川と海をまたにかけて

桜乃海月

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川と海をまたにかけて

第一話

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 手の平サイズの小さな女の子が川からあがると、服にたくさんについているフリルのようなひらひらがなくなり、すとんとしたシンプルな水色のワンピースになる。青くふわふわした髪も、ストレートの黒髪に変わる。
 ぐーっと背が伸び、小さな生き物は人間の女の子になった。
 お母さんのわからずや!
 水から上がった少女、琴音は強くそう思った。
 人間の世界に行きたい。人間の子供と遊びたい。そう水の精の女王である母にいった琴音は、今しがたこっぴどく怒られたところである。
 人と遊びたいと思うのはそんなに悪いことなの? 水の精でその女王の娘だってことも、私には関係ないのに。そう思う琴音の瞳からは涙がぽたぽたとこぼれ落ちた。
 近くの大きな石に膝を抱えて琴音は座る。水に浸かっている限り母に全部伝わってしまうからだ。
 思考が正確に読める程の力はないが、琴音の母は水を通して感情を察したり、多少の干渉ができる。
 なんで私は水の精なんだろう? なんでお母さんはその女王で私が跡を継がなきゃいけないんだろう?
 答えが出るわけではない問いを、幼い琴音は考えてみようとするが頭の中で質問がぐるぐると回るばかり。止まらない涙を拭きながら、もう精霊なんてやめたい。みんな意地悪なんだもん。と叶わぬ願いを胸の内で強く願う。
 川に住んでいる他の者たちも、森の精も、人の姿になる琴音と関係を築こうとはしなかった。琴音は異質のものとして避けられていたのである。
 琴音からすれば精霊とは、意地悪で、自分とは遊んでくれない、遠くでひそひそしているだけの嫌いな存在だった。
 がさっ。
 突然の背後からの物音に、石に座る琴音の体がびくりと跳ねた。恐る恐る振り向くと、そこには人間の男の子が立っている。
「あっ……」
 琴音の口から小さな声が出てしまう。
 その男の子の名は漱といい、小さい頃から家族でこの川によく遊びに来ていて、最近は一人でやってくることが多くなっていた。
 遊びたいと思っていた相手の登場に焦る琴音。遊びたくても母のいうように関わるのはよくないかもしれないと、ずっと琴音は隠れて見ていた相手。
 見つからないように気をつけていたのに見つかってしまった。いつもばらばらの時間にくる漱に、いつ来るのか予想がつけにくいから警戒をしていたのに油断してしまったと琴音は後悔する。
「ごめんね」
 ただ見つめ合う二人。先に口を開いたのは漱だった。
「どうして謝るの?」
 不思議に思い琴音はたずねる。
「見られたくなかったかなと思って。泣いてたでしょ? 大丈夫?」
 優しく言葉をかけてくれる漱に琴音は微笑みかける。
「もう大丈夫。お母さんとちょっと喧嘩しただけだから」
 琴音の微笑みにつられて、漱も頬を緩めた。
「僕もね、よくお母さんとは喧嘩しちゃうよ。僕は漱。よろしくね」
 大きな石や滑る草を器用によけて歩きながら、漱は琴音の元へと近寄る。
「おっと」
 草に滑り漱は転びかけるもなんとか体勢を立て直した。
「大丈夫?」
 その様子を心配した琴音は立ち上がって声をかける。
「大丈夫だよ。僕ここに何度も来たし、歩き方知ってる」
 歩き方を知ってるといいつつも、よたよたと近づいてくる漱のことをハラハラしながら琴音は見守った。
「あっ」
 目の前でまた転びそうになった漱の手を琴音は慌てて掴んだ。なんとか踏ん張った漱は体勢を整えて、琴音に笑顔を向ける。
「ありがとう。お名前は?」
「私は琴音。よろしくね」
「手、冷たいね。大丈夫?」
 握ったままだった手を見下ろして、漱は心配そうに琴音を覗き込む。まだ暑い季節なのに、その手は水の中みたいに冷たかった。
「そう? いつもだから大丈夫だよ?」
 不思議そうにいう琴音に、漱はこれが普通なんだなと納得した。
「僕この川で泳ぐのが好きで、よく来るんだ。琴音ちゃんは?」
「私は川に住……、私も川が好きなの」
「一緒だね。今日は虫取りに来たんだ。琴音ちゃんも一緒にする?」
 漱の誘いに琴音は笑顔で頷いて、得意げに虫がよく取れるところに案内する漱の後についていった。
 虫取りをしているうちに琴音の方が森の中に詳しいことを漱は理解し、琴音の案内で森の散策をしたり、二人とも新しい友だちとの楽しい冒険に夢中になった。
 母と喧嘩していたこともすっかり忘れて夢中で漱と過ごすうちに、琴音は今まで離れていたことがない長い時間を水の外で過ごしていた。
「んうっ」
 突如、琴音の胸に痛みが走る。胸を押さえて膝をつく姿を見て、漱は慌てて駆け寄り背中に手をあてる。
「琴音ちゃん、大丈夫? 苦しいの?」
 優しく背中を撫でながら声をかける漱に、琴音はなんとか息を整えて笑顔をつくった。
「漱くん、川まで連れてって。そろそろおうちに帰らなきゃ」
 漱は立ち上がった琴音に肩を貸して出逢った川を目指す。その間に琴音の息はどんどん荒くなり、どうしたらいいのか漱は不安になってしまった。
「着いたよ、琴音ちゃん。おうちはどこなの?」
 川辺に着いて漱は声をかける。
 おうちまで送ってあげなければと思いはするものの、自分と遊んでいたから琴音はこんなに苦しんでいるんじゃないかと漱は怖くて仕方なかった。逃げ出したかった。
「ここで大丈夫。漱くんはもう帰って」
 笑顔を作る余裕もなくなってしまった琴音は、そういってずるりと漱の肩から腕を外して地べたに座る。
「で、でも……」
 わずかに恐怖よりも琴音を心配する気持ちが勝って、漱はその場から動けない。
「大丈夫だから……」
 今にも消え入りそうな声に、本当に琴音が危ないんじゃないかと思い漱はその場から駆けだした。
 ちゃぽん。
 背後でした水の中に何かが落ちた音に、漱は振り返る。
 琴音がいた場所には何もない。
「琴音ちゃん……」
 戻って確かめる勇気はなかった。
 家の方に向き直ると、漱は振り返らず全速力で森の中を突っ切った。
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