うとうととしていたレンの耳にうめき声が入る。
 レンは起き上がってイリニたちが寝ている方に視線を向けた。
 焚火をはさんだ向かい側で、レンに背を向けて座っているミサの影から、仰向けに寝ているイリニの頭と足が見える。うめき声はまだ続いている。
 何をしているのか気になって、レンは立ち上がり静かに二人に近づいて覗きこむ。
 ミサが頭に固定しているライトの光が、イリニの体を照らしていた。その光景に、レンは吐き気をもようし顔を背ける。
「お前、なにしてんだよっ」
 思わず大声を出したレンをミサは一瞥すると手元に視線を戻した。
「メンテナンスしてんの。静かにして」
 レンが見たのはミサが、布を噛んで声を出すまいと我慢するイリニの胸を切り開き、手を中に突っ込んでいる光景だった。
 目をすぐにそらしたものの、レンの脳裏には内蔵と血と鉄の塊がしっかりと刻みこまれ、気をそらそうとしても何度もよみがえる。
 それから数十分後にうめき声が収まり、やがて寝息へと変わった。
 立ち上がったミサがレンに奥へ行くようにと手で合図を出す。
 イリニを起こさないように移動した二人は、声が届かないところまでくると腰を下ろし、少し遠くに見える焚き火やイリニを見つめる。
「implant mechanism humanのことどれくらい知ってる」
 投げかけられた言葉にレンは少し考えて口を開いた。
「世界大戦時に、作られた人間兵器。頭文字から通称イメフと呼ばれてる。生身の人間に兵器や武器を埋め込み、敵国に普通の人間として送り込まれ殺戮を目的とされたとかかな。でも世界大戦後にメンテナンスをする人がいなくなって、さまようイメフとなってる。それを破壊、または機能停止させるのが、俺たちアトロフの指名」
 レンはそこで言葉を区切りミサを見つめる。
 さまようイメフとは人間としての生命維持を終えたにもかかわらず、機械部分だけが何かを求めてさまよっていることをそのままさしている。
 人間の時の最後の願い、死にたくない、おうちに帰りたいなどを実行しようとしている。機械が意思を持ってエネルギーを求めさまよっている。
 何を求めているのかといろんな考察がされているが、誰もその真実を知りようがない。
「イリニはあんたたちがいうようなイメフとは違う。痛みを感じるし、記憶や人間としての意識もしっかりしてる。それでも体内に兵器を隠し持って、生きるためにさっきのようなメンテナンスが必要なのは同じなのかな」
 ミサはぽつぽつと言葉をこぼし、レンはそれを受け止めた。
「両親もそのまた両親も、メカニックで大戦中は兵器を作って、イメフを生み出してた。その中でイリニは最後の方に作られたっていうか、人から人間兵器に改造されて、終戦した後、私たちと暮らすことになった。成長は止まり、いろんな薬を飲んで、今みたいなメンテナンスをして、両親がいる頃はまだ麻酔とかがあったけど、今は手に入らなくて、毎回痛いじゃ済まないくらいの思いをして生き続けてる」
 今までずっと一人抱えてきた思いを吐き出ながら、ミサの頬には涙が流れていく。レンはただ静かに聞くことしかできなかった。
「両親はただ少しでも人間らしさを残したかったっていってたけど、どうせなら痛覚くらい消してあげればよかったのに。イメフは政府にとって使い捨てだった。簡単にエネルギーの補給もできない。麻酔もなかなか手に入らないのに。私なら死んだほうがましだって思ってたと思う。でも、イリニは生きたいって。短い間でも戦場に出ていたイリニは、こんな体になってまで自分が戦った意味を知りたいからって私と旅をしてる」
 ほーっと息を吐いたミサは涙を拭って息を整える。
 夜の静寂に焚火が爆ぜる音だけが響いていた。
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