川と海をまたにかけて

桜乃海月

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夢と現実の交わるところ

第三日 午後

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 時間がくるのが待ちきれなくて、三十分も前に家を出てしまう。
 いつもの場所に着き浜辺に腰をおろし、となりに花火の袋とチャッカマンやろうそくをいれたバケツを置いた。
 浜辺で海をぼーっと見ていると、五分もしないうちに砂を踏む音が聞こえ、その方向を見ると彼女がこっちに向かって歩いてくる。
 俺がたち上がって、ぱんぱんと尻の砂を払い、彼女が近くにくるのを待った。
「これはなーに?」
 近くに来た彼女は、俺のとなりにある袋を指差し首をかしげた。
「これ?」
 俺は、同じものを指差し確認する。
 まさか、花火を初めて見るのか?
 彼女の顔を見ると、大きくうなずいている。
「花火だよ。もしかして初めて?」
「これがあの花火なの!?」
 興奮した声でいう彼女はさらに続ける。
「お空にばーんと大きくてとっても綺麗なお花を咲かす、あの花火なの!?」
 そういって目を輝かせ俺を見る彼女に、違うなんていいづらかった。
「厳密には、あれの小さい版というか、手で持って出来るやつというか……」
 彼女をがっかりさせたかもしれないと、顔をうかがうと、きらきらした瞳はそのままだった。
「手で持って出来るの? すごいね! 危なくない?」
 今どき手持ち花火も知らないなんてめずらしい子だなぁと思いながらも、こんなに楽しそうにしてくれるとは思わなかったので、なんだか自然と口元がゆるんでしまった。
「とりあえず、してみよう!」
 そういって、俺は花火の準備を始めた。
 火を消すための水をバケツにくんできたり、袋から花火を出して取りやすくしておく。
 彼女は、俺の後ろをちょこちょことついてきたり、やっていることにいちいち感心していた。
 とりあえず、打ち上げ花火をしてしまおうと離れたところに、まずは花火の筒を一つ置いた。
 この時も彼女は俺の後についてきていた。
 打ち上げ花火にはチャッカマンで火をつける。
 火がついた瞬間、俺は他の花火が置いてあるところまで走った。
 彼女もよくわからないなりに走ってついてくる。
 振り返ると、ひゅ~~~ん、ドーン! と花火が上がった。
 それと同時に彼女が短い悲鳴を上げた。
 なにごとかと彼女を見ると、彼女はてれたようにちょっと笑うといった。
「あぁ、音にびっくりしちゃった。でも、綺麗だね」
 それから、花火に次々と俺は火をつけていく。
 彼女が火をつけについてきたのは、最初の一回だけで、後は出番を待っている花火の横にたち、俺が花火に火をつけるのをまだかまだか、とまっていたのだった。
 彼女は花火が上がるたびに、綺麗だといい、子どものようにはしゃぐ。
 打ち上げ花火も底が着き、俺たちは手持ち花火をすることにした。
 ろうそくを砂の中に突き刺し、火をつけると、彼女に一本手持ち花火を渡す。
 自分も花火を一本持ち、ろうそくに花火の先を近づけ火をつけた。
 そのようすをじーっと見ていた彼女は、火がついたときのシュッという音と火花に驚いてキャッと悲鳴をあげ飛びのく。
 俺はそのようすを見て、ついくすくすと笑ってしまった。
「笑わないでよ」
 笑い声を聞いて、彼女は少しすねたような声を出す。
 ごめん、ごめんといいながらも、なお笑ってしまっている自分を隠そうともしないで、
「きみもやってみなよ」
 と俺は彼女に、花火に火をつけるようにうながした。
 けれども、彼女は火をつけようともせず、俺の顔を真剣に見つめてなにかいいたそうだ。
「……?」
 どうしてそんなに俺を見るのかもわからず、とりあえず彼女を俺は見つめ返した。
「私の名前、忘れちゃったの?」
 唐突に、しかしあまりにも真剣に聞く彼女。
「ことねだろ? 別に忘れてはいないけど」
 俺のその言葉を聞くと彼女はほっとしたように、顔の緊張をゆるめた。
「そう。全然名前呼んでくれないから、また忘れられちゃったかと思っちゃった。ちゃんと名前で呼んでね」
 そう笑顔で話しかける彼女に俺はうなずく。
 変なとこにこだわりを持っているんだなぁ、とぼんやり考えながら、火花の出なくなった花火をバケツの水のなかにつっこんだ。
 もう一本花火を手にし、ろうそくの前に中腰になっている彼女を見ると、彼女は花火の先をろうそくの火につけたり、離したりしている。
「火から離したら、花火に火がつかないよ」
 彼女のとなりにたってそういうと、そのままの体勢で俺を見上げた彼女はいった。
「だって、火がつくのなんだか怖いんだもん。熱そうだし」
 してみたいけど、ちょっと怖い。そんな子どもみたいな顔が、あまりにもかわいくて、なんだかおかしくなって、くすっとまた笑ってしまった。
 その顔を見て、
「また、笑ったぁ」
 とまたまた彼女もすねた声を出したのだった。
「なにも怖くないから、火、つけてみなよ」
 そういっても、彼女はつけようとしない。
 自分がつけることで、なにも怖いことなどないと証明しようと思い、手に持っていた花火に俺は火をつける。
 今度は悲鳴など上げずに花火に魅いる彼女は感嘆のため息をもらす。
 花火の光に照らされた彼女が綺麗で、自分の花火に火をつけてみなというのも忘れて、俺は彼女の顔に魅いってしまった。
 俺の持っていた花火が消えてしまうと、彼女は自分の持つ花火を見つめ、意を決したようにろうそくと向かいあった。
 持っていた花火をバケツにいれて、新しい花火を手にとり、振り返った俺が見た彼女は、ろうそくに向かいあったまま動かずじっとしていた。
「まだ怖い?」
 さすがに怖がり過ぎだろうと思いながらも、彼女のとなりにたち俺はたずねた。
 ろうそくに向けていた視線を俺に移すと彼女は口を開く。
「ねぇ、一緒にやって」
 一瞬なにをいっているのかわからず黙っていた俺に、彼女はさらに続ける。
「後ろから支えて手を持ってくれたら、きっと大丈夫だから。自分でしてみたいけど、怖いの」
 彼女はいったいなにをいっているのだ。
 出逢って数日の男に無防備過ぎやしないか。
 まして、他に好きな奴がいるというのに、それ以外の男にふれられて平気だというのか。そこまで思って、それはちょっといきすぎた考えかと思い直す。
 まあ、今日朝に逢った時にそんな彼女を俺はいきなり抱きしめたわけだし。
 ただ、あの時は無我夢中というか、考えるより先に体が動いて、彼女には他に好きな奴がいるとかそんなことなにも考えていなかったけど、今思うと彼女には好きな奴がいたのだ。
 今ちゃんと理性のある状態で、そんな彼女を後ろから抱きすくめる格好になってしまっていいのか、なにがきっと大丈夫だ。
 こっちが、大丈夫ではない。
 朝のは、ただひたすら、彼女を失うのが怖くて、下心もなにもなかった。
 けど、今は状況が違う。
 そんなことをもんもんと考え彼女を見てみると、どうにも本気らしい。
「本気でいってんの?」
 そういう俺に、彼女は大きくうなずいた後、ろうそくと向きあった。
 俺は、そろそろと彼女の後ろに回る。
 遠慮がちに彼女にくっつくと、彼女の手の甲に自分の手を重ねあわせた。
 彼女は俺を信じきっているのか、無防備にも身をあずけてくる。潮風に混じって、彼女の甘い香りが鼻をくすぐる。
 抱きしめてしまいたくなるのを、必死の思いでこらえ、花火の先をろうそくの火に近づける。
 まだ怖いのか、彼女は少し抵抗をする。
 本当なら、彼女に声でもかけながら、なれるまでゆっくりとしてあげたいが、俺としては、少しでも早く彼女から離れてしまわないと、本能に負けてしまいそうだ。
 俺は、花火の先を火にあてた。
 シュッとすぐに火がついた。
 それと同時に彼女が短く悲鳴を上げた。花火を離して後ろにさがろうとする彼女。その手をしっかり握り、後ろから支える。
 そんなに驚くとは思わなかった俺は、
「大丈夫、大丈夫」
 と子どもをなだめるように優しく声をかける。
 すると彼女はこっくりと子供のようにうなずいて、自分の持っている花火に魅いっていた。
 俺は彼女からそろそろと離れると、とりあえず自分の持っていた花火に火をつけた。
 シューーっと彼女の花火の火が消えていく。
 彼女はそれをバケツの中にいれると、次の花火を手に持ち、ろうそくの前にたって、なんのためらいもなく花火に火をつけた。
 そして俺のほうを向くとにっこりと笑った。
 どうやら、もう花火は怖くなくなったらしい。
 俺は新しい花火を持ち、火をつけると、今度は振り回してみた。
 闇夜に花火の残像が浮かぶ。
 彼女も俺のまねをし、花火で円を書く。
 その後も彼女は最初花火をあんなに怖がっていたのが嘘のように、次々に火をつけては、それを無邪気に振り回していた。
 俺は、一緒に振り回してふざけるよりも、ついつい花火の光にてらされる彼女に見とれることが多くなってしまった。
 あっという間に残りは線香花火のみとなってしまう。
 俺は線香花火をすべて持ちろうそくの前にたつ。
 彼女も火の消えた花火をバケツにいれると、俺の横にたった。
「これ」
 俺はそういって、線香花火を一本手渡す。
 それを受けとった、彼女は今までと形の違う花火に首をかしげた。
 俺も右手に花火を一本持つと、ろうそくの前に屈みこんで、花火に火をつけた。
 ぱちぱちと弾ける花火を見て、ほぅとため息をもらした彼女は、俺の横に同じように屈んで花火に火をつけようとする。
 今までの花火と同じようにひらひらしているほうに火をつけようとしていたので、反対だよと俺は笑いながら間違いを指摘した。
 彼女は花火を持ちかえると再び火に近づける。
 それから、俺たちは黙々と線香花火をした。

 後片づけを終えて、俺と彼女は浜辺に並んで腰をおろしていた。
 花火は思っていたよりも早くに終わってしまった。
 まだ、一時間もたっていないはずだ。
「もっと花火買ってくればよかったな」
「充分楽しめたよ」
 つぶやいた俺に、彼女はほほえみながらそういってくれた。
 俺も楽しかった。
 ほとんど彼女のはしゃぐ顔を見たりしていただけな気がするけど、とても楽しかった。
 この時間が終わらなければいいと思う。
 でも、花火は終わり、もうすることはなくて、俺はなごりおしい気持ちで隣に置いた、バケツを見る。
「漱くん」
 そういった彼女のほうを見ると、目があった。
 彼女の目は澄んでいて、吸いこまれそうだ。
 俺は、彼女に引き寄せられるように近づいていく。
 彼女のことが欲しいと思う。
 頭の隅では、もう一人の俺が彼女には他に好きな奴がいるんだぞって叫んでいる。
 でも、その声を聞いても俺は止まれなくて、彼女との距離はさらに縮み、俺は片手を砂浜について、もう一方の手を彼女のほほからあごにすべらせた。
 彼女のあごを少し上げると、彼女は目を閉じた。
 俺も目を閉じて、彼女の唇にもうすぐふれる、そう思ったその時、
「うぅっ……」
 と、彼女が短くうめき、胸を押さえたのだった。
 彼女は、ごめんとつぶやくと、たち上がり走っていってしまった。
 突然の出来ごとに、俺はしばらく呆然とそこに座ったままだった。
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