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しかし、それから何日経ってもアレクシスは離縁を言い出してはこなかった。
もうすぐ季節は冬だ。年末年始の貴族は何かと忙しい。
本来であれば夜会や茶会に行くための準備を考えなければならないのだが、その頃自分ははたしてスタンフィールド婦人なのだろうかと、レイチェルは自分の部屋でぼんやりと考えていた。
テーブルに置いた写映機を手に取った。
写映機の研究も大詰めだ。これを開発しようと思ったのはアレクシスと出会ったからだった。
あの時の美しいアレクシスと夜空の一瞬を切り取って、手元に残したいと思ったことから始まった研究だった。
(思えばもしかしたらあの時から私は……)
レイチェルは恋愛の機微なんて何もわからない。そんなことより魔道具に向き合っているほうが楽しかった。
けれど今は、その魔道具でアレクシスが喜んでくれるのが嬉しいのだ。
契約結婚でしかないのに、女性が苦手なのに、最大限レイチェルを尊重してくれようとするアレクシスを好きになってしまったのだ。
(アレクシス様は女性が苦手と言っていた。家を出て行ったお母様のことがあったから……。だけどそれでも好きになって一途に思い続けている女性がいた)
そんな女性と思いが通じ合ったのだ。
そうであるならば、レイチェルは邪魔者だ。
そう考えると急に胸がチクチクと痛んだ。
「――レイチェル?」
「なんでしょう? アレクシス様」
その日は珍しく仕事が早く片付いたアレクシスと夕食を共にした。
怪訝な顔でこちらを見つめるアレクシスにレイチェルは何事もなかったように首を傾げた。
「いや、少し顔色が悪いように見えるが、大丈夫か?」
「そうですか? なんともありません……あの」
アレクシスは優しいので、レイチェルのわずかな変化にも気がついてしまう。それが嬉しいような苦しいような複雑な心地だ。
誤魔化すようにレイチェルは笑った。
「あの、実は写映機で暗い場所でも写真を撮れるようになったんです。あとで外に出てみませんか?」
夕食後、庭園に出ると真っ暗な空には星が散らばっていた。
二人が出会った夜会の時を思い出す。輝く星々を見上げているアレクシスの横からカチリと音が聞こえた。
「……私を写したのか?」
「ふふ、急にすみません。綺麗でしたので」
「確かに今日は晴れていて星が美しいな」
レイチェルが美しいと思ったのは、星空の下のアレクシスなのだけれど。
それは言わずにレイチェルは黙って写映機を見つめる。
すぐに出てきた写真には夜空を見上げるアレクシスが写っている。
「すごいな、暗いのに星まではっきりと写っている」
「そろそろ研究所に持って行って、製品化できないか交渉してみようと思っているんです」
「今この瞬間を写して、記録することができる写映機か」
「これが完成したのはアレクシス様のおかげです。本当に、ありがとうございました」
レイチェルは今までの感謝を込めて深々と頭を下げた。
研究に出資してくれたこともだが、このスタンフィールドの屋敷でもレイチェルに親切にしてくれたこと。研究に協力して連れ出してくれたこと。世話を焼いてくれたこと。夜会でフレッドからかばってくれたこと。
そして何より、短い間だったがレイチェルを結婚相手に選んでくれたこと。
「私はたいしたことはしていない。貴女の発想と努力の結果だ」
星空の下で柔らかく微笑むアレクシスは美しく、もうこのまま時間が止まってしまったらいいのにな、とレイチェルはらしくもなく非現実的なことを考えた。
「レイチェル、その、貴女に話したいことが」
「お話し中失礼いたします。アレクシス様、フィーリア商会から連絡が来ております」
「……わかった、すぐに行こう。レイチェル、すまない。話は明日にしよう」
「はい、お気になさらず」
遠慮がちに執事のルースが声をかけてきた。
フィーリア商会はスタンフィールド家御用達で、様々な国内から海外の商品を扱っている。特にシルクやレースなど織物製品が多い。
『ああ、あれ? 宝石店や洋裁店に出入りしてるって』
もしかしたらアレクシスの想い人へ送るドレスの布探しを頼んでいたのかもしれない。
庭園からこちらを申し訳なさそうに見て去るアレクシスに頭を下げて、レイチェルはしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
もうすぐ季節は冬だ。年末年始の貴族は何かと忙しい。
本来であれば夜会や茶会に行くための準備を考えなければならないのだが、その頃自分ははたしてスタンフィールド婦人なのだろうかと、レイチェルは自分の部屋でぼんやりと考えていた。
テーブルに置いた写映機を手に取った。
写映機の研究も大詰めだ。これを開発しようと思ったのはアレクシスと出会ったからだった。
あの時の美しいアレクシスと夜空の一瞬を切り取って、手元に残したいと思ったことから始まった研究だった。
(思えばもしかしたらあの時から私は……)
レイチェルは恋愛の機微なんて何もわからない。そんなことより魔道具に向き合っているほうが楽しかった。
けれど今は、その魔道具でアレクシスが喜んでくれるのが嬉しいのだ。
契約結婚でしかないのに、女性が苦手なのに、最大限レイチェルを尊重してくれようとするアレクシスを好きになってしまったのだ。
(アレクシス様は女性が苦手と言っていた。家を出て行ったお母様のことがあったから……。だけどそれでも好きになって一途に思い続けている女性がいた)
そんな女性と思いが通じ合ったのだ。
そうであるならば、レイチェルは邪魔者だ。
そう考えると急に胸がチクチクと痛んだ。
「――レイチェル?」
「なんでしょう? アレクシス様」
その日は珍しく仕事が早く片付いたアレクシスと夕食を共にした。
怪訝な顔でこちらを見つめるアレクシスにレイチェルは何事もなかったように首を傾げた。
「いや、少し顔色が悪いように見えるが、大丈夫か?」
「そうですか? なんともありません……あの」
アレクシスは優しいので、レイチェルのわずかな変化にも気がついてしまう。それが嬉しいような苦しいような複雑な心地だ。
誤魔化すようにレイチェルは笑った。
「あの、実は写映機で暗い場所でも写真を撮れるようになったんです。あとで外に出てみませんか?」
夕食後、庭園に出ると真っ暗な空には星が散らばっていた。
二人が出会った夜会の時を思い出す。輝く星々を見上げているアレクシスの横からカチリと音が聞こえた。
「……私を写したのか?」
「ふふ、急にすみません。綺麗でしたので」
「確かに今日は晴れていて星が美しいな」
レイチェルが美しいと思ったのは、星空の下のアレクシスなのだけれど。
それは言わずにレイチェルは黙って写映機を見つめる。
すぐに出てきた写真には夜空を見上げるアレクシスが写っている。
「すごいな、暗いのに星まではっきりと写っている」
「そろそろ研究所に持って行って、製品化できないか交渉してみようと思っているんです」
「今この瞬間を写して、記録することができる写映機か」
「これが完成したのはアレクシス様のおかげです。本当に、ありがとうございました」
レイチェルは今までの感謝を込めて深々と頭を下げた。
研究に出資してくれたこともだが、このスタンフィールドの屋敷でもレイチェルに親切にしてくれたこと。研究に協力して連れ出してくれたこと。世話を焼いてくれたこと。夜会でフレッドからかばってくれたこと。
そして何より、短い間だったがレイチェルを結婚相手に選んでくれたこと。
「私はたいしたことはしていない。貴女の発想と努力の結果だ」
星空の下で柔らかく微笑むアレクシスは美しく、もうこのまま時間が止まってしまったらいいのにな、とレイチェルはらしくもなく非現実的なことを考えた。
「レイチェル、その、貴女に話したいことが」
「お話し中失礼いたします。アレクシス様、フィーリア商会から連絡が来ております」
「……わかった、すぐに行こう。レイチェル、すまない。話は明日にしよう」
「はい、お気になさらず」
遠慮がちに執事のルースが声をかけてきた。
フィーリア商会はスタンフィールド家御用達で、様々な国内から海外の商品を扱っている。特にシルクやレースなど織物製品が多い。
『ああ、あれ? 宝石店や洋裁店に出入りしてるって』
もしかしたらアレクシスの想い人へ送るドレスの布探しを頼んでいたのかもしれない。
庭園からこちらを申し訳なさそうに見て去るアレクシスに頭を下げて、レイチェルはしばらくの間その場に立ち尽くしていた。
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